第1099話「白き光の標」

 次々と襲撃してくる原生生物をレティたちが迎撃し、俺がそれを解体する。何度もそれを繰り返しているうちに人魚の方もこちらを信頼してくれたのか、共に戦えるようになっていった。

 暗い黄濁した水の中に奇妙な塔が現れたのは、そうして人魚との協働戦闘を始めてしばらく経ったころのことだった。


「レッジさん、何かが見えてきましたよ」


 Lettyの手を握って泳いでいたレティが、それを見つける。すぐに騎士団の人員が前に出て調査を始めるが、正体が分かるよりも早く人魚たちがその塔に開けられた穴の中へと入っていった。

 泥を練り固めたかのような、滑らかに作り上げられた象牙色の建造物で、表面にいくつも穴が開いている。どうやらその穴は出入り口になっているようで、人魚たちは次々と穴の中へと入っていった。


「この塔、水面上にも突き出しているみたいですね。内部に水が満ちていて、人魚たちは上まで上がってこられるようです」


 潜水艦は俺たちの後方をついて来ているが、騎士団の船舶などは直上の水面を走っている。そこからの連絡を受けて、アストラが塔の頂点の様子を教えてくれた。


「レッジさん、これって監視塔じゃないですか?」

「ああ。ポセイドンが言ってたやつだな」


 彼女がアトランティスに引き篭もる前、人魚の町を探す手掛かりとして教えてくれた。水中に住む人魚たちが水面上の様子を見るために立てる監視塔が、町の近くにあるという。


「ということはやっぱり、人魚は胃袋にいたってこと? でもアトランティスは貯蓄袋にあったよね」


 なぜ胃袋に人魚の建造物があるのか、理解できない様子でLettyは首を捻る。粘菌が漂っているとはいえ強烈な消化液とはまた違う液体に満ちた貯蓄袋に彼らは住んでいるはずだった。しかし、なぜか人魚たちは消化液の中でも平然としており、ここで暮らしている。

 ポセイドンがそこを見誤る可能性は低いだろう。となれば、彼女が封印杭として眠っている間に、何かの変化があったということだ。


「あの中に入れと言われているようですね」

「……危険はない、と思う」


 トーカは油断なく刀の柄に手を添えているが、ミカゲが塔の周囲を観察して安全を確認する。騎士団の斥候たちも同様の結論を出したことで、俺たちは意を決して塔の中へと入ることにした。


「俺かレッジさんのどちらかがロストした場合、即時撤退を指示しています。なので、少なくとも情報は持ち帰ることができるはずです」

「なんでトリガーに俺も入ってるんだ?」

「レッジさんが死ぬとなると、一大事ですからね」


 はっはっは、とさわやかに笑うアストラ。俺に強い信頼を寄せてくれているのはありがたいが、ついさっき死に戻ったばかりの一般人だぞ。


『ポポポッ』

「わっしょい」


 わっしょいは入室の挨拶にもなっているらしく、人魚たちは塔に入る時にも同じ言葉を口にする。郷に入れば郷に従え、ということで俺たちもわっしょいわっしょいと言いながら中に入る。

 塔の内部はさほど特別なものがあるようにも思えない。階段や梯子もない中空の円筒で、内部に水が満ちている。立派なヒレを持つ人魚たちはそういったものがなくても上下に自由に移動できるからだろう。


「水面より上部にある穴には、窓ガラスのようなものが嵌っていました。鑑定の結果、粘菌の一種であると判明しましたが」

「何でもかんでも粘菌だなぁ」


 呑鯨竜の体内には、本当に様々な粘菌が生息しているらしい。人魚たちはそれらを利用しつつ、この特殊な環境で暮らして来たのだろう。


「団長、ある程度の解読作業が終わりました。基本的な会話を行えるレベルの精度にはなったかと思います」

「よくやった。早速会話をしてみよう」

「すごいな騎士団……」


 塔内部を見渡していると、騎士団の一人が翻訳機を携えてやってくる。なんと、この道中の短時間で翻訳の第一段階を完了させたらしい。やはり、攻略最大手バンドの評判は伊達ではない。彼が抱える翻訳機の背後には、無数の解析班の尽力があるはずだ。

 翻訳機を受け取ったアストラは、早速それを装備して近くの人魚に話しかける。俺たちをここまで先導してくれた、人魚たちの中でも中心的な地位にあると見られる男性だ。


「こんにちは。こちらの言葉は理解できますか?」

『ポッ!?』


 アストラの声に合わせて、ポポポ、という音が翻訳機から発せられる。それを聞いたリーダーは、驚いた様子で目を丸くした。


『――ったくぁ~驚いたわ。何でアタシらんとこで言葉が通ぐらんねん?』

「なんて?」


 翻訳機は正常に動いたが、出てきた言葉が一瞬理解できなかった。アストラの顔を見ると、彼も驚いた様子である。


「すみません。まだ精度が低いみたいで」

「そういう問題なのか?」


 ともかく、会話を続けてみることとなった。


「あなた方はなんという名前ですか?」

『ワーらは青ぎ水抱ぐ者でがんす。水の神様ど共さ生ぎどるんでがんすわ。ワーはシェムしゃべります』

「青き水を抱く者……。“白き光を放つ者”と呼ばれる人たちに関して何か知っていますか?」

『おお! あいづらは隣ん国のやづらや。うぢもうわった会うでへんばって、元気かいな?』


 アストラの予想は当たっていた。彼ら人魚は“青き水を抱く者”を自称しており、コシュア族――“白き光を放つ者”とも交流があった。

 俺は彼らのほうに白月を押し出す。こいつは白神獣の特別な力が宿っているのか、たとえ粘菌の海だろうが消化液の海だろうが平然としている。今も白い毛並みを光らせて、少し誇らしげに鼻を突き出していた。

 白神獣の仔である白月を見て、シェムたちはのけぞって驚く。


『こりゃ白様じゃ! なんでこったどごに!?』


 人魚たちは白神獣のことも知っているようだ。次々と尾鰭を丸めて跪くような姿勢を取る。白月も、普段は食っちゃ寝してばかりのだらけきった仔鹿というわけではないらしい。


「アーサーも連れてくればよかったですね」


 大仰な反応を示す人魚たちを見て、アストラが苦笑する。彼と契約している神仔のアーサーは、頭上で停泊している戦艦の中で休んでいるらしい。


『もすアンタらが神の使いなら、頼み事があるっちゃ』


 シェムは顔を上げ、俺を見る。白月が姿を現したことで、彼らの様子はずいぶんと変わっていた。まるで待ち侘びていた救世主を迎えたかのように、その顔には希望が満ちている。


『わんどの国、壊れだ町救ってけねな』


 彼の言葉に続くように、人魚たちが近づいてくる。皆、俺たちに縋るような目をこちらに向けていた。


「あの町というのは――」

『海底都市、アトランティスっちゃ』


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Tips

◇水中言語翻訳機

 ドワーフによって開発された言語翻訳機を元に、人魚たちの扱う水中言語の翻訳を行うために開発された翻訳機。地上言語との円滑かつ相互的な翻訳を目指しているが、未だ発展途上。


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