第1097話「いざ強酸性の海へ」
「急げ急げ! 言語解析の専門家と連絡を取れ! wiki編集者を叩き起こせ!」
「地下言語翻訳機はいくつある!? 副団長が辞典を持ってたはずだ!」
レッジと人魚たちが共鳴し、わっしょいポポポと大きな声が繰り返されるなか、〈大鷲の騎士団〉の保有する巨大戦艦内部では騎士団員たちが右へ左へと走り回っていた。騎士団解析班が中央指揮所を占有し、マイクを人魚たちに差し向ける。聞こえてくるポポポという音を言語的に解析し、そのパターンから意味を抽出していく。
「なんで人魚が胃袋にいるんだ? あいつらは貯蓄袋の海底都市にいるんじゃないのか?」
「そもそもなんでこの凶悪な消化液に耐えられてるんだ」
「隊長! カメラとマイクを持って突撃した奴が溺れて死にました!」
「ええい、規律を乱すな! 足並みを揃えろ!」
未知との遭遇はレッジのファーストコンタクトによって幸いにもあまり危険を感じないものとなった。わっしょいポポポの合言葉でお互いを迎え入れたように見え、ひとまず表面上は平和的に交流が始まった。しかし、人魚族の言語はある程度地下言語との類似性があるとはいえ、完全に一致しているわけではない。むしろ大半の言語は伝わらず、コミュニケーションは難航が予想された。
レッジたちが時間を稼いでいる間に、騎士団の誇る最高頭脳である解析班が、何としてでも通訳の糸口を見つけなければ――。
「ふむふむ。なるほどなるほど。レッジさん、この方々が自分たちの住処へと案内したいようですよ」
「なるほど。じゃあちょっとついていってみようか」
「あれっ!? なんかもう通じ合ってる!?」
隣の潜水艦でレティが人魚たちの声を聞いてレッジにその意味を伝えていた。その様子に騎士団の頭脳たちが驚愕して飛び上がる。
「しかし、レティはよく分かるな」
「いやぁ、なんというかフィーリングですね」
経験と実績に裏打ちされた解析班の誇りを、レティが容赦なく破壊していく。照れたように笑って後頭部に手をやる彼女に、解析班はぽかんと口を開けていた。
「ああ、レティさんはコボルド族とも初邂逅時点である程度意思疎通ができていたみたいだから。あんまり気にしなくていい。それよりも、他のプレイヤーが使える辞書データの作成に力を入れてくれ」
燃え尽きている解析班に気がついたアストラが慰めるように言う。レティがコボルドや人魚たちの言わんとしていることをおおまかに理解できるのは、彼女の優れた洞察力――野生の勘とでも言うべき特異な力によるものだ。当然、どんなプレイヤーでもできるような芸当ではないため、解析班の仕事がなくなったというわけでもない。
そう言われて一応は納得しつつも、解析班の面々はどうにも複雑な面持ちで動き出す潜水艦を見やるのだった。
†
「レティ、人魚たちはなんて言ってたんだ?」
「さあ? とりあえず、付いてこいと言っているような感じがしたので。それに、敵意は感じませんでしたし」
潜水艦の中に戻った俺は、レティのふんわりとした回答を聞いて呆れる。そんなものに身を任せて良いものかと悩んだが、結局そうする以外の良い方法が思い付かず、潜水艦を進めることにした。
先導してくれる人魚の男は、立派な尾鰭を揺らして強力な胃液の中を泳いでいる。時折立ち止まって振り返り、俺たちがちゃんとついてきているのかを確かめながら、徐々に深くへと潜っていく。
俺たちの船も、例の粘菌のおかげで問題なく潜航することができていた。計器類にも異常は見られず、すっぽりと包み込まれているはずなのに推力も問題ない。
「――そう言うわけだから、アストラたちはそこで待っててくれないか」
『分かりました。騎士団の潜水艇を出して追いかけます』
「うん、全然分かってないな。まあ良いけども」
俺たちの後に続くのは、潜水能力のある艦艇だけ。大半は水面上に浮かぶだけの船であるため、待機してもらうことになる。碇や荷物なんかを投下すれば、それも粘菌が包み込んで保護してくれるようで、何か支援を求めるとしても問題はないだろう。
アストラは騎士団の精鋭を取りまとめ、巨大な戦艦から立派な潜水艇を降ろしてくる。それもすっぽりと耐酸性粘菌に包み込まれて、俺たちの隣にやってきた。
『すみませんね。アイがどうしても行きたいと』
『バカ兄貴! わ、わたしはただ、地下言語辞書も何かの助けになるかと思ってですね』
お互いの窓越しに姿を見ながら、TELを使って通信する。アイの辞書はびっしりと補足事項やメモが書き込まれた特別なものだから、今回の旅でも十分役立ってくれるだろう。
「ありがとう、アイ。期待してるよ」
『は、はい! 任せてください!』
他には〈七人の賢者〉の乗り込んだ高性能な蒼氷潜水艦や、BBCの小型潜水艇などもついてきているし、気合いが入った河童――〈水泳〉スキル特化型ビルドのプレイヤーなんかも泳いできている。
「どうやら、防御機術やアイテムなんかで簡単なバリアを展開していれば、そこに耐酸性粘菌が纏わりついてくれて保護されるみたいですね」
