第1078話「鳴り響く呼声」
「『
爆発。衝撃。そして蒸発。
レティが振り上げた黒い特大ハンマーは強かに洞窟の地面を叩く。その衝撃は爆発と共に水中を伝播し、広範囲にわたって激甚な影響を与える。
「くぅっ!」
「……っ!」
フレンドリーファイアのない一撃にも関わらず、トーカとミカゲは顔を顰めて防御姿勢を取る。爆発の熱や衝撃は容赦なく二人を襲い、何もしなければ洞窟の奥まで吹き飛ばされてしまいそうだった。
「おおー! やっぱり効果覿面ですね!」
深く抉られた洞窟の地面の底で、レティは歓声を上げる。彼女の周囲には、猛烈な勢いで迫っていた大魚の群れが白目を剥いて腹を上に向けていた。
無数の原生生物を一網打尽にしたレティは、手に持つハンマーのヘッドを見やる。花弁粉末火薬6gが装填された高威力の爆発によって、複雑な機構を有していたハンマーヘッドは見るも無惨に壊れていた。彼女は手元のスイッチでそれをパージし、インベントリから取り出した新たなハンマーヘッドに換装する。そして、爆発の高熱で赤くなっていた柄の先端が徐々に元の色へ戻っていくのを満足げに見る。
「水中ということで冷却速度も早いですね。これなら、頻繁に使えそうです」
彼女が持つのは、サブウェポンとして長く愛用している特大機械式ハンマー、“発展型正式採用版大型多連節星球爆裂破壊鎚・改改改・Next・真髄・Ver.8・スペシャルエディション・EX”である。こまめに改造と改良と拡張を繰り返しながら、半ば実験的な機構も大胆に採用した先進的なハンマーで、扱いは難しいが相応のポテンシャルを持っている。
特に強力な花弁粉末火薬を6gも詰めたうえで安全に爆発させる機構は画期的で、開発者のネヴァはそのライセンスでかなり稼いでいる。その技術を確立できたのも、この実験場とも言えるハンマーがあったからだった。
局所的に大規模な爆発を引き起こすという特殊なハンマー故に、そのハンマーヘッドは着脱式となっており、それでも柄の冷却が終わらなければ再使用ができないという欠点があった。しかし、水中であれば冷却時間がかなり短縮できることが判明し、レティは笑みを深めた。
「つまりはガチンコ漁ですよね」
「……自分も水中にいるんだけど」
ハンマーで硬い地面を強く叩き、その衝撃で広範囲の原生生物を一網打尽にする。現実では到底許されない行為だが、惑星イザナミに法律は存在しない。
もっとも、衝撃を受けた原生生物は白目を剥いて気絶しているだけなので、目を覚さないうちにとどめを刺す必要がある。それでも、無抵抗の敵を淡々と処理していくだけというのはかなり楽であった。
デメリットとしては、レティ、トーカ、ミカゲの三人にも強いノックバックが発生し、さらに“目眩”や“気絶”の状態異常が発生する恐れがあるという点だけである。その点についても強い状態異常耐性を持つ彼女たちならば、あまり問題とはならない。
「さあ、景気良く行きますよ!」
“ミサイルフィッシュ”という名前の原生生物たちを仕留め終えたレティは、再びハンマーを振り上げる。彼女の威勢の良い掛け声と共に、大爆発が珊瑚礁を貫いた。
━━━━━
「そうそう。ゆっくり動かしていけばいいからね」
「うぼぼぼっ!?」
「はーい、息継ぎはイチ、ニー、サン、よ」
晴れ渡る青空の下、限りない海の真ん中、鮮やかな珊瑚礁の広がる水面で、ぱちゃぱちゃと小さな飛沫が跳ねる。
赤い髪を後頭部で括ったLettyが、エイミーの補助を受けながら泳ぎの練習をしていた。
「最初の方は水に浸かってるだけでも経験値が入るから。そうしたら動きやすくなってくるでしょ?」
「うーん、水は水だと思う……」
元々〈水泳〉スキルのレベルがゼロであったLettyは、少し泳ぐだけで大量に経験値を獲得し、次々とレベルが上がっていく。それに応じて水中での息苦しさや動きにくさも緩和されていくはずなのだが、エイミーの言葉に対して彼女は表情を曇らせたままだった。
「レティさんは〈水泳〉スキルを持っていないのに……」
「まあまあ。一時的にレベルを上げるだけでもいいんだから」
あくまでレティのスキルビルドを模倣したいLettyは、〈水泳〉スキルを鍛えることにも否定的だ。しかし、蒼氷船での待機中はすることがないからとエイミーがレクチャーを申し出て、しぶしぶそれに応じていた。泳ぎは苦手だが、それでレティについて行けなくなるのも嫌だったのだ。
「Lettyだって運動神経はいいと思うし、コツさえ掴めば泳げるようになるわよ」
