第1080話「悪魔のお手玉」
呑鯨竜の口の奥から蠢きながら飛び出した大量の蔦は、そのまま巨体へ絡みつき、きつく締め付ける。呑鯨竜が苦悶の声を漏らすが、蔦の生長は止まらず、ヒレや尻尾へと伸びていく。
「レッジさん! 無事でしたか!」
種瓶もそれなりに出回るようになったとはいえ、このような大規模なものを扱う栽培師はまだ少ない。レッジの無事を確信したレティは喜びの声を上げた。
『無事と言えば無事だが、ちょっとまずい状況かもしれん』
しかし、パーティの共有回線を通じて返って来たレッジの言葉は生還を確信した安堵のものではなかった。彼の声を聞いたレティたちは首を傾げる。その直後、共有回線から別の声が響いた。
『助けてレティ! 締め潰されちゃう!』
「シフォン!? 何があったんですか?」
切羽詰まったシフォンの声。まだ状況は予断を許さないと直感し、レティたちは身構える。
『おじちゃん、“蟒蛇蕺”使ってるの!』
「ええっ!?」
シフォンの告げた衝撃の事実に、レティたちに衝撃が走る。
“蟒蛇蕺”はレッジが開発した種瓶の中でもかなり強力な品種に分類されるものだ。一度根付くと際限なく生長し、貪欲に水を喰らう。周辺一帯が枯れた荒野となり、自身も枯死するまでそれは止まらない。
そんなものを、この広い海洋で使うとどうなるか。
「せっかく開放された第三開拓領域が一晩で壊滅しますよ!」
「うわあああ、何やってんのレッジ!?」
蟒蛇蕺の蔦に包まれた呑鯨竜は、レティのハンマーで高く打ち上げられた。あれが海水に接した瞬間に、青々とした美しい海は緑の蔦に侵食されてしまうだろう。
「ふおおおおっ! 『フルスイング』ッ!」
急いで呑鯨竜の落下地点へと向かったレティは、ハンマーを振り上げる。ノックバック性能の高いテクニックが発動し、再び鯨の巨体が飛び上がる。
「『弾む障壁』ッ!」
大きく弧を描き吹き飛んだ呑鯨竜の行く先にエイミーが構えていた。彼女が展開した障壁が深く撓みながら鯨を受けとめ、再び高く放り投げる。
「よし、このまま“蟒蛇蕺”が枯死するまで投げ続けておけば!」
“蟒蛇蕺”は生長に大量の水を求めるため、水分の供給が途絶えればすぐに枯死してしまう。水分を吸われ続けている呑鯨竜はすでにミイラのように乾いていた。このまま水がなくなり一度枯死してしまえば安全だ。
光明を見出し、ラクトが拳を握りしめる。蟒蛇蕺の枯死まで、目算で残り30秒と言ったところだろう。レティとエイミーが順番にパスしていけば、十分に稼げる時間である。
「次は私が!」
「ちょっ、トーカ!?」
だが、その時、突如海の中からトーカが飛び出す。彼女は滑らかに大太刀を引き抜き、巨大な呑鯨竜を一刀の下に両断してみせる。
「うぉおおおっ! 『一閃』」
「ばかーーーっ!」
光の速度で飛び出したトーカに周囲から罵倒が飛ぶ。
「な、なぜ!? 最高に決まったんですが!」
「切ってどうするんですか! 2個に増えちゃったじゃないですか!」
「…………あっ」
トーカは呑鯨竜を一刀両断した。であれば、どうなるか。下半身と上半身の二つに分かれた鯨の体を、一瞬で蔦が包み隠す。緑の球体が二つに増えた。当然、そのどちらか片方を水に落とした時点で負けである。
切ってからそれに気がついたトーカは愕然として顎を落とす。そんな彼女に構う間も無く、レティとエイミーが落下地点へと急ぐ。
「Letty、もう一つの方任せます!」
「えええっ!? わ、私ですか!?」
レティとエイミーだけでは手が足りない。当然、レティと同じ能力を持っているLettyにも協力が求められた。しかし、レティから任せられたLettyは青い顔をしていた。彼女はまだ満足に泳げないのだ。
「ら、ラクトぉ」
「とりあえず急ぐけど、小回りは効かないよっ」
涙目でラクトに縋るLetty。ラクトはすでに蒼氷船を動かしていた。
機術によって作られる蒼氷船の利点の一つとして、動力をエンジンに依存しないという点が挙げられる。そのため、船側や船首からでも動かすことが可能で、横移動やバックなどの柔軟な動きが可能なのだ。
「うおおおおっ!」
「おわああああっ!?」
ラクトは二箇所に動力源となるアーツを設置し、蒼氷船を走らせる。海上をドリフトしながら、呑鯨竜の真下まで向かう。
「Letty!」
「うぅぅ、『フルスイング』ッ!」
船から投げ出されそうになるのを必死に耐えながら、Lettyはハンマーを構える。真上に迫る呑鯨竜の下半身をしっかりと見据えて大きく振り上げた。ハンマーヘッドは直撃し、再びその重たい肉と蔦の塊を空高く打ち上げた。
「次あっち!」
「うわわわっ!?」
Lettyが一息ついたのも束の間、再び蒼氷船が大きく傾く。
「ら、ラクトのアーツで受け止めちゃダメなの!?」
「氷属性も水判定らしくて、吸い取られちゃうんだよね」
「無駄に能力が高い蔓!」
どうしてそんな悪魔のような植物を作ってしまったのか、Lettyはレッジに問い糺したかった。しかしそのためにはまず、この地獄のお手玉を終わらせなければならない。
「Letty!」
「ごめん、間に合わない!」
「ひえええっ!」
海面を泳ぐレティとエイミーは思うように動けない。蒼氷船に乗っているLettyだけが頼みの綱であった。二人の声を受けてLettyは必死にハンマーを振る。だが、切迫した状況ではうまく狙いを付ける余裕もない。
「ああっ!」
球状になった蟒蛇蕺が、あらぬ方向へ飛んでいく。そこには洋々たる海が広がり、レティもエイミーも間に合わない。Lettyの顔面が蒼白に染まる。
際限なく水を求め続ける悪魔の植物が、海に落ちる。
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Tips
◇『フルスイング』
〈杖術〉スキルレベル40のテクニック。勢いよく鈍器を振り、対象を強い力で吹き飛ばす。ダメージは少ないが、強いノックバックを与えることができる。
“力を込めて、振り抜いて。一発かますぜホームラン!”
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