第1088話「海底都市」
「――『弾避けのまじない』ッ!」
「『
海底の町から飛び出してきた、突然の魚雷。太い円筒型のそれは途中で細かく分裂し、それぞれに緩く弧を描きながらこちらへ迫る。意表を突く近代兵器の登場に驚きながら、俺もシフォンも咄嗟に動く。
シフォンが何かのお守りを取り出して高らかに叫ぶと、いくつかの魚雷の軌道が不自然に歪む。運命というレールが歪められ、あらぬ方向へと突き進む。そして、その先に漂っていたサメ型スライムたちの横腹に突っ込んで爆発した。
しかし、シフォンの占いによる運命変転を逃れた魚雷はまだ多い。俺は水中に展開していたドローンにそれらを捕捉させ、勢いよく突っ込ませる。接触の直前に自爆命令を送り、その爆風で周囲の魚雷もろとも誘爆させる。
「おじちゃん!」
「まだ来るぞ!」
水中に広がる黒い煙幕。その向こう側から勢いよく無傷の魚雷が飛び出してくる。
「誘導装置は付いてるみたいだが、機動力はない! 範囲攻撃で仕留めていけば!」
「『飛び出す氷の鏃』ッ!」
俺が言うよりも早く、シフォンは次なる迎撃を始める。彼女は詠唱を捲し立て、腕を振るう。彼女の指先から鋭い氷の破片が生成され、勢いよく飛び出した。それは次々と魚雷の頭に突き刺さり、爆発する。
彼女の扱うアーツは詠唱が短く、消費LPが少ないぶん、射程と威力に劣る。だが、無数の魚雷を迎撃するには、その連射力が力強かった。
『レッジさん!』
次々と立て続けに迫り来る魚雷を迎え撃っていると、船内のレティからからTELが飛んでくる。切迫した彼女の声に、俺も槍を振るいながら答える。
「町から攻撃を受けてる。魚雷がバンバン飛んできてるんだ。ファイティングスピリットに文句の一つでも言ってくれ」
『そ、それが……』
言い淀むレティ。彼女の様子に異変を感じ、何事かと問い掛ける。レティは戸惑った様子で、何かを確認するような調子で言った。
『突然、ファイティングスピリットさんが倒れて、意識を失ってしまいまして……』
「なにっ!?」
同時にレティからスクリーンショットが一枚送られてくる。蒼氷船の内部を写したその画像では、ファイティングスピリットが瞼を閉じて倒れている様子がしっかりと確認できた。
「管理者機体が倒れるって、どう考えても異常事態だよな……」
『そうなんですよ!』
レティもどうしたらいいのか分からないのか、困りきった声を上げる。
ウェイドやT-1に指示を仰ごうにも、呑鯨竜の中ということで通信は途絶している。そもそも、この巨大な呑鯨竜が動き出したことで〈怪魚の海溝〉にどのような影響が出ているかすら俺たちは知らないのだ。
「とりあえず、機体だけでも死守する。何か変化があったらすぐに教えてくれ」
『りょ、了解です! ところでレッジさんたちは大丈夫なんですか? なんなら、今からでも助太刀に――』
「今のところは大丈夫だ。一応、ラクトに氷を厚くしておくように言ってくれ」
『むぅ……。りょーかいです』
通信が切れる。すぐに蒼氷船を包む氷がさらに分厚く頑丈になったため、レティもしっかりと伝えてくれたようだ。これで、俺もシフォンも万全の状態で戦える。
「シフォン、ぶっ放していいぞ!」
「よ、よぉーし! いくよっ!」
海底の町に近づくほど、魚雷の数と密度が増えていく。レティには大見得を切ったものの、この調子でいけば町に辿り着く前にこちらの処理能力に限界が来そうだった。だが、それも蒼氷船を守りながら戦うという前提があっての話。護衛対象に十分な防御力があるのならば、俺たちにもやりようがある。
シフォンは早速、懐からタロットカードを取り出す。
「『ドロー』! んあああっ! これじゃない!」
彼女は束の中から引き抜いたカードをブンブンと振り回す。どうやら、目当てのものではなかったらしい。
「『ドロー』ッ! ど、『ドロー』ッ! どろーーーーっ!」
「不運だなぁ。――俺が時間を稼ぐから、落ち着いてやればいい」
ここぞと言う時に全然強いカードが引けないのは、ラッキーアイテムが間に合わせの品だったからだろうか。シフォンがクールタイムのたびにカードを引き続けているのを横眼に、俺は魚雷迎撃の準備をする。
「『換装』“針蜘蛛”」
機体パーツを拡張し、腕を八本に増やす。下半身は巨大な蜘蛛のものとなり、額に複眼が現れる。
「はえっ! ラスボスモード!」
「ええい。わざわざ言わなくていいから、タロットを揃えてくれ」
こちらを見て耳を立てているシフォンを手で払い、機体の変形が終わるのを待つ。竜玉はウェイドたちに没収されてしまったから、調査開拓用機械人形一機ぶんの出力しかないが、まあ問題はないだろう。
「『換装』“アシナガ”」
換装された機体に、更なる手を加える。文字通り、“手”を加えるのだ。
四対のマシンアームがグンと伸びる。一本の全長はおよそ3メートル。背中から延びたそれは、まるで天使の翼のように美しい。
「どちらかというと悪魔の羽じゃない?」
「かっこいいからいいだろ!」
“アシナガ”形態は、射程を広く取る。その手に握られた槍が、次々と魚雷を薙ぎ払って行った。
「はっはっは! まるで魚雷がゴミのようだ!」
「ううううっ、『ドロー』ッ! はっ!? やった、『
大腕で魚雷を払っていると、ようやくシフォンが望みのカードを引き当てた。
燦然と輝くのは勇ましい戦車の描かれたタロットカード。彼女は正位置で現れたそれを、早速発動する。
――ウゥゥゥゥゥウウウオオオオオオッ!
