第1083話「究極の選択」

 激流に乗って巨大な鯨の喉を下る。フォータースライダーのような光景だが、その規模が桁違いだ。ラクトの操る蒼氷船は右へ左へと大きく傾き、時には重力にも抗いながら滅茶苦茶な軌道で滑っていた。


「おじちゃん! 二人確保したよ!」

「でかした!」


 波間からサーフボードに乗るシフォンが飛び出してくる。彼女の両脇にはぐっしょりと濡れたトーカとミカゲが抱えられていた。彼女は二人を甲板に放り投げながら、自分も勢いのまま飛び込んでくる。


「よっと!」

「わぷっ!」


 シフォンを受け止め、頭を撫でて労う。彼女がいなければバラバラになったまま、最悪の場合誰かが死に戻りしていたかもしれない。


「全員揃ってるな。とりあえずトーカとミカゲは船室に。レティとLetty、あとエイミーは周囲の警戒を頼む。船から落ちないように気をつけろよ。シフォンは休んでてくれ」


 船の上に全員が揃っているのを確認して、今一度指示を出す。トーカは水中行動の限界が来ていたようで、一時的な“気絶”状態に陥っているようだった。ミカゲもかなり消耗しているため、二人まとめて船室に放り込む。


「レッジ、わたしは?」

「ラクトはとにかく船が沈まないように頑張ってくれ!」

「了解!」


 ラクトは絶えずアーツを発動し、蒼氷船の動きや形そのものを次々と変えていく。複雑に寄せては返していく荒波に瞬時に対応し、なんとか船が沈まないようにしているのだ。彼女の操船技術がなければ、とっくの昔に俺たち全員が海の藻屑になっていたことだろう。

 俺は船の維持を彼女に任せて、今回の元凶とも言える人物の元へと向かう。


「ファイティングスピリット。このまま奥に進めばいいんだな?」

『うん!』


 元気のいい挨拶で、こんな状況なのに力が抜ける。

 とにかく、彼女も外に放り出されたら回収は困難だ。大人しく船室に居てもらうことにして、ラクトには進路そのままと伝える。


「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」


 普通に考えたらでかい鯨の胃袋に直行してしまうわけだが、どうなるのだろうか。ファイティングスピリットが言うには、人魚の都市とやらがあるらしい。

 気分はまるで新大陸を目指す冒険家だ。

 日の入らない食道を下るため、船の各所に取り付けたライトを点灯する。赤く波打つ壁が、膨大な量の海水ごと俺たちを嚥下しているのが良くわかる。

 次々と降ってくる飛沫でずぶ濡れになりながら、ひたすら流れに身を任せて進む。そうしていると、呑鯨竜の食道が二股に分かれているのが見えた。


「ファイティングスピリット、どっちに入ればいいんだ?」

『分かんない!』

「えっ」


 元気よく即答された言葉に一瞬動きを止める。


「えっと、どっちでもいいのか?」

『どっちかは胃だぞ。入ったらドロドロに溶けるぞ』

「だよなぁ。てことは、正解は一つなのか?」

『わっしょい!』


 わっしょいじゃないが。


「どっ、どどどどうするんですか!? どっちに行くんですか!?」

「待て待て落ち着け!」


 途端に慌て出すレティを落ち着かせながら考える。

 波間から見える二つの穴は、どちらも同じように見える。そもそも上下左右の区別も曖昧で、どちらを選べばいいのかも分からない。頼みの綱であるファイティングスピリットすら判別できないのであれば、俺たちに分かるはずもない。


