第1066話「奴を止めろ!」

 竜闘祭の戦場外縁に構築された後方支援部は慌ただしい。無数のディスプレイがずらりと並んだ監視テントでは解析班たちが映像を分析し、レティやアイの状況をモニタリングし続けている。彼らに課せられた使命は戦場におけるありとあらゆる情報を集め、解析し、有益なものを参謀班へと送ることだ。


「急げ急げ! 記録と解析と確認をこなせ!」

「副団長の動きに変化あり! これは、また〈歌唱〉スキルを使うつもりっぽい!」

「団長が下顎ぶっ飛ばしただろうに。どうやって声を出すんだよ!?」

「腹式呼吸なら叫ぶ程度ならできるのかもしれません」

「報告挙げとけ。取捨選択は向こうでするから、些細な情報も送るんだ!」


 祭壇の各所に設置された各種観測機器、滞空している撮影用ドローン。解析班はそれらの機器を用いて戦場を俯瞰する。彼らが摘み上げた情報が参謀班へと送られ、そして戦場で活動しているアストラたち戦闘職にフィードバックされる。

 闘竜祭ではそのような循環を繰り返し、次々と“竜の化身”への対処法を確立させていた。しかし、彼らの努力が十分に成果を上げているとは言い難い。単純に戦場の変遷が著しいため、分析が追いつかないのだ。

 現に彼らがアイの〈歌唱〉スキルに対抗案を練った段階でアストラが彼女の顎を砕いており、彼女が腹式呼吸による単純な叫び声を上げ始めた頃にはアストラは自身の聴覚センサーパーツを破壊することで対応していた。アストラの対応能力が高すぎるせいで、後方支援部の働きが後手後手に回ってしまっているのだ。


「ええい、団長と副団長はもう放置でいい! どうせ団長が勝つからな!」

「班長!?」


 ディスプレを睨みつけて怒鳴る上長に解析班の面々が目を見張る。しかし、彼の言うように取捨選択も重要だった。未だ戦場には“竜の化身”が二人いるのだから。


「それで、レティの様子はどうだ?」

「えっと、それがですね……」


 解析班長の追及に、レティをターゲットしていた班員が口籠る。その歯切れの悪い様子に、焦燥感を募らせていた班長は大きな声を上げた。


「ええい、簡潔かつ明瞭に伝えんか!」

「れ、レッジの罠によってスタン弾を受け、麻痺! それで、その、今、レッジが機体を分解しています」

「は?」


 指示通り簡潔に述べられた報告に、今度は班長が困惑する。彼は今までの苛立ちを忘れ、呆然と立ち尽くして耳を疑う。今、自分の部下はなんと言ったのか。もう一度聞き直す。


「レッジが、何をしているって?」

「レッジがレティの機体を分解しています」

「何やってんだよおっさん……」


 もはや観測とか分析とか言っている次元ではなかった。班長は理解することを放棄しそうになるのを、解析班の意地だけで続ける。しかし何度考えても“レッジがレティを解体している”以上の情報が得られない。


「画面に出せ!」

「はいっ!」


 結局、実際に見てみないと分からない。そう結論づけた班長の指示でテント内の一番大きなディスプレイに撮影用ドローンから送られてきた映像が映し出される。そこには、地面に仰向けになって倒れたレティと、それを八本の足で取り囲み上から覆い被さるレッジの姿があった。


「なんなんだ、これは……!」

「わ、分かんないっすよ!」


 班長の叫びにレティ担当の班員も泣きそうになりながら叫ぶ。彼も自分が担当しているカメラの中でおっさんが妙なことをやり出したあたりで祈る気持ちでそれを見ていたのだ。どうか平穏無事にレティが倒されますように、という青年の儚い願いはもろくも崩れ去ってしまったが。

 ディスプレイに映るレティは、地雷やレッジの反撃を受けて満身創痍の状態だ。スキンはほとんど剥がれ落ち、装備も損傷が激しい。機体も片足が根本から千切れ、左腕部は人工筋繊維が千切れて飛び出している。全身にスタン弾の銀杭がめりこんでおり、体が小刻みに震えていた。

 下半身を蜘蛛に、背中から十本のサブアームを展開し、満身創痍の少女に覆い被さるおっさんは、正直GMコールも検討するほど絵面が悪い。当然、ここにいる解析班の面々もレッジの性格やレティとの関係性を知っているため、あれにも何かしらの意図があるのだろうとすぐに察したのだが。


