第1076話「救出作戦」

 広大な珊瑚礁の中、唐突に現れる大穴。ほの暗い闇の待ち受けるその深淵へ、レティたちは果敢に挑む。先陣を切るのは〈水泳〉スキルを習得し、水中でも機敏に動くことのできるミカゲである。


「しゅこー、しゅこー」


 ゆったりと足を動かしながら潜水していく忍装束の彼を、レティとトーカが追いかける。二人は分厚い水中眼鏡とシュノーケルを装着し、足には幅の広いフィンを取り付けている。背中には酸素ボンベを背負い、万全の体勢だ。

 大きな縦穴を降りていくと、やがて周囲の壁が遠ざかり曲がりくねった洞窟へと変化する。光も差し込まず、闇が広がる中を三人は事前に用意していた水中ライトで照らしあげる。


「広い洞窟ですね」

「流石に〈ワダツミ海底洞窟〉ほど複雑ではなさそうですが……」


 無数のサンゴが堆積して作られた、自然の造形物だ。複雑に組み上げられた構造は、惚れ惚れするような魅力を醸し出す。しかし、彼女たちはそれにいちいち目を奪われている時間がない。ミカゲが周囲を見渡し、進路を決める。


「まだマップも作られていませんから、迷わないようにしないと」

「水深が深くなると、レッジさんの現在地も分かりませんしね」


 正真正銘、前人未踏の領域である。当然、詳細な地図などはない。頼りとなるのは斥候としての技術をもつミカゲの残した糸だけである。細い糸の終端は蒼氷船に繋がれているため、切れさえしなければ帰還できる。

 また、海中の深い所では通信監視衛星群ツクヨミとの通信が途切れ、正確な座標を知ることもできなくなる。レッジとシフォンの現在地が分からないのは、その影響でもあった。とはいえ、レティたち自身がレッジたちと一定の距離まで近づくと、機体同士の短距離相互接続によって連絡が取れるようになる。ひとまずはその通信復活を目指すのが第一段階であった。


「止まって!」

「おわわっと!?」


 暗い洞窟の中を泳いでいると、先行していたミカゲが片腕を上げる。声の通じにくい水中でも分かりやすい、停止のサインだ。目視で確認したレティとトーカは慌てて洞窟の壁面に背中を付ける。ライトの光量を落とし、息を潜める。


「何が……」

「カニ? いや、ヤドカリかな。大きいのがいる」


 訝るレティに、ミカゲが答える。彼は弱い光を洞窟の奥へと差し向ける。そこに浮かび上がったのは、洞窟の中で窮屈そうに身を縮める巨大なヤドカリだった。


「でっ――」

「どうします? 迂回してもいいですが……」


 思わず大きな声をあげそうになったレティは慌てて口を押さえる。ポコポコとその隙間から泡が漏れる。

 トーカは妖冥華の柄に手を伸ばしながら、扱いの方針を求める。


「別のルートを探してもいいけど、この辺りの原生生物の強さも知りたい」


 ミカゲは腰の忍刀を手にして言う。


「他にはいないみたいだし、ちょっと戦ってみてもいいと思う」


 洞窟内は日光も遮られ、〈呪術〉スキルを使う条件も整っている。今後、必ず戦闘する機会は訪れるのだから、余裕があるうちにこのフィールドに生息するエネミーのレベルを知っておきたかった。

 ミカゲの言葉に、レティたちも即座に頷く。彼女たちも水中戦闘に少しでも慣れておきたいと考えていた。


「とりあえず、動きを封じる。――『絶影』『影縫い』」


 飛び出したのはミカゲである。ライトを切った彼は闇に紛れ、大きなヤドカリの背後へ回り込む。彼の忍刀が妖しく煌めき、ヤドカリの影を貫く。


『ギィィィッ!?』


 不意を突かれたヤドカリが大きな爪を振り上げて声を上げる。


「彩花流、参之型、『烏頭女突き』ッ!」


 そこへすかさずトーカが飛び込む。勢いよく突き出した大太刀の切先がヤドカリの外殻を貫き、細かな破片が水中に飛び散る。それと同時に、ヤドカリが濃い紫色のエフェクトを帯びる。


