第1072話「食糧を求めて」

 特別取調室から退出し、〈ミズハノメ〉の商業区画へと移動する。ソロボルを撃破し、第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉が開放されたことで、最寄りの拠点である海上都市は凄まじい賑わいを見せていた。


『うわーーっ!? すごい人だな! わっしょいわっしょいだ!』

「ま、実際祭の真っ最中みたいなもんだからな。あんまりはしゃいではぐれないでくれよ」


 俺の隣でぴょんぴょんと飛び跳ねるのは、エウルブ=ピュポイこと 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉。彼女が俺に課せられた特別任務への協力を了承したことで、いくつかの制限付きではあるが拘束を解かれたのだ。


『レッジ! あれはなんだ!? 美味しそうな匂いがする!』

「ウナギの店だな。蒲焼とか鰻巻きとかだ」

『わっしょいだな! 食べたい!』

「後でな。とりあえず、俺の仲間と合流しよう」


 商業区画にはNPCやプレイヤーの分け隔てなく、さまざまな店がひしめき合っている。そこかしこから漂う食欲を刺激する匂いや賑やかな客寄せの声に、青髪の少女はいちいち反応していた。あんまりにもちょろちょろと動き回るもんだから、俺は彼女の手を握って離さないように気を付けなければならないほどだ。

 縦横無尽に動き回るファイティングスピリットも管理者機体であるため、本来であれば俺など軽く投げ飛ばせるほどの力が出せるはずだが、今は大人しく捕まっている。というのも、彼女も第零期先行調査開拓団員で、ウェイドたちが完全に支配できる存在ではない。そのため、拘束を解く代わりに機体の出力そのものに制限が掛けられているのだ。

 管理者機体特有の頑丈さはあるが、その力は非戦闘職の俺にすら劣る程度でしかない。統括管理者としての実力は、ほとんど失っていると言っていい。


「ほら、こっちだぞ」

『わっしょい!』


 とにかく彼女はお祭りや賑やかなものが好きなようで、商業区画では特に落ち着きがない。力を込めて体を引き寄せると、楽しそうに飛び跳ねながらやって来る。

 志穂とはまた違うタイプで、なかなか新鮮だ。彼女は縁日に連れて行ったりしても、大人しくついて来てくれたからな。

 そんな懐かしい気持ちに浸りつつ、しばらく歩く。やがて通りの一角にウッドデッキを広げたお洒落なカフェが現れる。カラフルなサンシェードが通りに突き出し、洋上の容赦ない日差しを遮っている。その下に並べられたテーブルの一つから、ぴょこんと赤いウサ耳が揺れた。


「レッジさーん! こっちですよ!」


 手を大きく振って呼び掛けてくるのは、すっかり元気になったレティである。彼女の隣にはトーカ、ラクト、エイミー、シフォン、ミカゲも勢揃いしている。トーカも血酔状態から立ち直っているようだし、シフォンも元気そうだ。


「お待たせ。遅くなった」

「いえいえ。レティたちも準備をしてたのでそんなに待ってませんよ」


 ウッドデッキに上がり、進められた席に腰を下ろす。

 竜闘祭が無事に終わったことで“竜の化身”として戦ったレティとトーカはこの町のアップデートセンターで復活。前もって用意していた緊急バックアップEBデータカートリッジDCによって特にデスペナルティーもなく復帰していた。それでも武器や防具は破損していたため、俺とは別行動でそちらの修理などを行っていたのだ。


「シフォンも大丈夫か?」

「うん。といっても、ほとんど何にも覚えてないんだけど……」


 この中で最も変化の大きかったシフォンはへにゃりと笑って白い尻尾を振る。アイの子守唄によって眠ってしまった彼女は、その内側に宿していた偽シフォンが顕現した。結果、巨大な狐となったわけだが、その間は偽シフォンがメイン人格になっていたため、シフォン本人は夢のようにしか記憶していないようだった。

 俺がソロボルと共に海に飛び込んだあたりで彼女は復活したらしいが、狐化の反動かカルマ値が大幅にマイナスに傾き、強い“消魂”バフが付いてしまった。しかし、海の中から飛び出してきたファイティングスピリットが、彼女のカルマ値を回復してくれた。


