第1065話「輝くいのち」
「おうおう。あっちはすごいことになってるな」
『わたしが言うのもなんだけど、人間業じゃない戦い方してるね』
アイの元へと飛び込んだアストラは、そのまま猛烈な勢いで両手剣を繰り出した。しかし“竜の化身”となったアイも負けじと応戦し、二人の戦いは過激さを増している。せっかくアイの子守唄から起き出してきた調査開拓員たちも、二人の間には到底入れず遠巻きに眺めているだけだ。
アストラはさすが“最強”の名を認められているだけのことはあり、数十人がかりでなんとか押さえつけていたアイを一人で相手できている。それどころか、妹にも関わらず戦いに関しては一切の情け容赦なく、彼女の突撃を白刃取りで受け止めたかと思えば、その声を封じるため下顎を吹き飛ばした。
「アストラは〈格闘〉スキルも持ってたのか」
『普段は剣しか使わないけど、あの人だったら突然ハンマー振り回しても驚かないよ』
トッププレイヤーの代表例とも言えるアストラのスキルビルドは、当然多くのプレイヤーによって分析されている。しかし、彼も普段のプレイではなかなか奥の手を見せることはなく、暫定的なスキルビルドを見ても合計レベル制限からずいぶんと余裕のある結果となっている。
今回、そんな彼が『握撃』や『顎砕き』といった素手技を使ったことで、〈格闘〉スキルを持っていることが顕になった。そう言う情報を集めているプレイヤーは、すでにそれらの必要スキルを分析していることだろう。気合の入っている奴ならアイのステータスやら被害やらを鑑みて、各種テクニックの熟練度まで弾き出しているかもしれない。
『ところで、よそ見してる暇はあるの?』
「ないんだなぁ、これが」
シフォンの声で現実に引き戻される。俺の眼前には蔦に絡め取られたレティが唸り声をあげてもがいている。地雷原が全てアイによって一掃されたため、再び自由を取り戻したレティも動き出した。そして、事前に撒いていた植物罠の“縛縄葛”によって拘束されたのだ。
猪突猛進を体現するだけあって、彼女を捕える罠を仕掛けるのは簡単だった。とはいえ、今も蔦はブチブチと引き千切られていて、突破されるのも時間の問題だった。
「シフォンはなんかできないのか? 必殺技とか」
『む、無理だよぅ。どうしてこんなことになってるのかもよく分かってないんだから』
一発逆転の期待を込めて尋ねてみるも、思ったような答えは返ってこない。
偽シフォンことダミープログラムにとっても今の状況は予想外だったようで、何がどうなっているのかさっぱり分からないらしい。でかい狐だしレーザー光線でも吐けるのかと期待したが、そんな大怪獣バトルじみたことはできないと一蹴された。
「ま、それでレティを倒されても困るんだが」
『え?』
俺は彼女が拘束されている間に、最後の確認を行う。今の所状況は順調に展開している。レティの片足は吹き飛ばしてしまったが、それ以外は概ね無事と言っていい。
「本物シフォンはどうなってるんだ?」
『まだ眠ってると思う。さっきよりも深い眠りだから、アイさんの声でも起きなかったんじゃないかな』
「交代はできるのか?」
『できるならやってるよ!』
それもそうだ。
シフォンは現在、巨大な狐になっているわけだが、これも間近に見てみるとどうやら質量を持ったホログラムのように何かしらのエネルギーの集合体として存在しているらしい。そんなものがノーコストで存在し続けられるわけでもないのだろうが、こっちはこっちで謎が多すぎる。
とりあえず、シフォンには大人しくしていてもらうのが吉だろう。
『レッジさん!』
その時、ついにレティが蔦の束縛を突破する。シフォンが耳を立てて吠えるが、俺は動かない。
「うぅぅぅっ! うぎゅっ!?」
「ま、そう焦るな」
俺へと肉薄したレティは、しかしその手前で何かに阻まれる。全身を硬直させ、氷像のように動かない。ただ赤い瞳だけが揺れている。しかし視界に映る範囲には何もなく、レティもシフォンも困惑を隠せないでいた。