「状態異常は効くようですね」

「斬撃属性はあんまり。甲殻を砕かないと……」


 騎士団の行う情報収集戦闘ほど緻密なものではないが、ミカゲとトーカは初撃から敵の分析を始めていた。ミカゲの忍刀が思うほどのダメージを与えられなかったことから、硬い外殻に包まれたヤドカリは防御力か斬撃耐性が高いと考えられる。そこでトーカは貫通力のある『烏頭女突き』を敢行し、その副次的効果である毒状態付与が成功したことを確認した。


「であれば――」


 突然攻撃を受けたヤドカリが猛る。彼は頭部から飛び出した目をぐるぐると回し、ミカゲとトーカの姿を捉える。そして、不埒な輩を押し潰そうと、巨大な爪を振り下ろす。

 だが、その間際。赤い影が肉薄する。


「レティの出番ですねっ!」


 それは狭い洞窟には適さない巨大なハンマーを巧みに振り回し、最大限のエネルギーを乗せた一撃を叩き込んだ。水中で不安定な体勢にも関わらず、それはヤドカリの爪に深い亀裂を入れる。


「くっ、流石に壊せませんか」

「レティの一撃に耐えるとは。なかなかやりますね」


 大きく後ずさるヤドカリだが、無数の足を洞窟に引っ掛けて衝撃に耐える。爪にヒビが入っても、闘志は欠片も衰えていない。

 攻略最前線のフィールドに生息する原生生物ということもあり、その強さは目を見張るものがあった。ミカゲとトーカに気を取られていたはずが、完全に不意を突いたレティの一撃に反応して見せた瞬発力もさることながら、彼女の入念に力を込めた一撃を受け止めて健在であることが何よりもその強さを示している。


「さあ、どう出てくる……?」


 刀を鞘に納め抜刀の体勢を整えながら、トーカは相手の出方を中止する。

 三人の戦士たちに取り囲まれるなか、大ヤドカリはおもむろに洞窟の壁面を削り始めた。


「逃げるつもりですか!?」

「いや、違う!」


 慌てて駆け出しそうになったレティを、ミカゲが咄嗟に制止する。サンゴの堆積した洞窟の壁面は脆く、ヤドカリが爪で削るとたちまち周囲の海水が白く濁る。レティたちは感覚を研ぎ澄ませ、不意打ちに注意する。


『ギィィィィヤッ!』


 だが、豪胆なヤドカリは水中に轟く声を上げ、その存在を強く示す。

 にわかに水が流れ、白い濁りが消えていく。その奥から現れたのは、姿を変えたヤドカリだった。


「なっ!?」

「装備が変わってませんか!?」


 それを見たトーカとレティは驚く。

 ヤドカリの両腕にある巨大な爪が、その姿を大きく変えていた。片方は分厚い楕円形の盾のように、もう片方は長く無骨な両刃の剣のように。また、彼は体も白い硬質な殻で覆い、完全武装の体勢を固めていた。

 三人はすぐに、その変身の理由に思い至る。無骨な鎧も、大盾と大剣も、その材質は洞窟の壁面に見える白いサンゴなのだ。あのヤドカリは、この洞窟を掘り、掘り出したサンゴを身に纏うのだ。


「――“珊瑚の騎士コーラルナイト”とは、よく言ったものですね」


 その威風堂々とした武装を眺め、『鑑定』を行ったレティが溢す。

 珊瑚の宮殿を守る白い騎士は、無礼な侵入者たちを排除するべく剣と盾を打ち鳴らした。


━━━━━

Tips

◇“珊瑚の騎士コーラルナイト

 〈怪魚の海溝〉大珊瑚礁地帯に生息する大型の甲殻類。珊瑚礁を掘り進め、内部に複雑な洞窟を形成する。その際に出た珊瑚の欠片を特殊な体液で固め、身に纏う武装へと変える。個体ごとに武装の好みが確認できる。

“珊瑚の宮殿を築き、そして守る寡黙な守護者。立ち入る者に遠慮はしない”


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