第1070話「拍手喝采」

 ソロボルに戦いを奉納する竜闘祭が幕を下ろした。戦場には竜の骸が横たわり、ナイフを握った解体師たちが蟻のように群がっている。焦土と化し、あちこちに深いクレーターが出来上がった荒地にて、満身創痍の調査開拓員たちがぐったりと座り込んでいた。


「終わったみたいだな」


 八尺瓊勾玉を失い、機能を停止させたアイの機体を抱き抱え、アストラは周囲を見渡す。誰も彼もが疲労困憊で、腕や足を失っている者も多い。だが、彼らの表情は明るかった。


『第三開拓領域〈イヨノフタナ海域〉が解放されました』


 全てのプレイヤーに向けてアナウンスされた、第三開拓領域解放のメッセージ。それは、彼らの身を顧みない決死の特攻が無駄ではなかったことを表す何よりもの証左であった。

 事実、戦場跡では興奮のあまり声を張り上げている者もいる。そして、周囲の誰もがそれを諌めず、むしろ同調しているようだった。

 アストラは身を投げるようにして地面に腰を下ろし、緊張を抜く。そうして、慌ただしい様子の後方支援部に連絡を入れる。


「各班長は現状を報告。被害確認と合わせて、戦場のプレイヤーの保護を進めろ」

『えええっ!? あ、はいっ!』


 団長からの指令に後方支援部の班長たちは驚きながらも従う。


『あの、団長。ミズハノメの部隊はどう対処したら……』

「レッジさんが第三開拓領域を解放したんだ。それを説得材料にして穏便な解決を求めろ。できれば、そのままレッジさんの救出に向かって欲しい」

『わ、わかりました!』


 アストラもアイと熾烈な争いを繰り広げていたため注意を向ける余裕がなかったが、どうやらミズハノメ指揮下の一団がレッジの身柄を求めて来ているらしい、ということは報告で聞いていた。とはいえ、もはやここにレッジは居ない。彼を捕まえたければ、海の底にまで潜ってもらう必要があるだろう。


「あら、最強団長さんも無惨な姿ねぇ」

「お前がそこまで削られるとは。副団長もなかなかやるな」


 手足を一本ずつ失ったアストラは動けない。そんな彼を迎えに来たのは、リアルでも親交のある〈大鷲の騎士団〉の幹部連中、銀翼の団の面々だった。あられもない惨状を見たフィーネがニコニコと笑い、アッシュはアストラの腕に抱かれている少女を褒める。しかし、そんな彼らもまた激戦を経て傷だらけであった。


「みんな無茶するんだから。心配で倒れそうだったわ」

「よっと。これくらいでアストラが死ぬわけないじゃないか」


 リザがアストラのLPを回復させて、ニルマが戦馬車の荷台に彼を運んだ。


「第二、第三支援機術班と技師は出ずっぱりだ。外部からはおっさんのテントについての質問状が山ほど届いてる」

「まったく、休まる暇もないな」

「どうせ休む気なんてないんだろ?」


 アッシュの声にアストラも肩をすくめる。

 竜闘祭は終わったが、まだ第二次〈万夜の宴〉は続いている。最大手攻略バンドとして、第三開拓領域へもいち早く進出しなければならない。騎士団に安息はないのだ。


『うおおおっ! レッジィ!』


 後方支援部のテントへ進み出した戦馬車の頭上を影が通り過ぎる。アストラたちが上空へ目を向けると、白い雲を切り裂いて高速で飛翔する航空機が見えた。先鋭的なあの形は、管理者専用機体だ。

 ソニックウェーブを追いかけて、ウェイドの声が戦場に響き渡る。〈マシラ保護隔離拠点〉から趨勢を見守っていたはずの彼女も、居てもたってもいられなくなったのだろう。

 管理者専用機は空中で姿を変形させると、そのまま勢いよく海に飛び込む。カワセミのような流線型は飛沫をほとんど上げず、滑らかに潜水した。


「水空両用? いいねぇ、ああいうのも組合に発注できるかな?」

「ダマスカスも今頃てんてこ舞いだろ。状況が落ち着くまで待ってやれ」


 ニルマが目を輝かせるが、〈ダマスカス組合〉も〈プロメテウス工業〉も今頃死ぬほど忙しいはずだ。生産部門の総責任者であったネヴァが管理者に拘束されているのだから、悲劇である。


『ほげーーーっ!? な、なにこの惨状!? ハーちゃんの管理地が! と、とりあえず重機NPCありったけ持ってきて!』


 後方支援部のテント村の背後から、ミズハノメが指揮する物々しい警備NPC軍団が現れる。指揮車に乗り込んでいたミズハノメは戦場の惨状を目の当たりにして絶叫する。環境負荷は言うまでもなく、いつ猛獣侵攻が発生してもおかしくはない。彼女は少しでも被害を取り戻そうと重機NPC総出で修復作業を始める。


『警備NPCは負傷者の救助を! 対レッジ用特殊装甲は必要ないからパージしていいよ!』


 彼女の号令を受けて蜘蛛型の警備NPCたちが重たそうな装甲を地面に落とす。身軽になった彼らは早速、地面に倒れているプレイヤーを運び始める。

 そんな中、ミズハノメの指示に従わない警備NPCが二機存在した。


『ワッホーイ!』

『トリアエズ、レッジサンヲ探サナケレバ。防水耐圧装備展開!』

『ほげーーっ!? ちょ、あなた達どこ行こうとしてるの!?』

『ア、弊機ラノコトハオ気ニナサラズ!』

『アル意味調査開拓員ノ救助ダカラ、問題ナイハズデス』


 ミズハノメが驚いて止めようとするが、二機の警備NPCたちは構わず進む。アストラたちの乗る戦馬車とすれ違い、そのまま一直線に海へと飛び込んだ。

 ミズハノメはイレギュラーな動きをする警備NPCに混乱していたが、やがて優先順位を思い出して救助活動に戻る。彼女の協力もあり、瀕死の調査開拓員たちが次々と保護されていった。


