第1077話「水中の戦い」
「うわわっ!? とっとっとっ!」
平時であれば欠伸が出るほどの攻撃速度。しかし、水中という環境においては、たとえタイプ-ライカンスロープであろうと強く動きを制限される。華麗に足元の珊瑚を蹴って飛び退いたレティは、その動きを受け流すことができずに体勢を崩してしまう。
「『打金』ッ!」
盾で押し潰さんとレティへのしかかるコーラルナイトの横腹へ、トーカが突っ込む。技の発生速度と強制ノックバックだけを目的とした乱暴な技で、ヤドカリの巨体を強引に傾ける。
「助かりました!」
「気をつけて!」
その隙にレティは体勢を立て直す。更にミカゲが糸をコーラルナイトの腕に絡ませ、その動きを抑えつけようと尽力していた。
「今のうちに!」
「行きます! 咬砕流、一の技! ――『咬ミ砕キ』ィィィィイイイイ!」
ボゴボゴと泡を吹き出しながら、レティは勢いよくコーラルナイトの足元へ潜り込む。間髪入れず大鎚を振り上げ、それが白い珊瑚の鎧を叩き壊す。
部位破壊効果に特化した〈咬砕流〉の中でも最も基本的な『咬ミ砕キ』は、シンプルが故に真価を発揮すれば無類の強さを発揮する。そして、厚く武装を固めた騎士は、彼女が最も得意とする相手であった。
『ギィィヤァァァアアアッ!』
甲高い悲鳴を上げるコーラルナイト。その頑丈な鎧が粉々に砕かれる。現れたのは、外殻に守られていた柔らかな肉体である。
「彩花流、捌之型、二式抜刀ノ型――」
そして、露わになった明確な弱点を虎視眈々と狙う鋭い眼があった。
「――『百合舞わし』ッ!」
水を裂く神速の剣撃。大きく弧を描く刃が柔らかな肉を深く刻む。
『イィィィイイイイイッ!』
だが、それでも騎士は倒れない。彼の体が一瞬眩く輝き、その頭上に表示されたHPバーがぐんと赤く染まる。
「食いしばり!?」
「厄介な能力を!」
第二開拓領域までの原生生物は、どれも基本的にはごく普通の野獣の域を脱しない。しかし、調査開拓領域を広げるほどに段々と特殊な能力を持つものも増えてきた。そして第三開拓領域ではついに、ノーマルエネミーであっても一筋縄ではいかなくなった。
テクニックの発動直後、かつ水中環境故に硬直が長く続くレティとトーカを突き飛ばし、コーラルナイトは逃走を始める。暗い洞窟の中へ逃げ込めば、再び武装を整えてしまうだろう。
二人は水の中で思うように動かない体をなんとか動かし、その背中に喰らい付こうとする。しかし、重たい酸素ボンベを背負い、視界を水中眼鏡で著しく制限された彼女たちは圧倒的に速度が足りなかった。
「うおおおおっ!」
「逃げるなぁああああっ!」
怒気を孕んだ声が飛ぶ。だかその意味を解さないヤドカリには通用しない。彼は自身の生存だけを最優先し、六本の足で巧みに水を蹴る。
「――『呪血結縛』」
『ガギュッ!?』
だが、その逃避行は早々に阻まれる。トーカとレティによって付けられた傷口から流れ出す血液が、意思を持つ蛇のように蠢き、ヤドカリの四肢をきつく締め付けていた。
水の中で滲む赤黒い血液が、細く伸びている。その先に揺蕩うのは、黒衣の忍者である。
「『因血爆呪』」
彼が滑らかに印を結ぶ。指の間に挟まれた呪符が、水中にも関わらず黒い炎を纏って燃え上がる。その炎は細く伸びた血の糸を辿り、コーラルナイトに引火した。
逃れようともがく騎士が、逃れる猶予はなかった。
黒い炎が乱れ、喰らいつく。どれほど守りを固めても、その炎はことごとくをすり抜けて魂に直接牙を突き立てる。
『ギィィィィイッ!』
耳を劈く断末魔と共に、コーラルナイトの身が爆ぜる。ぬるい海水の中に、赤い靄のような血が広がった。
「相変わらず呪殺はエグいですねぇ」
「それまで与えたダメージを元にした防御力無視の固定ダメージ、なかなか強力ですよね」
