第1067話「竜との戦い奉る」

『警告。ただちに機能停止してください』

『LP流入量が許容値を大幅に逸脱しています』

『構造フレーム、人工筋繊維、擬似神経ネットワークの破損が危惧されます』


 鳴り響く警告音。視界が真っ赤に染まり、ノイズが乱れる。汚染術式の流入を受けた時よりもさらに酷い、暴力的なエネルギーが流れ込む。6人ぶんの八尺瓊勾玉と、レティの胸にあった“竜の化身”の力を宿した八尺瓊勾玉、合わせて7つの勾玉を自分に接続しているせいだ。


「ふぅ、ふぅ。……よしっ」


 朦朧となる意識をしっかりと握り、体勢を立て直す。流れ込んでくるエネルギーを制御するため、体内のエネルギー処理プログラムを書き換えていく。次々とアンプルを割り、応急修理用マルチマテリアルを湯水のように消費する。

 細い管に無理やり膨大な熱湯を注ぎ込まれているような気分だ。管は脆く、あちこちが悲鳴を上げて裂けている。それを場当たり的に修復しながら、徐々に太く頑丈にしていく。


『レッジさん、大丈夫なの?』

「滅茶苦茶キツいさ。ただまあ、なんとかなるだろ」


 シフォンに心配され、なんとか答える。

 “白雲”の各種バフを俺ひとりに集中させていなければ、とっくの昔に爆散しているだろう。渦巻くエネルギーは太陽に匹敵するのではないかと思うほど途方もない。いったい、レティたちはこの押し寄せる衝動にどう抗っていたのか。――いや、抗えなかったから“竜の化身”として暴れていたのだろう。

 俺の足元で、八尺瓊勾玉を失って機能停止となったレティを見る。ボロボロの身体を晒し、胸が開いている。内部に細かな部品が散乱し、もはや再起は不可能だろう。今頃、彼女の意識は〈ミズハノメ〉のバックアップセンターに移っているはずだ。


「パスを繋げて、ループを作って、バイパスを沿わせる……」


 〈制御〉スキルは機械のプログラムをイジるスキル。とはいえ、普通は調査開拓用機械人形そのものを加工することはできない。俺が行なっているのは、ネヴァが増設してくれた機装部分の編集だ。

 調査開拓用機械人形はあらゆる状況、環境に対応するため高い汎用性を有している。その特徴を利用して、外側をイジることで内側にもそれに合わせるように仕向けているのだ。

 針蜘蛛の腹の中に溜め込んでいた予備パーツや、近くでうずたかく積み上がっている“輝月”の残骸を取り込んでいく。金属部品を喰うようにして、徐々に体積を拡大していく。


『LP流入量が許容値を僅かに逸脱しています』


 警告アナウンスの文言が変わる。

 流入量自体は変わっていないため、許容値の方が追いついてきたのだ。

 俺は戦場のど真ん中で自分の身体を手術するような気持ちで、更に最適化を進めていく。生産系スキルを持っていない俺にできることは、ソフト面での細工を続けることだけだ。しかし、それだけではやがて限界が来てしまう。


「レッジさん!」


 どうしたものかと考えていると、足元から声がした。頭を下げて見下ろすと、そこに見覚えのある少女が巨大なレンチを持って立っていた。傍には銃を握る青年もいる。


「カナとユーマ、だったか?」

「多分、助けになれると思います。身体、勝手にいじっていいですか?」


 ネヴァと共に月蝕の夜に出会った戦場鍛治師バトルスミスの少女だ。銃士の青年、ユーマと二人で、巨大な骨化石の上で月を眺めていた。その後、突如現れたソロボルとそれに伴う猛獣侵攻の被害を受けた。

 俺が何か言う前に、カナは俺の足元に取り付く。そうしてレンチやハンマーを使って、猛烈な勢いで機体を改造していった。


『LP流入量が規定値に達しました』


 アナウンスが更に変わる。全身が組み変わるような感覚と共に、最適化が加速する。どうやらカナが戦場鍛治師の技術で機体を整備してくれているようだった。


「助かる。そのまま続けてくれ!」

「了解!」


 カナはにこりと笑うと更に作業を続ける。そんな彼女に呼び起こされたのか、周囲で遠巻きに見守っていたプレイヤーの奥からも次々と戦場鍛治師がやってくる。彼らの大半は先の猛獣侵攻を共に切り抜けた面々だった。


「ワシらも混ぜてもらおうか!」

「面白そうだ。一枚噛ませてくれ!」

「おっさん逮捕状が出てるみたいだぜ。俺も共犯にしてくれよ!」


 彼らは威勢よくハンマーを掲げながら言う。その動きを止めようとするプレイヤーもいたが――。


「レッジさん! レティちゃんの大切なものを奪った責任は、しっかり果たしてもらいますの!」

「光!?」


 突如飛び込んできた光が特大盾を展開し、それを阻む。更に彼女に続くようにして銀鎧を纏い、分厚い装甲盾を掲げた一団もやってくる。彼らはずらりと一直線に並ぶと、左右の盾を合体させる。