「おっさん、あんな警備NPCまで手懐けてたのか……」

「あの人なら不思議じゃないわねぇ」


 アッシュが驚いたように言い、フィーネが肩をすくめる。普段のレッジの動向は、彼らもよく注視している。今更警備NPCが自我を得ていてもさほど不思議ではないと、彼らもすぐに納得する。


「あっ! 団長、ちょっといいですか?」


 アストラたちが戦場を横切っていると、忙しなく駆け回っていた支援機術班が彼らの前にやってくる。


「どうした?」

「その、〈白鹿庵〉のシフォンさんなんですが……」


 その言葉だけでアストラもだいたいのことを察する。

 レッジがソロボルと共に海へ潜っていった直後、巨大な狐は姿を消し、その足元にシフォンが倒れていた。しかし、彼女は機能停止状態にもかかわらずアップデートセンターに戻っておらず、その上いくら回復措置を取ってもLPはゼロのままなのだ。


「多分、カルマ値と関係があると思って、とりあえず稲荷寿司を備えてます」


 支援機術ではどうにもできないと考えた彼らは、シフォンの周囲に稲荷寿司を並べて祈っているという。これで目が覚めるのかは疑問が多いに残ったが、それ以外にできそうなことはない。


「とりあえずT-1にコンタクトを取ってみろ。彼女なら何か知ってるかもしれない」

「了解しました」


 アストラの助言を受けて、騎士団員も動き出す。

 その時だった。


「うわああああっ!?」

『ほぎゃーーーーっ!?』

『ぬわーーーーっ!?』

『ヒョエーーーーッ!?』


 突如、海の方から複数の絶叫が立ち上がる。驚いたアストラ達が振り向くと、紺碧の海面が大きく迫り上がっていた。

 その中から慌てて飛び出してきたのは、先ほど華麗な着水を決めていたウェイドの乗る管理者専用機、それと二機の警備NPCたち。それらは太いワイヤーケーブルを牽引しており、その先端は未だ水中にある。

 前触れなく大波が現れ、ミズハノメは血相を変えて避難を始める。救助活動中の警備NPCたちも、多少乱暴になりながらプレイヤーを拾って逃げていく。


「でかい魚が釣れたみたいだな」

「全くだ。リザ、傘よろしく」

「障壁は傘じゃないんだけど……」


 戦馬車は動きをとめ、リザが半球型の障壁を展開する。

 降り注ぐ海水は驟雨のごとき勢いで地面を濡らし、舞い上がる土埃を落ち着けていく。アストラ達に大きな影が落ち、彼らは首の背が痛くなるほど顔を上げる。


『――ゥゥゥゥゥゥゥゥワッショーーーーーーイッ!!!!』


 大空を覆うほどの大波。その下から響く大音声。それはいまだ、アストラ達の聞いたことのない声。海の底で悠久の眠りから目覚めた、少女の声だ。

 彼女の広げた飛沫が〈老骨の遺跡島〉へ降り注ぐ。それは生命エネルギーに満ち溢れ、強烈な成長促進効果を持っていた。雫が地面に染み込むと、柔らかな芽が萌芽する。


『わっしょーーーーーいっ!』


 響き渡る朗々とした声。彼女の祝福が、荒れ果てた戦場を潤していく。

 大海の底から、ケーブルを掴んで飛び出してきたのは、小さな少女だった。すでに管理者機体にその魂を移し、クナド達と同じ形を得ている。長い青髪が水に濡れ、雫を滴らせている。大きく開いた口はまだ幼さを感じさせ、丸い瞳に溌剌とした力を宿す。


『わっしょーーーーーーーいっ!』

「わっしょーーーい!」

「わっしょーーーい!」

「わっしょーーーい!」


 いつしか、調査開拓員達も声を上げていた。

 少女と共に祝福を喜ぶ。

 第三開拓領海統括管理者、第弐隔離封印杭管理術式、〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉は数多の歓声を受けながらその姿を現した。


━━━━━

Tips

◇調査開拓員レッジ拘束作戦報告書

執筆者:管理者ミズハノメ

 管理者ウェイドからの指令を受け、調査開拓員レッジの拘束に向けて作戦を立案、即時発動した。拘束の際に強い抵抗が予想されることから、戦術級警備NPC連隊を組織し、対調査開拓員レッジ用特殊防御装甲を各員に装備した。

 しかし、〈黒猪の牙島〉を進行中、“蒼枯のソロボル”による大咆哮によって隊列が崩壊。体勢を立て直し、〈老骨の遺跡島〉に侵入したが、そこで調査開拓員による強い抵抗を受ける。それを排除しフィールド内に侵入した時点で、調査開拓員レッジは行方不明であった。

 フィールド内には負傷者が多数存在していたため、その保護が最優先であると判断。レッジ拘束作戦を一時停止し、救助活動を始動した。

 救助活動中、海中より〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉が出現。調査開拓員レッジは管理者ウェイドに帯同していたため、作戦の必要性が喪失したと判断し、中止を宣言した。

 なお、当作戦実施中に被った被害に関しては後日改めて算出した上、ウェイドに請求するものとする。


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