「この人がファイティングスピリットちゃんだよね。助けてくれてありがとう」


 俺の隣に座った少女に視線を合わせて、シフォンが感謝を告げる。

 竜闘祭で荒廃した〈老骨の遺跡島〉も彼女の慈雨によって急速に復活したのだ。考えてみれば、あの時が彼女が統括管理者である証左だったのかもしれない。


『よく分かんないけど、元気なのはいいことだぞ! わっしょい!』


 本人は無自覚のものだったらしく、ファイティングスピリットはそんなことを言う。


「やっぱりフェアリー型なんだねぇ。……レッジは小柄な方が好きだったりするの?」


 ファイティングスピリットをまじまじと見つつ、ラクトがそんなことを言う。


「機体を用意したのはウェイドだよ」


 しかし、管理者機体は全てウェイドが設計、製造を行っている。開発は管理者からのフィードバックを反映しつつ頻繁にアップデートを行なっているようで、ファイティングスピリットの機体はその最新モデルだ。


「それで、今度はどんな話を持ってきたの?」


 紅茶を飲んでいたエイミーが話を本題に持っていく。俺がウェイド達と会い、ファイティングスピリットを連れてきた以上、何もないとは微塵も思っていないようだった。実際、ウェイドからは特別任務を受けていたため、俺はそれをみんなに見せる。


「結局、マシラの食糧事情は解決していないからな。このままじゃウェイドは借金で首が回らなくなる。そこで、第三開拓領域で大量のリソースが確保できないか調査することになった」

「早速ですか。まだ拠点もできてないですよ?」

「そっちはアストラ達に任せるしかないな」


 〈イヨノフタナ海域〉が開放されたことで、そこに新たな海洋資源採集拠点を建造する計画も早速公開されている。それはワダツミとミズハノメの二人が共同で進めていくようで、こちらも第二次〈万夜の宴〉の一環となるようだ。

 とはいえ、ウェイドのリソース事情は拠点の完成を待てるほどの余裕がない。というわけで、俺は先んじてフィールド探索へ駆り立てられたのだ。


「それで、ファイティングスピリットさんが同行するのは何故ですか?」


 至極最もな疑問を呈したのはトーカだった。彼女は茶柱の立った緑茶をテーブルに置いて、小柄な少女に目を見やる。元第零期先行調査開拓団員、それも統括管理者。とはいえ、今は戦闘行為が原則許されていない管理者機体に押し込められ、更に力も制限されている。戦闘という意味では役に立たない存在だろう。


「水先案内人だよ。今の所、彼女が一番〈イヨノフタナ海域〉に詳しいからな」


 ファイティングスピリットの知るフィールドは眠りにつく前、数千数万年以上も前のものだが、それでも俺たち第一期調査開拓団員よりは遥かにアドバンテージがある。それに、彼女本人がウェイドの求める“大量のリソース”に心当たりがあると言っているのだ。


「ウェイドから受託した特別任務は【動物性食糧資源大量確保任務】だ。だから、ファイティングスピリットには……」

『わっしょい! でっかい魚のところまで案内するぞ!』


 デカい海には、デカい魚がいる。陸上の原生生物よりもはるかに巨大なものを獲れたら、マシラたちの腹も満たせるだろう。建設予定のシード03-ワダツミにも、大型の漁港が整備される予定だから、それの完成までの間に合わせにはなるはずだ。

 そんな目論見を受けて、俺に特別任務が渡されたのだ。


「つまり、魚釣りってこと?」

「釣るかどうかは分からんが、まあそんなところだ」


 簡単に任務内容を要約したラクトに、俺も頷いた。


━━━━━

Tips

◇喫茶〈シーサイド〉

 シード02-ワダツミ商業区画にある喫茶店。広いウッドデッキのオープンテラスが特徴で、爽やかな洋上の風を感じながら、様々な軽食を楽しむことができる。

 店の主人は生粋の貝殻蒐集家。珍しい貝殻を持ち込めば、高値で買い取ってくれるだろう。


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