第25章【海底都市の人魚姫】

第1071話「祝祭の乙女」

 第二開拓領域〈ホノサワケ群島〉の海洋に浮かぶ海洋資源最終拠点シード02-ワダツミ、またの名を〈ミズハノメ〉。巨大な洋上浮動フロートの上に建造された拠点の中心、制御塔の中に俺たちは連行されていた。


『あなたの処遇に関しては色々複雑なので、今後検討するとして……』


 そう言ってマジックミラー越しに隣の部屋を覗き込むのは、わざわざ深海まで迎えに来てくれたウェイドである。彼女とナナミ、ミヤコの助けがなければ、俺は生きて戻ってこれなかったかもしれない。

 制御塔の内部にある取調室に集まったのは、ウェイド、ミズハノメ、T-1、クナドにブラックダーク、そしてイザナギの六人。俺もそこに加わっているが、同じく拘束されたネヴァやムビトは別の部屋に押し込められている。調査開拓団の重鎮ばかりが狭い部屋に窮屈そうに並んでいて、色々な意味で肩身が狭い。

 なぜ俺が管理者たちと共にここにいるのかと言えば……。


『なぁー! いつまでここにいればいいんだ? ボク、もうつまんない! ロボロスはどこー? 一人じゃお祭りもできないよ!』


 マジックミラーの向こう側、俺たちの姿が見えていない小さな部屋の中で落ち着きなく視線を巡らせている少女。長い髪は深い海のような青色で、瞳は猫のように丸い。その機体はウェイドが持ってきてくれたものだが、彼女の性格にもよく合っているような気がする。

 不安と不満の混じる表情で部屋の中を見渡す彼女こそ、第二開拓領界の統括管理者であり、海の底に沈んでいた第弐術式的隔離封印杭の管理者となっていたエウルブ=ピュポイ、〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉その人であった。


『むぅぅ。どうして誰も返事してくれないの? 面白いことあるって聞いたから起きたのに、これじゃ全然わっしょいじゃない!』


 その少女は不満を隠さず、バタバタと足を振り回す。そうして、彼女が軽く机を蹴り上げると、それは勢いよく回転しながら真上へ飛び上がり、四本の足が天井に突き刺さった。


『ひぎゃーーーっ!? な、何やってるの!?』


 制御塔内の備品と設備を破壊されたミズハノメが顔を青褪めさせるが、彼女が飛び出そうとするのをT-1が制する。彼女はそのまま、特別に召集していたクナドとブラックダークに目を向ける。


『外見こそ変わっておろうが……、どうじゃ?』

『クックック。違いない。あれこそが我ら“運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニー”が第二席、〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉である』

『……間違いないわ。あの言動はピュポイよ』


 かつての同僚二人からの確認も取れたところで、T-1はようやく頷く。彼女の合図を受けて、ミズハノメがマジックミラーのスイッチを切り替えた。薄く霞みがかっていた窓が透き通り、向こうからも俺たちの存在が見えるようになる。椅子に座り文句を連ねていたファイティングスピリットはぱっと目を輝かせて立ち上がった。


『わっしょい! なんだ、こんなにいっぱい居たんだ!』

『あー、こほん。我々は惑星イザナミ調査開拓団、第一期調査開拓団です。あなたは第零期先行調査開拓団、第二領界統括管理者エウルブ=ピュポイで間違いありませんね?』


 無邪気に破顔するファイティングスピリットに、ウェイドがマイク越しに語り掛ける。


『そうだぞ! ボクはエウルブ=ピュポイ、でもえっと、しんめい? まな? は〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉って言うんだぞ! わっしょい!』

『エウルブ=ピュポイです!』

『〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉だ!』


 高らかに名乗る少女の声に重ねるように、クナドとブラックダークが続く。クナドはエウルブ=ピュポイと呼ばせたいようだが、ブラックダークは真名の方を推しているようだ。


『ど、どっちでもいい……。あなたはどちらの呼称を望みますか?』

『〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉! そっちの方がわっしょいわっしょいしてるから!』