「なんて便利なんだ……。ということは“舞い踊る青領巾”を装備したらあの人魚と直接会えるのか?」
「それはまあ、そうなんですけど……」
情報解析を進めていた組合のオペレーターは、マジかこいつと言いたげな目をこちらに向けてくる。しかし、コミュニケーションの第一歩はやはりお互いの歩み寄りにある。潜水艦越しには伝わるものも伝わらないだろう。
「ええっと、装備する時はなんか言わないといけないんだったか」
先ほど見せてもらったビキ愛のデモンストレーションを思い出しつつ、青領巾を手にとる。
「ああ、あれは私の趣味なので。別に言わなくても大丈夫ですよ」
「そうなのか……」
さっぱりとした顔で訂正されて、なぜか少し残念になる。ともかく、下半身装備を青領巾に変えた俺は、水中へ向かうための二重隔壁を起動した。
「レッジさん、レティも行きます!」
「わたしもついていくよ」
それなりに危険な匂いがする水中だったが、俺に続いてレティたちもやってきた。自分の人魚姿はあまり似合わないように思うが、彼女たちが装備するととてもよく似合っている。
ビキ愛の厚意でカラバリも揃えてもらい、オリジナルのブルーはラクトが、レティはレッド、シフォンはホワイト、トーカはサクラ、ミカゲはブラック、エイミーはパープルと十人十色だ。ちなみに、Lettyは当然レティと同じレッドである。
「ふふん。レッジさん、見てくださいよ」
「うん? おお、そんなの用意してたのか」
何やら自信ありげのレティに呼ばれて振り返ると、彼女はトップスも青領巾(レッド)に合わせた赤い水着に変えていた。フリルのついた可愛らしいビキニである。
「ビキ愛さんがアフターサービスの一環で用意してくれたんですよ」
「私、ビキニも好きなので」
「おお……」
謎の真顔で親指を立てるビキ愛の人。そういえば名前すら知らないのだが、ただただビキニアーマーへの熱意だけが伝わってくる。
「ちょ、ちょっと子供っぽい気がするんだけど」
そういうラクトの装いは、ビスチェタイプの水着だった。淡いブルーが、透明感を醸し出していて彼女の雰囲気によく似合っている。
「うぅぅ、ちょっとキビシイですね……」
窮屈そうな顔でそんなことを言うのはLettyである。彼女はレティと同じ水着を入手したようだが、いささかサイズが小さいらしい。装備は大抵、自動的にサイズが調整される機能が付いているはずなのだが。
「あんまり無理しちゃダメよ。レティが泣いちゃうから」
「何の話ですか!」
クスクスと笑うエイミーは、動きやすそうなスポーツタイプ。トーカはなぜかサラシを巻いていて、恥ずかしそうにしているシフォンはスク水だった。
「シフォンってまだそういうの着てるんですか?」
「モデル-ヨーコ用の水着がこれしかなかったんだよう!」
はえん、と涙目で叫ぶシフォン。そんなに嫌なら普通に戦闘用の装備でいいのではと思ったが、どうやらレティたち女性陣の間で水着を揃えてしまったらしい。
「これで俺だけ完全武装っていうのもアレだよな」
「……一緒に地獄へ」
どう考えても〈白鹿庵〉のなかで俺だけが浮いている。ミカゲはおそらくトーカに付き合わされたのだろう。そんなわけで、装備を解除して水着スタイルになる。と言っても上裸になるだけだが。アクセサリー類は残しているし、そもそも元から防御力はないので、実はさほど困りはしない。
「〈白鹿庵〉やべぇ……」
「なんでこの状況であんな舐め腐った格好ができるんだよ」
「ここ南国ビーチじゃないんだぞ」
何やら遠巻きにこちらを見ている組合のプレイヤーたちがコソコソと囁きあっているが、衣装を整えたことで気分も高まってきた。
「それじゃ、行くか」
「おーっ!」
俺たちは拳を掲げて団結すると、二重隔壁を通って水中へと飛び出した。
†
「お、レッジさんたちは水着で出るみたいだな。アイもそうするか?」
「はあっ!? そんな、水着なんて準備してきてないし……」
「フィーネが持ってるはずだから。行ってこいよ」
「なんで!?」
「ちなみに俺は水着で出る」
「バカ兄貴!」
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Tips
◇ワイルドレッドビキニ
〈ビキニアーマー愛好会〉が開発した汎用ビキニ型ビキニアーマー。見た目は鮮やかな赤の美しくワイルドな印象を持たせるごく普通のビキニだが、実際には非常に高度な技術が詰まったビキニアーマー。インフェルノアラクネーの赫糸を高密度で織り、そこに高度情報集合体Ωの次元変異対照存在による非実在式空間断絶隔離理論を応用した位相反転防御障壁展開プログラムを内蔵している。そのため、装備するだけで最大LPが半減するデメリットが存在するが、高い防御性能と軽量性、柔軟性を実現した。
なお機能の過剰な詰め込みによってサイズ調節が困難であり、タイプ-ヒューマノイド、タイプ-ライカンスロープの標準的な機体でなければ装備が難しい。
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