「で、何をやってるんだ?」

「分かんないっすよ……」


 レッジは十二本の腕を巧みに扱い、レティの胸に指先を突っ込んでいる。何やら“八尺瓊勾玉”あたりに細工しているようだと推察するが、それ以上のことは分からない。レッジが展開している八本の巨大な足が絶妙に彼の手元を隠しているのだ。


「まだシフォンの解析も終わってないってのに……。これだから〈白鹿庵〉は!」


 怨嗟の籠った悲鳴を上げるのは、シフォン担当の解析者である。彼は突如として現れた巨大な狐の正体を突き止めろという無茶なオーダーを受けて、ガシガシと髪を掻き毟っていた。

 ちなみにシフォンは現在、尻尾を自分に巻き付けるようにしてうずくまり、レッジの様子を見守っているようだった。


「は、班長!」

「今度はなんだぁ」


 騒然となるテントに、切迫した声が飛び込んでくる。げんなりとしながら班長が振り向くと、血相を変えた騎士団員が入り口で呼吸を落ち着かせていた。


「う、ウェイドからレッジ、ネヴァの両名に拘束令状が! 現在、〈ミズハノメ〉から二人を拘束するため警備NPCの大隊が接近中!」

「マジで何やらかしてるんだおっさん!!!?」


 ディスプレイが戦場の外側に向けられたカメラの映像に切り替わる。そこに映し出されたのは、〈黒猪の牙島〉を木々を薙ぎ直しながら猛進する黒い警備NPCの大群だった。中ほどに位置する戦闘指揮NPCの背上には、重武装したミズハノメが乗り込んでいる。


「集音マイクを向けろ! ホムスビの言葉を拾うんだ!」

「はいっ!」


 迅速な班長の指示を受け、マイクを搭載したドローンが接近する。ミズハノメもそれを承知し、声明を上げる。


『この声が調査開拓員レッジ、およびネヴァに伝えられることを期待して、管理者ウェイドから発令された拘束令状を読み上げます。“調査開拓員レッジ、およびネヴァには調査開拓団重要リソース窃盗、極秘機密事項の漏出、禁忌理論の実行、その他もろもろの疑いが掛けられています。共犯と看做された調査開拓員ムビト以下〈カナヘビ隊〉の面々は既に拘束済みです。ただちに行動を停止し、投降しなさい”以上! この勧告を意図的に無視していると判断した場合、強制執行も許可されています!』


 いつもの溌剌とした雰囲気を捨て、管理者として毅然とした態度を示すミズハノメ。彼女の表情を見た解析班の面々は、彼女たちが本気であることを察した。


「とっ、ととと、とりあずネヴァを呼んでこい! あとおっさんを止めろ!」

「ら、ラジャー!」


 伝令を務めた騎士は再び走り出す。解析班長はそれを見送ることもなく、ディスプレイに映し出されたレッジを注視する。

 なぜこのような重要なフェーズで管理者が口を出してきたのか。それはおそらく、彼女たちが口を出さざるを得ない事態が発生したからだろう。そして、それは十中八九レッジが今行おうとしていることと関連がある。


「おっさん、今回だけはやらかすな!」


 班長が祈るような気持ちで声を上げる。

 画面上では伝達を受けたプレイヤーたちがレッジの蛮行を止めようと走り始めていた。しかし――。


『ほりゃーーーっ!』

「ぐわーーーっ!?」


 シフォンが尻尾を振るだけで、その大半が投げ飛ばされる。味方同士ダメージはないが、ノックバックで吹き飛ばされる。これはもうダメかもしれんな、と解析班の脳裏に諦観が過ぎる。


「ね、ネヴァさん連れてきました!」

「おお」


 解析班のテントに、騎士二人がかりで押さえつけたネヴァが連れて来られる。彼女は突然の拘束に不満そうにしているが、生産職が戦闘職に敵うはずもないからか、抵抗する様子もない。


「ネヴァ! おまえ、レッジと何をやらかしたんだ!」

「何って、ちょっと……」

「詳しく説明しろ!」


 解析班長が唾を飛ばして声を荒げると、ネヴァは観念して口を開く。


「何って……ちょっとバックアップセンターから予備機盗んで分解ばらして、“八尺瓊勾玉”を六つほどちょろまかしただけよ」

「……は?」


 ネヴァの口から飛び出した言葉に、テントにいた全員が絶句する。しかし、情報を一手に担う解析班は、すぐにそれの意味することに思い至る。


「まさか、竜玉って――!」

「そうよ。六つの八尺瓊勾玉を相互接続させたLP出力増幅装置よ」

「おま、ちょ、おま……」


 今明かされる衝撃の真実に、班長はパクパクと鯉のように口を動かす。もはや彼でさえ理解が追いついていなかった。

 〈百足衆〉の中でも特に危険な任務を遂行する専門集団、カナヘビ隊との共犯が疑われている理由には合点がいった。おそらく、バックアップセンターに忍び込んだのは彼らなのだろう。