『分かりました。では、ファイティングスピリットと呼びましょう』

『ぬおおおおぉぉ……』


 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉はその名前を気に入っている様子で、真っ直ぐに手を挙げて主張する。名前に欠片ほどの興味も持っていないウェイドはすんなりとそれを了承し、隣でクナドが膝から崩れ落ちた。

 そういえば、“運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニー”の名前って全部クナドが付けたんだったか。


『もしかして、そこにいるのは〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉と〈黒き闇を抱く者ブラックダーク〉か?』

『クハハッ! やはり悠久の時の断絶にあっても、我らは再び出会う運命にあった、ということか!』

『違います』

『うわーーっ! 久しぶり! わっしょいしてた?』


 話の流れから、ファイティングスピリットはクナドたちの正体を看破したらしい。クナドは健気に否定しているが、もはや彼女の中では確信に変わっている。青髪の少女は椅子から飛び上がって窓のそばまでやってくると、嬉しそうな満面の笑みで再会を喜ぶ。


『すまぬのう。まだ諸々の安全確認が終わっておらぬ故、お主らを直接会わせることはできぬのじゃが』


 申し訳なさそうにT-1が言う。しかしファイティングスピリットは首を左右に振ってそれを否定する。


『大丈夫! もうずっと会えないかと思ってたから、こうして話せるだけで嬉しい! わっしょいわっしょいわっしょいだよ!』


 そう言って彼女はわっしょいの数だけ万歳をする。管理者は幼い外見に反して成熟した精神を持っていることがほとんどだったが、彼女に限っては年相応のあどけなさがある。とても、数千年、数万年と海底で眠り続けていたとは思えないほどだ。

 ともかく、俺たちは晴れて〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉を目覚めさせることに成功したわけだ。名前も確定したところで、T-1から順に自己紹介をする。開拓指令船アマテラスにいるはずの指揮官がこんなところにいることに 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉も驚いていた様子だが、ウェイドやミズハノメとは友好的に挨拶を交わしていた。


『イザナギ。よろしく』

『わっしょーいっ!?』


 しかし、最後にイザナギが前に出て名前を告げると、流石の彼女も飛び上がる。まあ、自分たちが存在そのものを賭して封印した存在が平然とした顔で立っているのだから、仕方ないのかもしれない。


『どうして!? なんで!? 復活しちゃった!? おわり!? 全然わっしょいじゃないよ!?』

『大丈夫。私は今、開拓団と協力関係を構築している。あなた達やその仲間を害する意志はない』

『ほ、ほんと……?』


 イザナギがこくりと頷くと、ファイティングスピリットはひとまず落ち着く。しかしその表情には疑念がありありと浮かんでおり、完全に彼女の言葉を信じたわけではないようだった。


『あなたの封印していた“黒龍の鱗”は既に取り込んだ。事後承諾になって申し訳ないけど、納得して欲しい』

『うえええっ!? わ、わっしょい……』


 なんてこった、と頭を抱えるファイティングスピリット。彼女は困惑の表情のまま、クナドたちへと目を向ける。


『……今の所は安心してもらって結構です。彼女はイザナギではありますが、黒龍イザナギではありません。むしろ、各地に侵蝕している汚染術式の除去にも協力してくれていますから』

『そ、そうなのかぁ』


 クナドの説明を聞いて、ようやく少し落ち着いた様子だ。まだ出会ったばかりということもあり、俺たち一期団との信頼関係はこれから築いていかなければならないな。

 今後の課題について整理していると、ところで、とファイティングスピリットが話を変える。


『〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉はどうしてそんな喋り方なんだ? 前はもっと――』

『うわあああああっ!?』


 何かを言いかけたファイティングスピリットの声を、クナドがそれを上回る大絶叫で塗り隠す。突然のことに呆気に取られるファイティングスピリットに対し、クナドは勢いよくガラスに手を突いて迫る。


『こ、これは……今後、赤き月が昇り銀の狼が吠え時に始まる聖戦ジハードに向けて力を蓄えているのです。大いなる意志に基づき、強き制約を己に課すことで、それを解放した時にこそ、更なる段階ネクストへと至るために!』