「どうすればいいんだ……」

「い、いっそのことぶっ叩いてみます?」

「なんでそうなるんだよ」


 うんうんと唸っていると、レティが突拍子もないことを言う。呑鯨竜の食道を殴ったからといって事態が好転することはないだろうに。


「れ、レッジさん……」

「トーカ! 目が覚めたのか?」


 悩んでいる間にも分岐点は近づいて来る。どちらにするか決めあぐねていると、船室からよろよろとトーカが這い出てきた。


「こう言う時は、左を選ぶんです。左手の法則というやつです。……あれ、右でしたっけ?」

「それは行って戻って帰れる時なら正しいんだけどなぁ」


 彼女のアドバイスも申し訳ないが参考になりそうにない。胃に飛び込んでしまえば、そこでゲームオーバーなのだ。


「いっそ、多数決でも取るか?」

「そんな暇ないよ!」


 操船しているラクトは早くどちらかに決めてくれと叫んでいる。勢いが凄く、進路を変えるだけでも一苦労なのだ。早く決めなければ、分岐点のちょうど中間に激突して難破という最悪の事態も考えられる。


「こういう時こそシフォンじゃないの?」

「はえええっ!?」


 突然エイミーから矛先を向けられ、シフォンが悲鳴を上げる。


「な、なんで……」

「だって、運任せの専門家でしょ」

「占い師のこと何だと思ってるの!?」


 確かに占いは道行きを予知するものでもある。〈占術〉スキルを上手く使えば、正しい道を示してくれるかもしれない。しかし当のシフォンはそんな責任は負えないと猛烈な勢いで首を振る。


「第一占ってる暇もないし、もし外したら……」

「別に恨んだりしないわよ。どうせ〈ミズハノメ〉で復活するだけだし」

「でも、ファイティングスピリットとはできるだけ逸れたくないんだが」

「はえええんっ!」


 俺とエイミーの間に挟まれて、シフォンは涙目で耳を伏せる。


「ちなみにシフォン、今日の運勢とラッキーアイテムは?」

「……中吉。ラッキーアイテムは金のシャチホコ」


 一応、彼女も占い師として日々の運勢は確認しているらしい。しかし、ラッキーアイテムは用意できなかったようだ。


「誰か金のシャチホコ持ってないか?」

「なんで持ってると思ったんですか……」


 ダメ元で聞いてみるが、やはりみんな心当たりはない。これは万事休すかと思ったその時だった。


「けほっ、けほっ。……おえええっ!」

「うわーーーっ!? トーカ!? 大丈夫ですか!?」


 ぐったりと甲板に倒れていたトーカが突然えづく。レティたちが悲鳴をあげる中、

彼女の口の奥からぬるりと細長い何かが飛び出してきた。


「げぇ!? 魚飲み込んでたんですか!?」

「そりゃあ気絶もするわ……。けど、ちょうどいいわね」


 一同が困惑するなか、エイミーが甲板でピチピチと跳ねる魚を掴み、シフォンに押し付ける。


「はええっ!?」

「これもシャチホコみたいなもんでしょ。黄色い光当てれば金色っぽいし」

「そんな強引な……。って運勢ちょっと上がってる!?」


 エイミーの強弁は無茶苦茶だったが、トーカが吐き出した小魚を押し付けられたシフォンは若干運勢が上がったらしい。大吉にはならない程度のほとんど誤差のような補正だったが、無いよりはマシだろう。


「そろそろ決めてくんない!?」


 舵を取るラクトが大きな声を上げる。


「シフォン、頼む!」

「死んでも恨みませんから!」

『究極の選択ってやつだな! わっしょいわっしょい!』

「はええええっ!」


 俺たち全員の希望を託されて、シフォンがついに覚悟を決める。


「――右ぃぃぃい!」


 それを聞いて、ラクトが舵を切る。船が大きく傾き、波が甲板を覆う。


「きゃああっ!?」

「Letty! 捕まってください!」

「うへへっ」


 外へ投げ飛ばされそうになったレティたちと違いに手を繋ぎ、荒波に耐える。

 分岐点を越えて、右の穴へと飛び込んだ。管はさらに狭くなり、流れは加速する。


「うわあああああっ!?」


 そうして、俺たちは突然、広い空間へと飛び込んだ。


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Tips

◇ラッキーアイテム

 占いによって調べることができる、その日の運勢を上げる幸運のアイテム。ラッキーアイテムを所持していれば、幸運を呼び込むことができる。


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