穢れを溜めて頬に黒い呪印を浮き上がらせたミカゲの元へ集まり、レティとトーカが口々に言う。ミカゲは少し疲れたような顔で、インベントリから聖銀のアミュレットを取り出して首にかける。
〈呪術〉スキルによる攻撃は非常に強力なものが多く揃っているが、反面、術者へのダメージも大きい。使用するほどに“厄呪”と呼ばれるものが術者の体内に蓄積し、その量に応じて様々な悪影響を及ぼすのだ。
ミカゲが首から下げたアミュレットは、時間経過による“厄呪”の減少を促進させる装備である。彼は呪殺するたびにこの首飾りを装備することで、できる限り〈呪術〉スキルのデメリットをなくそうとしていた。
「ともかく、助かりました。一応、水中でもなんとか倒せることが分かって良かったですね」
浄化中のミカゲを労いつつ、レティは爆発四散した
「とはいえ、ミカゲがいないと面倒ですね。私とレティだけでも倒せないことはないでしょうが……」
「あの食いしばりが厄介ですよね」
ドロップアイテムを回収した後は反省会である。レティたちは頭を突き合わせて、各々に戦闘を振り返る。二人の中で一致したのは、ミカゲのような水中戦闘をそつなく行える人員がいなければ、安定した戦いは難しいという結論であった。
「第三開拓領域は全体的に海が広がってるみたいですし、この機会に〈水泳〉スキルを取っても良いかもしれませんね」
「スキルを整理すれば、多少はそちらに割けるかもしれません」
幸いなことに、レティもトーカも一般的なプレイヤーと比較してかなりシンプルなコンセプトの下で構築されたスキルビルドである。レティは〈杖術〉スキルを中心に〈戦闘技能〉〈破壊〉〈武装〉と近接物理戦闘職の基本的なスキルを押さえているし、トーカもメインを〈剣術〉にすげ替えただけで似たようなものだ。故に、今の段階でもある程度スキル構成を見直せば〈水泳〉スキルにある程度はレベルを割り振れるだけの余裕はあった。
どこぞの節操なく色々なスキルに手を出して二進も三進も行かなくなっている男とは大違いなのである。
「まあ、スキル構成のことは戻ってから考えましょう。今はレッジさんとシフォンの救出が先決です!」
「そうですね。……ミカゲもそろそろ大丈夫ですか?」
「うん。復活した」
二人が話している間にミカゲの浄化も終わる。彼の頬から黒い痣が消えたのを確認して、レティは頷く。
「それじゃあ、次のお客様を歓迎しましょうか」
耳をピンと立てたレティ。彼女の視線の向かう先に続く洞窟の奥から、無数の瞳が現れる。飛び出してきたのは、細長い銀色の体をした大魚の群れであった。鼻先が鋭く尖り、鋭利な鰭を立たせた姿は、まるで研ぎ澄ませたナイフかのようだ。
「今度のものも大変そうですね」
そんなことを言いつつも、トーカは楽しげに獰猛な笑みを浮かべる。彼女の隣では、ミカゲが早速呪術を構築し始めていた。
「うーん。そういえば、水の中ってことは……」
そんな中、レティは何やら妙案を思いついたようだった。彼女は大きく身を捻って極限まで力を溜めて、ハンマーを高く掲げる。そして、勢いよく飛び込んでくる大魚の群れに向かって、勢いよくそれを振り出した。
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Tips
◇『因血爆呪』
〈呪術〉スキルのテクニック。獣の血によって作られた特別な呪符を用いる強力な呪い。血の呪いを刻んだ対象に使用する。
呪力を込めた血が体内を駆け巡り、その魂を直接破壊する。
過去一定時間の間に対象へ与えられた総ダメージのうち一定の割合を固定ダメージとして与える。
“その呪いは防ぐこと叶わず。受けた咎が再び苛む。”
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