第1091話「舞い踊る青領巾」
ナナミとミヤコが水の中を進む。俺たちは潜水装備を身に付けて、呼吸と水中での動きが問題なく行えるようにして、ひとまず〈ミズハノメ〉に別れを告げた。
「ありがとう、ミズハノメ。おかげで助かった」
『いえいえー。ハーちゃんもなかなか出来ないことが体験できたのでwin-winですよ。お土産、楽しみにしてますからね』
脱走の手引きをしてくれた管理者のミズハノメにも連絡して感謝を伝えると、彼女は軽やかに笑う。お土産というのは、〈怪魚の海溝〉における功績のことだ。指揮官に逆らって暴挙に出た彼女のためにも、必ずポセイドンを連れ戻さなければならない。
「とはいえ、レティたちがこのまま行っても二の舞になるだけじゃないですか?」
ナナミの背に跨ったレティが言う。
「問題ない。ちゃんと対策は打ってあるさ」
そんな彼女に目を向けて、俺は頷く。ナナミが事前の打ち合わせの通り浮上を始め、海上へと飛び出した。広大な海の中を高速で突き進んできた俺たちの目の前に現れたのは、巨大な海上プラントである。
「おーい!」
「来たか問題児。さっさと登ってこい」
プラントから吊り下がったクレーンのケーブルにプレートが繋がれている。ナナミとミヤコがそこに乗ると、ウィンチが巻き上げていく。
混乱するレティたちの前に姿を現したのは、黄色いヘルメットがトレードマークのタイプ-フェアリー、〈ダマスカス組合〉の組合長クロウリだった。
「クロウリさん? これはいったいどういうことなんですか?」
「俺たちだけじゃあどうにもならないってことは分かってたからな。暇そうな奴らに声を掛けてたんだ」
ファイティングスピリットがポセイドンを名乗ったあたりで、これはちょっと無理かもしれないと諦めが脳裏を過った。なので海底都市アトランティスからの一斉掃射を受ける直前に、関係各所にメッセージを送っておいたのだ。アトランティスの姿と、無数の兵器群、そこから発射される弾丸の雨をしっかりと納めた画像データと共に。そうしたら、すぐに大半のところから返信があった。
今回はその中で一番手頃だった〈ダマスカス組合〉の実験用プラントを合流地点に指定していたわけだ。
「暇そうとは心外だな。調査開拓活動に熱心なんだよ」
「あの都市は写真を見るだけでも好奇心が湧いてくる。
先端技術の開発に余念がない組合の職人たちは、ギラギラと妖しい目付きで何かを企んでいる。〈アトランティス〉の技術を取り込むことができれば、ライバルバンドに差を付けることができるのだから、その熱意は凄まじいものがある。
「あんまり時間がないんだろう? まずはこいつを見てくれ」
挨拶もそこそこにクロウリが切り出す。彼はクレーンの操縦室にいる仲間に目を向けて合図を出す。フックがプラント上に置かれていたシートを引き剥がし、その下に隠れていたものを露わにする。
「おお、でかいな」
「そうだろうそうだろう。組合が最新技術を注ぎ込んで採算度外視で作り上げた大型潜水艦だからな。航続距離はざっと2万キロ、閉鎖型循環システムで永続的な潜水ができる化け物だぞ」
自慢げに披露されたのは、黒々とした鯨のような鉄の塊。見上げるほど巨大な潜水艦だった。
「〈
「はえええ……。ぶっ飛びテントはおじちゃんだけの専売特許じゃなくなったんだね」
「当たり前だ。テントはおっさんだけのもんじゃないからな」
驚くシフォンの言葉にクロウリはうんうんと頷く。俺とネヴァが共同開発したテントばかりが前線で目立っているようだが、実際には他のバンドも猛追を仕掛けてきている。〈ビキニアーマー愛好会〉は自身の強みを活かして軽量でアーツ式が特徴のテントを開発しているし、〈ダマスカス組合〉ではこのように巨大な機械と複合させたテントを売り出している。
装甲の厚さだけで言えば金属加工が得意な〈プロメテウス工業〉が非常に頑丈なテントを作っているし、空飛ぶテントや爆破式テント、非実在性テント、おいなりテントなどといったものも存在するのだ。
「けど、結局潜水艦に乗ったらレティたちは自由に攻撃できないでしょ? そこはどうするの?」
潜水艦に気を取られていると、ラクトから鋭い指摘が入る。蒼氷船で繰り出した時もそうだったが、潜水時に船の中にいると攻撃はできない。一方的に殴られるか、船に取り付けた装備で戦うしかない。
「当然考えてるさ」
だが、クロウリは即座に答える。
彼の合図で現れたのは、筋骨隆々のタイプ-ゴーレム。厳つい禿頭に黒いサングラスを掛け、怪しい風貌だ。彼は小さなアタッシュケースを手に提げており、俺たちの目の前でそれを開けた。
「これは……?」
「ベルトかしら?」
クッションの敷き詰められたケースの中に収められていたのは、細やかな魚の鱗のような材質をした、細いベルトだった。バックルには見覚えのある金色の刻印が記されている。
「まさか……」
「私は〈ビキニアーマー愛好会〉の同志。そして、こちらは作品No.73730“
「げぇっ!? ビキ愛!?」
ゴーレムの男が発した言葉を聞いて、女性陣の顔が引き攣る。
