第1068話「海竜と神の仔」※

 ――竜は驚いていた。理解ができないでいた。

 なぜ、神聖なる不可侵の祝祭が崩れているのか。なぜ見届ける務めを果たすべき自分がその舞台に立たされているのか。目の前に屹立する異形はいったい何なのか。

 疑問は困惑となり、困惑は怒りとなって発出する。全身を震わせ、雷を吐き出す。

 この聖なる祝祷を乱す者を赦すべきではない。自分が祝福を与えた化身たちの身を喰らい、あまつさえその力を我が物かのように振るうこの怪物に、正義の鉄槌を下さねばならなかった。


――なぜだ。


 だが、竜の放った雷は鉄の鱗に弾かれた。それはあらぬ方向へと折れ、白雲を貫いて彼方へと消える。憎らしき化け物は無数の腕に槍を握り、不遜にも竜を睨みつけていた。見下ろされるという未だ経験のない屈辱を避けるため、竜は無意識ながら首を高く持ち上げた。


――なぜだ。


 槍が竜の鱗を貫く。他ならぬ竜自身から祝福を受けた刃は、竜の鱗を容易く貫く。

 久しく感じていなかった肉が裂ける痛みに、竜は吼える。その声は万里へと響き渡り、波を荒立て木々を薙ぎ払う。だが、白い鎧を纏う怪物は微塵も揺らがずに健在であった。


――不遜である。赦されぬ愚行である。我が何か、知っての狼藉か。


 長らく平穏を保ち続けていた竜の気性が高く荒ぶる。鱗が逆立ち、全身が震える。牙を伸ばし、その喉元に食らいつき、一撃でその頭を飛ばそうと憤る。だが、彼が動き出すよりも早く、鋭い痛みが首筋を貫いた。


――何をした!


 竜が吼えるが異形のものは答えない。かわりに響き渡る耳障りな音に竜が視線を横へ移すと、黒い羽虫のようなものがいた。


――ああ、思い出した。あの目障りな羽虫どもか。


 祭りが始まる前、足元で騒いでいた小さな者たち。奴らの手先だろう。腹から飛び出したツノの先端から白煙が細く上がっている。あやつらは驕り高くも、竜の鱗を貫いた。その程度でどうなるものではないが、不快ではあった。


――神聖なる祭りを乱すだけに飽き足らず、この我に傷を与えるとは。もはや赦すことなどできぬ。


 竜は高らかに吠えた。吠えようとした。竜の咆哮は百獣を畏怖させる。得体の知れぬ化け物であろうが、怯え震えて蹲る。だが、竜の声は出なかった。

 その喉笛に槍が刺さっていた。深く刺さり、貫いた刃から血が滴っていた。

 竜の困惑が深まるなか、槍が振るわれる。


――何を……ッ!


 不意に身体が軽くなった。不思議に思って目を動かすと、身体が途切れていた。

 立派な体躯が、艶やかな鱗が、乱れのない孔が、消えていた。どこへ行ったと探す竜の視線の先で、肉の断面が見えた。血を吹き出し、霧のように散布する、太い身体の断面だ。


――あれは、我の……。


 理解した時、悲鳴が上がる。それが自分のものだと気付いたのは、初めて感じる本能的な恐怖を自覚したからだ。

 異形のものが、槍で竜の身体を両断していた。その膂力は凄まじく、強靭なる竜の体躯が引きちぎられた。

 祝祭を見届ける者であるはずの竜は、なぜ自分が血を流しているのか分からなかった。なぜ異形のものが、不快な羽虫が、自身に害をなすのか分からなかった。


――やめてくれ。


 竜は吠える。だがその声に勇猛さはなかった。


――おねがいだ、やめてくれ。


 竜は吠える。怯え、震え、恐怖に苛まれていた。何が起こっているのか分からなかった。どうしてこんなことになったのか。自分が悪いのか。長らく祝祭が行われなかったからなのか。興に乗りすぎて祝福を与えすぎたからなのか。


――お前は、何を……。


 竜が悲痛な声を上げる。

 もはや彼の身体は地に転がっていた。周囲に咽せ返るような血の匂いが立ち込めていた。

 異形のものが無数の槍を差し向ける。もはや竜に抵抗の術は残っていない。せめて命だけはと懇願する。そんな彼の思いが通じたのだろうか。

 不意に異形のものの動きが止まる。竜の鼻先まで迫った槍が、そこで止まる。

 何が起こったのかと竜が訝る。彼は滂沱の如く血を流しながらも、生きていた。このまま投げ捨てられても、生きながらえるだろう。であれば、助かったのか。


――お前は……。


 竜は気付いた。

 異形の足元に、小さな存在があった。それは白き光を纏い、静かに彼を見つめていた。四本の蹄で血水泥の上を歩き、竜の側までやってくる。コシュアの子孫、白き者たちの末裔。生きていたのか。生きながらえていたのか。