『はええっ!? な、何をどうしたの!?』
「俺の武器はテントによる領域の設定と、その内部の掌握。それと、罠の利用だ」
慌てふためくシフォンを落ち着かせながら、レティを阻んだ理由を明かす。
戦闘職でもない俺がレティに真正面から対抗しようと思うと、当然万に一つも勝ち目はない。であるならば、真正面から戦わなければいい。
〈野営〉スキルはテントを建てるためだけのスキルと思われがちだが、その真価は別にある。それはフィールド上に自分の領域を構築し、その範囲内に限り強い支配力を発揮することだ。俺は〈野営〉スキルによって定めた領域の内部であれば、自由にアセットを設置したり、さまざまな特殊効果を展開したりと強い力を発揮できる。
そして、〈罠〉スキルもまた領域という概念のなかで真価を発揮する。能動的に攻撃する他の戦闘系スキルとは違い、受動的な性格の強い罠であるからこそ、領域という概念に高い親和性を持つ。
領域を構築するテント、領域の中で輝く罠。『領域設置』というテクニックによって罠の可能性を引き出したこともあるが、今回はそれを更に拡張した。二つのスキルを〈制御〉スキルによって連動させることで、俺はさらに支配力を高めることができた。
「レティとアイ、あとトーカも。三人は常に複数のドローンによって捕捉されてる」
それは第一フェーズから続いていた。竜の牙として登場した六人の姿を捉え続けた大型撮影ドローン。それ自体の操作は外部のプレイヤーに任せていたが、それらにもリンクは繋がれている。
『はええ?』
シフォンが上空へ目を凝らす。遥か遠くでレンズを光らせる4機のドローンが、レティの姿を捕捉していた。
特定の対象を捕捉する4機のドローンによって、レティの座標は常に正確に記録される。それは、俺が掌握したフィールド上であれば更に精密だ。誤差数ミリレベルの高精度な座標データがあれば何ができるか。
「獲物捕獲用の非致死性スタン弾だが、結構いい威力だろう?」
レティの首元、大腿、そして胸に突き刺さる小さな杭のような銀色の金属。内蔵された蓄電池から高圧力の電流が流れ、調査開拓員の人工筋繊維を引き千切る。誤射すれば俺もただではすまない高威力の弾丸だけに、使用は慎重だった。
それが放たれたのは、六つの台座に仕込まれた砲台からだ。〈銃術〉スキルを持っていない俺が運用できる銃器はドローンに搭載される機銃か、罠として使える固定銃しかないのだが、こちらは後者に分類される。
わざわざ非致死性のスタン弾を選んだのは、スキル的にあまり高威力の弾丸が使えないという理由もあるが、とある目的があったからだ。
「ぐ、ぅぅっ!」
一本の足ではバランスが取れず、地面に倒れるレティ。俺は彼女の方へと近寄り、蜘蛛足を折りたたんで顔を近づけた。
『れ、レッジさん? 何やってるの?』
シフォンが怪訝な顔をしてこちらを見る。
「レティに宿ってる“竜の化身”のバフは、どこにあるんだろうな?」
俺はそんな問いを投げかけながら、彼女の胸元に輝く八尺瓊勾玉に手を伸ばす。
十二本も腕を増やしたのは、それくらいなければ足りないくらいの忙しない作業を行うため。蜘蛛足は二本足に比べて安定感を維持しやすいから。額の目は、一瞬の瞬きもしないように。
『れ、レッジさん!?』
慌てるシフォン。
俺はビリビリと痺れて震えるレティの胸元に手を伸ばした。
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Tips
◇非殺傷性スタン弾
原生生物捕獲用に使用される弾丸。内部に蓄電池と放電機構を備えており、着弾した対象に高圧電流を流し込むことで神経を麻痺させる。調査開拓員に対しても有効で、その場合は人工筋繊維が著しく損傷してしまう。
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