細いベルトに記された刻印は、やはり〈ビキニアーマー愛好会〉のものだった。
全ての調査開拓員にビキニアーマーを布教する“ビキニアーマー補完計画”を標榜する彼らは、その狂気的なほどの情熱をビキニアーマーの開発に注いでいる。弛まぬ努力によって築き上げられた技術は〈ダマスカス組合〉や〈プロメテウス工業〉にも比肩しうるほどのもので、特にアーツを展開する機構や軽量化、小型化に関する技術では一歩先を進んでいる。
とはいえ、それらの洗練された技術を全てビキニアーマーというセクシー系の装備の開発に終始させてしまうため、女性プレイヤーからの評判は芳しくないのが実情ではある。
「一応聞くけど、これはどういうビキニアーマーなの?」
ラクトが慎重に“舞い踊る青領巾”を摘み上げながら言う。ベルトの間をテロンと極細の紐のようなものが繋いでおり、それを見てようやく水着に類される装備であることが分かった。
どう考えても、これはFPOで装備出来ていいタイプのものではない。〈ビキニアーマー愛好会〉のもう一つの強みとして、運営による表現規制の目を掻い潜るという厄介極まりない能力も挙げられるのを思い出す。
「それでは、実演してみましょう」
「え゛っ」
ラクトの手から紐のような水着を受け取り、ビキ愛の男が言う。クロウリたちもざわつくなか、彼はそれをインベントリに収め、即座に装着した。
「うぉぉぉおおおっ! ビキニッ!」
迫力のある大声を上げながら、大柄な巌のような男が水着を身につける。身に纏っていた落ち着いた風合いのコートとズボンが弾け飛び、裸体が露わになる。
「ほぎゃっ!?」
「はええっ!? ふぎゅっ」
レティたちが赤面し、シフォンがエイミーによって目を塞がれるなか、彼は変身する。筋骨隆々の肉体を艶かしく動かし、逞ましい大腿をさらりと撫でる。すると、幻想的な青い光の帯がベルトから広がり、彼の腰回りを覆い隠した。そのヴェールはさらに広がり、男の大木のような足を包む。そして先端が狭く窄まり、すっぽりと封じた後に二股に分かれたヒレが現れた。
「こ、この姿は……」
「人魚――ッ!」
変身を終えたビキ愛の男を見て、クロウリたちが騒然となる。
厳ついダンディな男の下半身が、淡いブルーの魚体へと変わっていた。その下のゴツゴツとした脚のシルエットはなんとなく見えるが、少なくとも局部が露わになっていることはない。
「なるほど。サメ人魚か」
「さすがはレッジさん。ご名答です」
それを見て、すぐにビキ愛が何を表現しようとしているのかを察する。これは、〈剣魚の碧海〉の深部に生息するサメを模倣しているのだ。通常では水圧などの影響で潜れないエリアだが、原生生物のサメに下半身を噛ませることで、人魚のように動くことができる。彼らはそれを、人為的に再現していた。
ビキ愛の男は白い貝殻のトップスを装着しながら、ニヤリと笑う。
「“
「くっ、悔しいですが高機能ですね……!」
装備の能力を見たレティが唇を噛む。
水中での機動力はざっと〈水泳〉スキル60レベルぶんほど。当然、ミカゲのようにスキルを鍛えている方がより恩恵は大きいが、レティや俺のようなプレイヤーでも多少は動けるようになる。その上、自動障壁という200以下のダメージを自動的にカットするバリアや、30分に一度だけという条件付きではあるものの、周囲の水を掻き混ぜて強引に場を見出す固有のテクニックなど、まさに至れり尽くせりの品揃えである。
さすが、ビキ愛が開発した作品であるだけのことはある高性能っぷりだ。デメリットと言えるLPの減少も、組合の潜水艦から離れなければ問題はない。
「まあ、これならビキニアーマーほど露出もないし、いいんじゃないの?」
背に腹は変えられないし、とエイミーが少し諦めた顔で言う。元の状態こそ運営の怒りを買うレベルの紐っぷりだが、展開してしまえば、下半身をすっぽりと魚の尻尾が覆うため、多少はマシだ。薄い布を巻き付けているようなものなので、脚の形は浮かび上がってくるが。
「……ぅぅぅっ! 仕方ありません。ポセイドンさんを連れ戻すためにも、腹を括りましょう!」
しばらく悩んだのち、レティが決断する。彼女はアタッシュケースから紐を掴み、自棄になって叫んだ。
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Tips
◇作品No.73730“
〈ビキニアーマー愛好会〉によって開発された水中機動戦闘用ビキニアーマー。極細の紐状水着のような外見だが、LPの供給を受けることでアーツによる魚の尻尾型の障壁をヴェールする。
水中での機動力を大きく高め、一定のダメージカット能力を持つ。また海の力を支配することで周囲に急激な渦を巻き起こす『渦潮』を発動させることができる。
“幻想的な青のビキニアーマー。魚鱗によって見えないことが、逆にその神秘性を高める。見せつけるビキニアーマーから発想を転換させた、見せないビキニアーマーである”
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