 安堵する竜の鼻先に、彼も鼻先を重ねる。その瞬間、言語化されないメッセージが流れ込む。


――なるほど。彼女を探していたのか。


 全てを知った竜は、わずかに頷く。


――であれば、案内しよう。未だ深き眠りの中にいる、かの乙女の元へ。


 竜は力を振り絞る。大半を祝福に注ぎ、身体の大部分を切り離された今、彼の持つ力は脆弱と言わざるを得ない。だが、これもまた彼の使命である。


――神の仔よ、いざ往かん。


━━━━━


◇ななしの調査開拓員

やっぱりおっさんがなんやかんやで滅茶苦茶になるじゃねーか!


◇ななしの調査開拓員

おっさんありがとう。一気に儲けた。


◇ななしの調査開拓員

ブックメーカーはクソ


◇ななしの調査開拓員

そういうの良くないと思うな。もう一回仕切り直ししようぜ。


◇ななしの調査開拓員

ソロボル、リングに引き摺り込まれてけちょんけちょんにされて可哀想。

この子ぜったい戦うタイプの子じゃないでしょ。


◇ななしの調査開拓員

まな板の鯉で可哀想だった。

テント内でおっさんに敵うわけないんだよな。


◇ななしの調査開拓員

鯉ちゃんかわいいね。


◇ななしの調査開拓員

いっぱい声だせてえらい。


◇ななしの調査開拓員

榴弾乱れ打ちもやばかったなぁ。あれいくら掛かってるんだ。


◇ななしの調査開拓員

おっさんの製作費よりは安いんじゃない?


◇ななしの調査開拓員

なんでボス戦最後が怪獣大決戦なんですかね?


◇ななしの調査開拓員

おっさんがもうプレイヤーの外見じゃないんだよな


◇ななしの調査開拓員

レティとアイの勾玉飲み込んでるんだろ? もうそういうボスじゃん。


◇ななしの調査開拓員

なんならアップデートセンターで盗んできたのも使ってるぞ。


◇ななしの調査開拓員

だからミズハノメちゃんが来てたのか


◇ななしの調査開拓員

ミッちゃんは鯉ちゃんの咆哮で薙ぎ払われてて可哀想だった


◇ななしの調査開拓員

それで、おっさんはなんか竜と一緒に海に沈んでいったんですがどうするんですか?


◇ななしの調査開拓員

何人かは追いかけてるよ。潜水艇が待機してた。


◇ななしの調査開拓員

先見の明がありすぎる。


◇ななしの調査開拓員

なんで潜水艇が用意できてんだよ。


◇ななしの調査開拓員

暇なら戦場の後片付け手伝ってくれ。竜の血が多分レアアイテムだから消える前に集めるぞ。


◇ななしの調査開拓員

わーい稼ぎ時だ!


◇ななしの調査開拓員

とりあえず俺の腕見つけた人は教えてください


◇ななしの調査開拓員

いやぁ今回のイベントも楽しかったですね


◇ななしの調査開拓員

まだイベント終わってないんだよなぁ


◇ななしの調査開拓員

そういえば〈万夜の宴〉の真っ最中だった


◇ななしの調査開拓員

普通に忘れてた


◇ななしの調査開拓員

で、おっさんはどこに行ったの?


◇ななしの調査開拓員

親指立てながら海に沈んだよ


◇ななしの調査開拓員

あのシーンは涙なしには見られなかった


◇ななしの調査開拓員

おい! ソロボルの身体解体できるぞ!


◇ななしの調査開拓員

とれとれとれとれおて!!


◇ななしの調査開拓員

絶対腐らせるな! イナゴどもには渡すな!


◇ななしの調査開拓員

まだおっさんにルート権あるっぽいな。5分後に戦争になるぞ。


◇ななしの調査開拓員

火事場泥棒どもめ……。おれも混ぜて。


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Tips

◇蒼枯のソロボル

 またの名をエウルブ=ロボロス。第零期先行調査開拓団に所属し、エウルブ=ピュポイの下、第二開拓領界深海部にて活動する。大洋を攪拌し、その有機物循環を促すことで、生命の活性化を促進させる。また、体表にある噴出孔から電気的刺激を広範囲に散布し、物質の結合を促す。

 主任務の傍ら、エウルブ=ピュポイに捧げる祝祭の執行人も務める。彼自身が舞台となり、彼が見守る下で、過激な闘いが奉納される。それは今も眠る彼女の復活を祈るため。


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