地響きのような揺れと轟音が水中に伝わる。何が起きたのかと周囲を見渡し、その発生源を見つける。
「なんだ、あれは……」
「ふふん! 近代兵器には近代兵器で対抗するんだよ! 行け! 大戦車!」
水の中で履帯を猛烈に回し、それは急襲してきた。頑丈な鋼鉄の体に迷彩の塗装を施し、その太い砲身を真っ直ぐに定めている。至る所に主砲を支援する副砲、機銃がずらりと並び、それらもすでに動き出していた。
タロットカード『
水中に沈みながらもそれはゆっくりと動き出す。三つの砲塔が動き、弾丸が装填される。内部には砲手も戦車長も存在しないが、それは独自に動き、使用者の敵を殲滅する。
「発射!」
シフォンの号令と共に、衝撃が広がる。
放たれた砲弾は魚雷を破壊し、周囲に爆風を広げる。それを掻い潜ったものも全て、副砲による支援射撃によって撃墜されていく。
「なんで水中で戦車が無双してるんだ……」
「詳しいことは分かんないよ」
三術スキルは総じてかなり
「大戦車の効果時間は30秒だからね」
「短くないか!?」
「無敵の召喚物を何分も運用できるわけないでしょ」
10秒程度経ったあたりでシフォンに言われ、緩みかけていた気持ちを引き締める。冷静に考えれば、占術師が戦車のカードを引き当てるだけで勝敗が決してしまえばゲームバランスも崩壊するだろう。そのため、効果時間で均衡を保っているらしい。
「効果時間中にどれだけ降下できるかってことだな」
「は?」
「なんでもない!」
シフォンのじっとりとした視線から逃れて、戦車と共に魚雷を撃墜していく。そして、あっという間に30秒は過ぎ去り、大暴れしていた鉄の兵器は霞のように消えてしまう。
その時だった。
『わっしょーーーーいっ!』
大音量で響き渡る少女の声。それが誰のものなのか、考えることもなく理解する。
「ファイティングスピリット!? どこで何をやってるんだ!?」
意識を失っていたはずの彼女の声はTELではなく空間そのものに響いていた。その発生源は――間近に迫った水底の町である。
『ボクはファイティングスピリットじゃないよ!』
「なに?」
ファイティングスピリットは溌剌としたよく通る声を響かせる。
よく見れば、眼下に広がる町が動き出していた。滑らかな石造の建築物が動き出し、内部から銀色の砲身が次々と現れる。急激に姿を変えるその姿は、まるでウニのようだ。
『ボクは元第三開拓領界統括管理者エウルブ=ピュポイ。でも今は、海底都市アトランティスの管理者――ポセイドンだ!』
高らかに打ち上げられた名乗り。それを聞いた俺たちは一瞬目を丸くする。
かつて第零期選考調査開拓団を率いた統括管理者は、第三の勢力として立ち上がった。
「せめて世界観は守れよ……」
そんな俺の小さな呟きは、海底都市から放たれた無数の攻撃によってかき消された。
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Tips
◇ファイティングスピリットの声明文
現時点をもって、第零期選考調査開拓団第三開拓領海統括管理者エウルブ=ピュポイは、 〈
また、アトランティス管理者として第一期調査開拓団に告ぐ。今後、都市への干渉、および都市所在地たる呑鯨竜体内への侵入の一切を禁ずる。これを侵害したことを確認した場合、あらゆる手段を用いてそれに対抗する。
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