「おい、ネヴァ。レッジは何をしようとしてるんだ!」

「詳しくは知らないけど……」

「大雑把でもいいから教えろ!」


 ネヴァの肩を掴んで迫る班長に、彼女も観念する。


「……レティの“八尺瓊勾玉”を自分に移植して、“竜の化身”の力を獲得しようとしてるんじゃない?」

「は?」


 再び、班長の頭脳が理解を拒絶する。

 この、生産職の最高峰と称えられるタイプ-ゴーレムの女は、今なんと言ったのか。


「そんなこと……」

「できない訳もないでしょ。八尺瓊勾玉は調査開拓員の力の根源なのよ。砕けば死ぬし、死んでも勾玉さえ回収できれば力は取り戻せる。だったら、移植すればその力も一緒に持って来られるはず」


 ネヴァの言葉には確信があった。

 八尺瓊勾玉は調査開拓員にとって魂とでも言うべきものだ。それさえ無事ならば、彼らはたとえ死んでも力は失わない。


「どうして……そんなことを……」


 班長が呻くように言う。

 第三開拓領域が開かれるか否かというこの土壇場で、なぜ彼はそんなことをするのか。班長には理解ができなかった。

 しかし、ネヴァはこともなげに答える。


「レッジの目的はソロボルの撃破でも、第三開拓領域の開放でもないからよ。彼はその奥にある第弐封印杭を探し出さないといけない。そのために、多少手荒なこともやる覚悟を決めてるのよ」

「多少って……限度があるだろ」


 管理者に歯向かっても、調査開拓団規則を破っても、彼は直進する。その覚悟を見たからこそ、ネヴァもムビトたちカナヘビ隊も協力したのだ。


「そう言う訳だから、できればミズハノメの追手をどうにかしてくれると嬉しいんだけど?」

「そ、そう言われてもなぁ」


 ネヴァが余裕の表情で問いかけるが、班長も即座に頷くことはできない。管理者が直々に指揮を執る軍団に刃向かうなど、どう考えても調査開拓団規則から逸脱した行為だ。レッジほどとは言わずとも、ある程度のペナルティは免れないだろう。

 しかし……。


「は、班長!? 祭壇の周囲に壁が……。これは『封絶の寒厳鉄城』です!」

「何ぃ!?」


 彼らが決断を下すよりも早く、動き出した者がいた。

 彼女たちは互いの声を合わせ、巨大な壁を立ち上げる。それはミズハノメに対する明確な反抗の意志であった。


「ラクトと〈七人の賢者セブンスセージ〉が!」

「それくらい分かるわ! な、何をやってるんだ全く!」


 高く聳える城壁はミズハノメたちからも目視できる。彼らに投降の意志がないと判断した管理者は強制執行を始める。


「うわーーーっ!?」

「ひええええーーっ!?」


 次々と浴びせられる規格外の砲撃は、戦場の後方、つまりミズハノメの侵攻の前線に位置する後方支援部にまで響く。


「は、早くおっさん捕まえてミズハノメに渡せ!」

「そうは行かないわ」


 叫ぶ班長。しかし彼の指示をネヴァが遮る。彼女はディスプレイを指し示し、艶然と笑う。


「おお……」


 そこに映し出されたのは、赤く光り輝く八尺瓊勾玉を自身の胸に嵌め込まんとするレッジの姿であった。


「参謀班を通さなくていい、全プレイヤーに通達しろ。総員、即刻、全力で、その場から退避しろ!」


 解析班長が叫ぶ。

 それとほぼ同じ時、竜の力を簒奪した男が天に向かって咆哮を上げた。


━━━━━

Tips

◇拘束令状

 管理者によって発令される、重大な調査開拓団規則違反を犯した調査開拓員の拘束を命じる令状。この令状によって指名された調査開拓員には、管理者の指示に従い投降する義務が生じる。

 無駄な抵抗は無用な苦痛を伴うだけである。


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