第1095話「華麗な猛進」
「乗り込めぇえええっ!」
「わーーーいっ!」
大きく口を開けた呑鯨竜。海水が激流となってその中へ流れ込む。俺たちは潜水艦のアンカーを切り離し、その大きな流れに乗って竜の口の中へと飛び込んだ。
「よし、作戦大成功だな! このまま一気に――」
「レッジさん、大変です!」
意気揚々と進む潜水艦に、後続の船もほとんどが無事に着いてきている。しかし、“おっ、こんなところに美味しそうな料理があるじゃん”大作戦の成功に喜んでいると、後方を見張っていた乗員が悲鳴を上げた。
「どうした?」
「呑鯨竜がカレーライスを食いました!」
「なんだ。別にいいじゃないか。食べさせるために作ったんだからな。味わってもらおう」
「そうじゃないです! これ見てください!」
乗員がコンソールを叩き、中央指揮所のディスプレイに映像が映し出される。
「なっ――」
それは、茶色い濁流が猛烈な勢いで迫り、必死に逃げようとする小舟を飲み込む映像だった。
俺たちは呑鯨竜が口を開いたタイミングでその内部に乗り込んだ。そして直後、呑鯨竜は目の前に置かれた巨大なカレーライスに食らいついた。結果、何が起こるか。
「か、カレーに埋もれて死ぬ!」
「全速前進! 絶対にカレーに追いつかれるな!」
「イエッサー!」
潜水艦はエンジンを最高出力に引き上げ、緊急離脱用のジェットも起動する。艦内が慣性の影響で大きく揺れ、小柄なタイプ-フェアリーのプレイヤーが吹き飛ぶ。
「ラクト!」
「ふぎゃっ!」
宙を舞っていたラクトの手を掴んで抱き寄せる。俺の胸に鼻頭をぶつけた彼女が悲鳴を上げるが、鉄の壁に激突するよりはいいだろう。
「カレーに飲み込まれた船から連絡! 外が全く見えないうえ、排水機構や機関部にカレーが詰まって航行不能! さらにジャガイモやニンジンが生茹でで非常に固く、ガラス窓を突き破って来たようです!」
「ええい、フゥにはレシピの改善をしておくように言わないとな」
「そういう問題じゃないよ!?」
今後の課題を心のメモ帳に書き留め、シフォンのツッコミを甘んじて受ける。艦内はぐるぐると縦に横にと回転しながら、上下左右に大きく揺れる。〈ダマスカス組合〉が誇る歴戦のテストパイロットが操舵手を務めているおかげで、なんとか壊れていないといった状況だった。
レティたちは流石の身のこなしで何にも掴まらずに立っているが、艦内には〈ダマスカス組合〉から来てくれた非戦闘職のプレイヤーも多い。あわあわと右往左往する彼らは、ミカゲが糸でまとめて壁や床に固定していた。
「こ、後方からジャガイモ! 直径50cmほどですが!」
「速度が弾丸並みだな。機銃、照準合わせ、撃て!」
「ヤーっ!」
呑鯨竜は立派な歯を持っている割に、きちんと咀嚼しないらしい。丸のまま形を保ったジャガイモがドロドロしたカレーの中から飛び出してくる。その勢いは凄まじく、テントを搭載している潜水艦もその障壁を貫かれる可能性が高かった。
俺の合図で、砲手が機銃のトリガーを引く。パパパパ、と高速で繰り出されるだんがんがジャガイモを粉砕し、直撃は免れた。
「ニンジンやタマネギにも注意しろ。1つで70キロある品種改良種もあるからな」
「どんな化け物ニンジン作ってるんですか……」
「巨大野菜グランプリっていう
レティが胡乱な顔をするが、これは栽培師の間ではメジャーな品種改良なのだ。できる限り巨大な野菜を育て、その美しさとサイズを競うという企画が、毎月開催されている。俺はまだそちらに本格参入しているわけではないが、中には小屋サイズのカブを作った猛者もいるらしい。
グランプリ用の巨大野菜は見た目重視で味は二の次三の次であったり、そもそも鑑賞用途しかないため、普通に同重量の一般的な野菜を揃えるよりも多少安かった。そんなわけで呑鯨竜用カレーライスには巨大野菜が使われているのだが、そのせいでフゥも調理に苦労したようだ。
