第1089話「混乱の会議」

『ファイティングスピリットが反逆じゃとぉおお!?』


 その報せはまず指揮官たちへと届けられた。

 術式的隔離封印杭からの復活を果たしたばかりの旧統括管理者エウルブ=ピュポイ、またの名を 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉という調査開拓員が、名前をさらにポセイドンへと変えて、〈怪魚の海底〉に生息する巨大原生生物の体内にある都市アトランティスの管理者となった。

 あまりにも急展開すぎる内容に、T-1は目を剥いて絶叫する。


『なんで封印杭組はどいつもこいつも反逆しよるんじゃ! お主ら、調査開拓団への忠誠心はないのか!』

『わ、私に言わないでくれる!? 結構協力してると思うんだけど!』


 憤懣やるかたないといった様子で叫ぶT-1の矛先は、この事態で連行されたクナドたちへと向かう。クナド本人は古い記録の解読などで積極的に協力しているため、彼女の物言いには納得できないと腕を組む。


『クックック……。我らの宿業は黒の書によって定められる。……なぜ 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉は星の定めから逸脱したのか』

『アンタにとっても予想外なのね……』


 ファイティングスピリット――ポセイドンの反逆はブラックダークにとっても寝耳に水のものだった。彼女は壁に背を預け、手のひらを顔面に押し付けて困惑の声を上げる。


『とにかく、このままでは調査開拓団の存続が危ぶまれます。まずはレッジたちに事情聴取をしなければ』

『ウェイドはレッジのことばかり気にしておるなぁ』

『あの人たち以外詳しいことを知らないんですから、仕方ないでしょう!』


 声を荒げて力説するウェイドにT-1は呆れるが、すでにそちらでも動き出している。ポセイドンによる攻撃によって機能停止となったと見られるレッジたち〈白鹿庵〉の面々は、すでに〈ミズハノメ〉のアップデートセンターで保護されている。すぐに事情聴取のため、ウェイドたちが集まっている中央制御塔へと連行されてくるだろう。


『ともかく、初動として〈怪魚の海溝〉で活動していた調査開拓員たちには退避指令を出しました。今のうちに次の一手を考えなければなりません』

『ぐええーーーっ』


 T-3が感情的に稲荷寿司を貪るT-1の首根っこをむんずと掴み、議場へ戻す。

 ポセイドンはレッジたちを撃退した後、目立った活動はしていない。しかし、通信監視衛星群ツクヨミによる観測もできない海中、それも原生生物の体内にある都市に閉じこもっているという状況で、彼女の動きが察知できないというのが現実だった。巨大な成体の呑鯨竜については常にマークしているものの、それが動く予兆は今のところ確認されていない。


『ポセイドンの発した声明によれば、彼女の要求は海底都市への不干渉。呑鯨竜の体内を立入禁止区域に設定すれば、安全は確保できる』

『ええい、そんなことで良いわけがあるか! コソコソ隠れて軍拡されても気付けぬのじゃぞ』

『提案しただけ』


 T-2は、自分は選択肢の一つを提示しただけだと強調する。


『クナド、同僚なんじゃろ。連れ戻してこれぬのか』

『無茶言わないでよ!? 今の私は戦闘能力もないのに!』

『ぬぅ』


 クナドが統括管理者として活動していた時代であれば、エウルブ=ピュポイが調査開拓団からの離脱意思を見せた時点で相応の対処が可能だった。しかし、今は立場も権限も能力も、全てが違っているのだ。助言や相談はできても彼女自身が直接乗り込むことはできない。


『ひとまず、対話を重ねないことには状況の打開も難しいのでは? ホットラインの開設から始めてみませんか』

『そんな悠長なことは言っていられません! マシラの食欲は無尽蔵で、もうリソースが逼迫し始めているんですよ』


 時間をかけて着実に動くべきだと主張するT-3に対して、ウェイドが切羽詰まった声で反論する。

 そもそも、ファイティングスピリットはマシラに充てるリソースの供給源を見つけるため、レッジと共に海へ繰り出していた。特別任務を与えたウェイドとしては、約束が違うと泣きたい気分だ。

 こんなところで喧々諤々の議論を交わしている間にも、ミートたちは大量の食料を貪り食っている。ついでにT-1による自棄稲荷もかなりのリソース消費に繋がっているので、権限さえあれば彼女の米粒がついた頬をぶん殴ってやりたかった。


『それなら、レッジさんを投入すれば良いのでは? あの方ならなんとかしてくれるでしょう?』

『ミズハノメはあの男の破茶滅茶っぷりを分かってて言っているんですか!?』

『レッジさんに任せるのは最終手段でしょう』


 指揮官たちに場所を貸しているミズハノメが指を立てて言うと、ウェイドとT-3の双方からツッコミが入る。意見の食い違う彼女たちも、ことレッジに関しては認識を共有していた。

 確かにレッジは手綱を離しても最終的にはなんやかんやで解決してくれる可能性が高い。これまでも、確かな実績がある。しかし、一方でその“なんやかんや”が予測できなさすぎるのだ。調査開拓団規則は平気で破るし、好奇心が禁止事項を軽く超える。複数の調査開拓用機械人形を合わせた竜玉など、倫理審査委員会にかけられてもおかしくない。


『とにかく、レッジからは当時の状況だけを共有してもらいます。その後は〈大鷲の騎士団〉などのバンドに協力を要請する方針で』

『むぅ。今のところ、それが一番安定しておるかのう』


 ウェイドが繰り出した案が、T-1の審査を経て承認される。

 幸い、〈大鷲の騎士団〉は調査開拓活動に積極的で、今も退避指令を受けつつも〈怪魚の海溝〉に近い海に船団を待機させている。団長のアストラに特別任務を発令すれば、すぐにでも動き出すだろう。


『それで、レッジはいつ頃来るのじゃ?』


 時刻を確認しつつ、T-1が首を傾げる。レッジたちがアップデートセンターへ戻ってきてから、ずいぶんと時間が経っている。すでに警備NPCによって連行されてきてもおかしくはない時間だった。一分一秒が惜しい現状では、多少の遅れも気になってしまう。

 それはウェイドも同じだったようで、彼女はレッジの現在地を確認する。そして、大きく目を開いて立ち上がった。


『ぬわーーーっ!?』

『どうしたのじゃ、突然大声を出しよって』

『レッジが逃げました!』

『何ぃぃいっ!?』


 ウェイドの言葉にT-1は稲荷寿司を取り落としそうになりながら立ち上がる。慌てて食べかけの稲荷寿司を口にねじ込みながら、目を白黒とさせる。


『もぐっ。ど、どこに行ったのじゃ!? どうやって!?』

『警備NPCが連行していたはずなのに……。あああっ! こ、この警備NPC、ミヤコとナナミじゃないですか!』


 レッジの連行を引き受けた警備NPCのシリアルナンバーを確認したウェイドが悲鳴を上げる。そこに記されていたのは、レッジによって規格外の改造を施された二機の警備NPCだった。ミヤコとナナミは連行中のサインを出しながらも、レッジたちを中央制御塔とは別の方向へと運んでいる。


『緊急出動! レッジを取り押さえてください!』

『ええっ!? りょ、了解!』


 ウェイドの要請を受けてミズハノメが指令を送る。それによって、町中の警備NPCたちがレッジ拘束のため動き出した。


『何をやってるんですか、あのバカ――ッ!』

『ウェイド、ちゃんと手綱を握っておいてくれねば困るじゃろ』

『なんで私なんですか!』


 T-1が深いため息をついてウェイドの肩を叩く。彼女のそんな動きに、ウィエドは納得がいかないと叫んだ。


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Tips

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