『そっかぁ。やっぱり〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉はすごいんだな!』

『なのであなたも今後は私のことはクナドと呼ぶように!』

『わかった!』


 早口で捲し立てるクナドに、ファイティングスピリットは元気よく返事する。


「〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉は健在なんだなぁ」

『うるさいうるさい黙ってください!』


 思わず小さく言葉を溢すと、クナドは俺の胸をポカポカと叩く。しかし、咄嗟にあれだけ滑らかに言葉が出てくるのは流石としか言えないな。いくら記憶を封印したとはいえ、彼女はやはり〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉なのだ。


『えー、それでですね』


 盛り上がっている零期団に聞こえるように、ウェイドがわざとらしく咳払いする。そうして注目を集めた彼女は、ファイティングスピリットの方へ目を向けて口を開いた。


『あなたを封印状態から解放したのは、このレッジという調査開拓員です』

「どうもどうも」


 紹介に預かり、軽く手を挙げる。少女の青い瞳が俺を見つめ、にぱっと笑う。


『知ってるぞ! ロボロスをぶった斬った奴だな!』

「お、おう。ちょっと色々あってな……。すまなかった」

『大丈夫! ロボロスはあれくらいじゃへこたれない祭魂があるからな! わっしょいわっしょいだ!』


 よく分からないが、ファイティングスピリットは俺が部下であるエウルブ=ロボロスを斬ったことをさほど気にしていないらしい。まあ、彼もかなりの生命力で、海に入れば即座に再生していたようだしな。


『それで、現在レッジは非常に複雑な状況にあるのです。重大な調査開拓団規則違反を犯しているのですが……』

『なにー!? それはとんだわっしょいだ! レッジ、しね!』

「えええっ!?」


 あまりにも唐突かつシンプルな言葉に驚いてしまう。ファイティングスピリットの言葉にウェイドまで驚いた顔で、慌てて付け加える。


『ですが、彼のおかげで調査開拓団が助かったのも事実です。彼がいなければ、開拓団のリソースは数日中に枯渇していました』


 俺が〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉を解放し、彼女が封印していた“黒龍の鱗”をイザナギが吸収した。力を大きく取り戻した彼女は、日に日に抵抗を強めるミートたちを抑えられるようになった。そのため、枯渇しかけていたリソースの消費速度もある程度コントロールできるようになったのだ。


『おお、レッジえらいな! わっしょいだ!』

「あ、ありがとう?」


 よく分からないが褒められた。

 ともあれ、現状はミート達をイザナギが力づくで押さえつけているようなものなので、根本的な解決には至っていない。こうして稼いだ時間を使って、より多くのリソース供給力を得なければならないのだ。


『そういうわけで、レッジは功罪が複雑でどちらとも判断できない状況なのです。彼が強硬手段に出た理由には、状況が切迫していたという事情もありますから』


 そうそう。ウェイドの言う通り、納期が短すぎたのが理由なのだ。俺だってもっと時間があれば色々考えて平和的な作戦を立てることもできた。……しかし、竜玉の構想はかなり良いと思う。あれを発展させれば、もっと色々できるだろうなぁ。


『また妙なことを考えてますね……。とにかく、レッジには報酬と罰則の両方を与えなければならないんです』

『そうなのか?』

『そうなんです。……そこで、彼にはある特別任務を出しました。それ自体はかなりの危険を伴うものですが、結果的には相応の報酬も得られます。その特別任務のため、ファイティングスピリットにも協力していただきたいのです』


 ウェイドの真剣な表情に、ガラス越しの少女は数度瞬きする。そして俺の方を一瞥した後、にこりと笑う。


『わっしょい! ボクに任せてよ!』


━━━━━

Tips

◇特別取調室

 中央制御塔内、人工知能矯正室の一角に設置された部屋。特殊な防御構造と頑丈な装甲壁を備え、非常に攻撃的な調査開拓員や重要参考人を保護、確保するために使用される。瞬間調光ガラスの窓で仕切られており、外部から一方的に観察することが可能。

 ドアにはカツ丼搬入用の専用小型扉が取り付けられている。


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