「レッジさん、カレーの中から大きな悲鳴が!」
「隠し味に入れたマンドラゴラだろうな。近くで聞くと聴覚が麻痺するから気をつけろよ」
「なんつーもんぶっ込んでるんだ!」
しかたないだろ、とりあえず具になりそうなものを急ピッチでかき集めたんだから。まあマンドラゴラもジャガイモもそう変わらないだろうし。ちょっとデカい声をあげるくらいだ。
「おじちゃん、そろそろ分岐点だよ」
「来たか……」
カレーの激流を迎撃しながら、呑鯨竜の食道を突き進む。マップを確認していたシフォンが、ぴこんと狐耳を立てて知らせてくれた。
ここからが第二関門、呑鯨竜の食道にある分かれ道だ。
正しい道を進めば、海底都市アトランティスのある貯蓄袋へとたどり着くが、間違えれば胃の中に飛び込むことになる。強力な胃液に満たされたそこは、生きては帰れない溶鉱炉のようなものだ。
前回はラッキーアイテムを持ったシフォンの判断で見事正解を掴み取ったが、今回はどうだろうか。
「あの、普通に哨戒機を飛ばせばいいんじゃないの?」
「哨戒機の全速より潜水艦の方が速いんだよ。そういうわけでシフォン先生よろしく」
「先生なんて言われたくないよぉ」
ひんひんと泣きながらもシフォンは占いを始める。分かれ道から一つを選ぶ、先導の占いは〈占術〉スキルの中でも比較的よく使われる。そんなわけで、色々と占いを補助するアイテムもあるらしい。
「ほんにゃらほんにゃらまがまがみー、ほんにゃらほんにゃらまがまがみー……」
シフォンはインベントリから取り出した怪しげな壺やジャラジャラと石の連なった首飾りなどを床に並べ、小難しい呪文を唱え始める。以前、俺たちが原石研磨で運勢を上げる装備を集めたのと同じようなものだ。
「うーん、うーん、ぺいっ!」
最後に彼女は棒を立てて手を離す。そうして倒れた方向は――。
「後ろだが」
「…………こういうこともあるの!」
左右どころか前方ですらない方向を示され、艦内に気まずい空気が流れる。シフォンは恥ずかしそうに顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振り、もう一度儀式を初めからやり直す。ちょうどその時、俺宛てにTELが飛んできた。
『もしもしレッジ? 道に迷ってるみたいだから教えるけど、分岐は右に行けばいいからね』
「アリエス?」
『占術は個人によって得手不得手が分かれやすいから。あんまりシフォンちゃんをいじめちゃダメよ』
「お、おう……。ありがとう。助かったよ」
揺れる艦内で涙目になりながら棒を立てているシフォンの肩を叩く。アリエスから助言があったと伝えると、彼女は感激に目を潤ませて尻尾を振った。
「ししょぉおおおっ!」
シフォンには数多くの師匠がいるが、アリエスは占術師として彼女を導いた。その頼もしい姿に、彼女は咽び泣く。
「よし、進路は右だ! ぶつからないように気をつけて進め!」
「イエッサー!」
やがて前方に二つの穴が現れる。そのうちの一つが海底都市アトランティス――ポセイドンの居場所に繋がっている。操舵手が進路を定め、後続の船もそれに倣う。
そして、俺たちは右の穴へと飛び込んだ。
「先行哨戒機ロスト! 胃液です!」
「はえっ!?」
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Tips
◇『星の導き』
〈占術〉スキルレベル60のテクニック。占星術によって星の輝きが旅の行き道を指し示す。
正しい道を選ぶ。星の出ている夜であれば、正確性が高まり、星のない場所では精度は低くなる。
“その先にどんな艱難辛苦が待ち受けようとも、星々は必ずあなたを見守っている”
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