第1087話「貝を守る者」
「風牙流、一の技、『群狼』ッ!」
突風が水を押し除け、スライムたちを散らす。水中でも問題なく槍を振るえるうえ、個々のスライムたちはさほど強くない。範囲攻撃テクニックの充実した〈風牙流〉とは相性の良い相手だ。
『レッジさん、大丈夫ですか!?』
「問題ない!」
蒼氷船の中にいるレティたちから身を案じる声が届く。彼女たちは固い氷の中にいるため、次々と船体にまとわりついてくるスライムに攻撃を与えることができないのだ。そのため、実質的に俺一人で襲撃を凌いでいる。
「“雷爆昆布”ッ!」
槍を突き出す合間に種瓶も投げる。新たに開発した“雷爆昆布”は海水中でのみ萌芽する特殊な種瓶だ。大きく茎を伸ばし、帯状の葉片を水の中に広げる。まるで天女の帯のように少し透き通って揺蕩うそれは、一定の大きさに成長した瞬間に強烈な雷撃を周囲に放つ。
『ィイイイイッ!?』
『イイイイッ!』
放たれた稲妻は水の中を駆け巡り、次々と黒いスライムたちを貫く。一瞬にして核を破壊されたスライムたちが、次々と爆発していった。
雷爆昆布は茎部に特殊な発電、蓄電器官を有しており、葉片には強い電導性がある。野生種は〈剣魚の碧海〉の沿岸部に生息している“パラライズタングル”というもので、雷撃でほかの海藻たちを殺して生息域を広げる性質を持つ。本来はある程度の大きさの原生生物や調査開拓員であれば多少痺れる程度の微弱な電気しか流さないのだが、種瓶化するに当たって発電能力周りを強化したのだ。
また、“蟒蛇蕺”の成長遺伝子も少しだけ組み込んでいるため、かなり広範囲に茎を伸ばす。これによって、海水中であればかなりの広範囲にわたって雷撃を与えることができる強力な種瓶となっている。
『ああ、レッジは問題なさそうね』
『いつの間にそんなの作ってたの?』
“雷撃昆布”の白い稲妻は蒼氷船の内側からも見えたらしい。エイミーとラクトの呆れた声がする。第三開拓領域が海洋フィールドということを聞いて、準備していたのだ。
とはいえ、この昆布もまだ開発途中の試作品。いくつか問題点、というか改善しなければならない点がある。
「はえええええっ!? ほぎゃっ!? ひぎょっ!? ぺぎゃっ!?」
「すまんシフォン、少し耐えてくれ」
「おじちゃん!?」
そのうちの一つが、雷撃昆布の電流が味方も巻き込んでしまうという点。種瓶はその性質上、プレイヤーによる攻撃という判定を安定化させることが難しく、直接ダメージを与えるタイプの植物はフレンドリーファイアになってしまう可能性が結構あるのだ。
とはいえ、雷撃昆布のダメージは、今のシフォンのステータスから考えれば微々たるもの。それよりも厄介なのは“麻痺”の状態異常を与える効果のほうだろう。
しかしダメージも状態異常も、そもそも蒼氷船のテントの範囲内から出なければ無効化できるので問題はない。
「これ! いつまで続くの!?」
「人魚の町に着くまでだな」
「はええええんっ!」
バリバリと雷鳴が轟くなか、シフォンが悲鳴を上げる。俺は追加の種瓶を投げながら、徐々に近づいてくる水底の町に目を向けた。
人魚の町は水底にある。大きな泡に包まれて、白く滑らかな石のようなもので造られた建造物がいくつも立ち並んでる。まだ距離が遠く鮮明には見えないが、かなり規模の大きな町であるのは確かだ。しかし――。
「まったくひとけが無いなぁ」
町は殺風景で、生物の気配を感じない。まるで廃墟のようだが、朽ちた様子がないというのも、余計に強烈な違和感となっていた。
まるでつい最近まで人々の営みがあったかのようで、だとすれば彼らはいまどこにいるのか。
なんにせよ、あそこに辿り着かなければならない。
「おじちゃん!」
「うおっ!?」
シフォンの声で意識を戻す。視線を巡らせ、間近に迫っていたエイ型スライムを見つける。ほとんど反射的に槍を突き出し、その核を破壊する。
「ぐぅっ――っ!」
爆発の衝撃で視界が揺れる。まずいと目を瞬かせたその時、海底から新たなスライムが飛び出してきた。
「今度はサメか! サメはもう飽きるほど狩ったんだけどなぁ」
猛烈な勢いでやって来たのは黒いスライム。その形状はホホジロザメのようで、大きさは5メートルほどだろうか。牙のない口を大きく開いて、噛みつこうと迫る。
「せいっ!」
槍の穂先を叩きつけるも、滑らかな体の形状を変えてそれを避ける。それどころか、左右に分離して俺の背後に回ったかと思うと、尻尾のほうを頭に変えて強引に方向転換した。
「器用なことを!」
槍を突き出す。避けられる。
だが、核がどこにあるのかは分かった。だいたいどのスライムでも、体の中心に核があるらしい。ならば、そこを狙って――。
「――『龍穿牙』ッ!」
貫通力のある突きを繰り出す。サメ型スライムが形を変えるよりも早く、その胴体ごと核を貫き壊す。
サメ型スライムがブクブクと膨れ上がり、爆発する。その衝撃でテントの外に押し出されないように耐えながら、海底へと意識を向ける。
「はっ。サメは散々相手してきてるんだ。次はもっと強いやつを出すんだな」
「おじちゃん、あんまりそういうの言わない方がいいんじゃない?」
鎖にしがみついたままシフォンが胡乱な顔をする。
その時、再び海底から新たなスライムが飛び出してきた。
「どんな奴が出てこようと、所詮スライムだからな。俺でもぱぱっと――」
「げぇっ!?」
意気揚々と言いかけた言葉が途切れる。シフォンが俺と同じものを見て、大きな悲鳴をあげた。
『レッジさん!? 何があったんですか?』
音声だけを聞いていたレティたちから疑問の声が飛び込む。しかし、それに反応することもできず、俺は全力で槍を構えた。
「なんで――」
それは水中にも関わらず激しく炎を吹き出しながら、強い推進力でこちらへ突き進んで来た。次々と細かく分裂しながら、それら全てが真っ直ぐに俺を狙っている。
「なんでこんなところに、魚雷があるんだ……っ!」
人魚の町から放たれたのは、どこからどう見ても立派な魚雷。明確な殺意を乗せた近代兵器が、猛烈な勢いで飛び込んできた。
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Tips
◇〈怪魚の海溝〉海底より回収された文書
〈怪魚の海溝〉にて調査開拓活動に従事していた調査開拓員が発見した古い金属板。著しい経年劣化の兆候を示しており、大部分は解読不可能なまでに損傷している。また、刻まれている文字は地下言語との相似点が見られるものの、異なる言語体系であると推測される。
以下に解読途中の翻訳文書を掲載する。
“拠……衛兵器群……稼働止まら……復旧……能………………ごめん”
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