「その未来が全然思い描けないの!」
安心しなさいと肩を叩くエイミーだが、他ならぬLettyがそれに懐疑的だった。
「心配しなくても、人間何もしなかったら浮くようになってるのよ」
仕方なさそうに肩を竦め、Lettyの腹を下から支えるエイミー。「特にあなたは立派な浮きが付いてるんだから」と言葉にしないまでも目線を向けた。レティは見事な流線型でほとんど水の抵抗も無さそうだが、Lettyは安定感に優れていそうだ。
「とりあえず平泳ぎだけでもできるようになれば、楽しくなるわよ」
「うぅ〜」
エイミーに励まされ、Lettyも渋々ながら泳ぎ出す。再び白い波が跳ね、穏やかな海に広がっていく。
「平和だねぇ」
蒼氷船の甲板では、ラクトが船縁に腕を乗せてぼんやりとエイミーの水泳教室を眺めていた。レッジがいればビーチチェアでも出してもらって、パラソルの下で優雅にトロピカルなドリンクでもキメたかったのだが、今はそれもできない。
『退屈ーー! もっと遊ぼう!』
「いてててっ」
騒がしく声を上げる青髪の少女に手を引っ張られ、ラクトは現実に戻ってくる。蒼氷船に残った四人のうち、エイミーとLettyは海に飛び込んでしまったため、自然と彼女がファイティングスピリットの相手をすることになったのだ。
「遊ぶって言われてもねぇ。遊び道具なんて持ってきてないし……」
『むぅぅ』
小さい子供の相手などしたこともないラクトは困り顔で唸る。〈怪魚の邂逅〉は最前線とはいえ、海面上を漂っているぶんにはさほど危険もないらしい。そのおかげでこの少女は先ほどから退屈を訴え続けているのだ。
仲間の二人が行方不明で、それを探す救出隊も送り出しているというのに、驚くほどの緊張感のなさである。
『ラクトは水を操れるんでしょ? ぼかーんっ! ってやって!』
「私は氷属性機術師なの! 水は操れないよ!」
『ええー? 水も氷も攻性機術の同じ属性領域内にあるはずだよ?』
「く、妙なところで管理者らしい知識を……」
実際のところ、氷属性機術が扱えるなら、水属性機術も同様に扱える。ラクトが氷属性機術師を名乗っているのは、あくまで彼女自身のポリシーによるものだ。一見すると無邪気な少女にも思えるファイティングスピリットも旧統括管理者らしく、そのあたりの知識には精通している。
『じゃあ、氷柱でもいいから。見せて!』
「氷柱でもいいからって……。仕方ないなぁ」
結局、他に彼女を大人しくさせる方策も思いつかず、ラクトは言われるままに詠唱を始める。戦闘目的ではないのにナノマシンパウダーやLPを消費してアーツを発動するのは気が進まないが、ずっと腕に絡みつかれているよりは良い。
「――『術式複製』『崩落する螺旋の氷柱』ッ!」
だが、やるとなれば手を抜くのも癪である。ラクトはできるだけ見栄えのするアーツを選び、高らかに詠唱する。
快晴の空に現れたのは、巨大な八本の氷柱だった。効率だけを求めた無骨で荒削りなものではなく、滑らかに磨かれた透き通る氷に細やかな彫刻の施された美しい柱だ。捩れ、螺旋の構造を描くそれが八本揃うと、次々と海へ落ちていく。
『うわーーっ! わっしょいわっしょいだ!』
高い水飛沫が上がり、そのたびにファイティングスピリットが歓声を上げる。
ぴょんぴょんと飛び跳ねる彼女をちらりと横目で盗み見て、ラクトも満更ではない顔をしていた。
「ま、これくらいなら……」
『すごいすごい! まだ大きい波が立ってるぞ!』
「うん?」
せっかくだからもう少し大きなアーツも披露しようかと考えていたラクトは違和感に気づく。氷柱を落とした海面が、いまだにバシャバシャと荒波を立てていたのだ。そのような効果を発揮するアーツではなかったはずだが……。
「っ! エイミー、Letty! 今すぐ船に!」
異変を認めたラクトが即座に海面に浮かぶ二人へ叫ぶ。次の瞬間。
『ゥォォオオオオオオッ!』
海が下から膨れ上がり、頭頂部に氷柱を突き刺した巨大な鯨が飛び出してきた。
━━━━━
Tips
◇“ミサイルフィッシュ”
〈怪魚の海溝〉に生息する大型の魚類に似た原生生物。十から二十程度の群れを作り、常に高速で回遊している。高速回遊に適応した流線型の体をしており、先端部は非常に硬質で鋭い。非常に機敏で捉えることも困難だが、うまく誘導できれば一網打尽にできる。
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