「〈大鷲の騎士団〉第一戦闘班、重装盾兵隊! レッジの支援を行う!」


 大鷲の紋章を掲げる鉄壁の盾。それと対峙してまで俺を止めようとする者はいない。

 思いがけない援軍により、俺の機体拡張は加速する。戦場鍛治師たちは俺が書き換えたプログラムに合わせてパーツを接続していく。


「まったく、ちょっと目を離した隙に面白いことになってるわね」


 いつの間にか戻ってきていたアリエスが、はるか下方に見える。

 俺はシフォンの背丈も超えて、巨大になっていた。

 基本の形は蜘蛛型に人の上半身で変わらない。胸元には元々俺が持っていたものも含めて八つの八尺瓊勾玉が赤く輝いている。サブアームも太く頑丈に拡張され、それぞれの腕に天叢雲剣による大槍が握られている。

 ムビトたちカナヘビ隊が、勾玉と一緒に天叢雲剣も持ってきてくれたのだ。勾玉と剣は一対一、八つの勾玉があれば、八つの武器を扱える。

 しかし、まだ足りない。


「レッジさん!」


 戦場の彼方で叫ぶ声がする。そこに立つのは、銀鎧を砕き、マントを破き、金髪を汚し、片目を潰し、片腕を失くし、それでもなお勇ましく胸を張る騎士だ。


「これを!」


 満身創痍のアストラが、最後の力を振り絞ってそれを投げる。一直線にこちらへ飛び込んできたそれは、赤く輝くもう一つの勾玉。

 アイの胸に収まっていたそれを、確かに預かる。


「レッジさん、後はよろしくお願いします」


 アストラが薄く笑みを浮かべて崩れ落ちる。

 俺は最後のピースを胸に収める。

 駆け巡る爆発的なエネルギーが、身体の隅々にまで行き渡る。高揚感、全能感、そして暴力的な衝動。行き場のないエネルギーが胸の奥で漲っていた。


「ずっと側で見てるだけってのも、面白くないだろう?」


 いまや俺は、彼と対等な目線に立っている。リングの外から呑気に傍観者気分に浸っていた奴を、強引に引き摺り込むことができる。


「――なあ、ソロボル」

『ォォォォォォオオオオオオオオッッッ!!!!』


 巨竜が吼える。アイの衝撃波など足元にも及ばないほどの叫声は、島の木々を薙ぎ倒し、メルたちが押さえ込んでいたミズハノメの率いる警備NPC群を吹き飛ばす。

 とぐろを巻き鎮座していた蛇が頭を上げ、身体を揺らす。それだけで大地が割れ、大波が立ち上がる。まるで天変地異そのものかのような凶悪さだ。


「すまんが、腹を空かせた奴がいるんだ。さっさと封印杭まで案内してくれ」


 八本の槍をソロボルに差し向ける。奴も対抗して全身の噴出孔から極太の光線を乱射する。だが、避ける必要もない。奴の光線の威力はすでに知っているし、それを前提とした装甲を用意している。


「せいっ!」

『グゥオオオオッ!?』


 槍で突き刺し、持ち上げる。巨大で長い身体が持ち上がり、弧を描きながら島の反対側へと飛んでいく。その胴体に再び槍を突き刺し、勢いよく地面に叩きつける。


「やっぱり、竜の化身ならダメージが通るんだな」


 “竜の化身”はソロボルが勝者に与える祝福だ。彼の力を分け与えるというもので、であるならば彼を傷付けることもできるのではないかと考えた。竜闘祭というまどろっこしい手順をすっ飛ばして杭の在処を探すには、ソロボルに直接ダメージを与えられればいい。

 俺たちが考えたのは、そんな作戦だ。

 予期せぬ攻撃にソロボルは怒り心頭といった様子だ。彼は大きく口を開き、鋭利な牙を剥く。


「しかし、俺だけ見てりゃいいってもんじゃないぞ」


 次の瞬間、俺に釘付けになっていたソロボルの首に衝撃が叩き込まれる。


『ゴオオオオオオオッ!?』


 息を吐き出しながら驚愕するソロボル。その首筋から、鮮血が噴き出す。

 竜の鱗を貫き、ダメージを与える手段。それは何も“竜の化身”だけではない。


「穿孔炸裂榴弾装填、照準定め!」


 上空で高らかにローター音を響かせる航空機。開かれた横腹から、長い砲身を突き出している。薄く煙を上げるそれから放たれたのは、第二次〈万夜の宴〉にて手に入る高度特殊精錬合金による弾丸。竜を討つ一手。

 竜闘祭の最中にも、騎士団の別働隊はその生産を続けていた。

 ソロボルが吠え、光線を放つ。しかし、それもまた防御機術師による障壁によって阻まれる。


「いつまでもお客様でいられると思うなよ」


 俺はソロボルに槍を突きつけた。


━━━━━

Tips

◇針蜘蛛ver.EX

 竜闘祭の過程で二つの“竜の化身”を受けた八尺瓊勾玉、六つの八尺瓊勾玉を増設し、その供給LP量に合わせて拡張した特大機装。全長は50mを超え、巨大な蜘蛛型の下半身と、人型の上半身を有する。背部に頑丈なサブアームを四対搭載し、8個の天叢雲剣を扱う。

 あらゆる点で規格外な存在。テント“白雲”による支援がなければ自重に耐えきれず崩壊してしまうほどアンバランスな機体だが、“竜の化身”によって単純な八尺瓊勾玉9個分の合算出力以上の力を発揮する。一方でその操作は絶望的に難しく、同時に9人の調査開拓員を動かすようなものとなる。

 またその設計過程から重大な調査開拓団規則違反が指摘されているため、使用どころか所有している段階で拘束の対象となる。


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