第1063話「地雷原の兎」
アイの子守唄によって眠ってしまったが、幸運なことにシフォンがそれを切り抜けた。振動を受けて目を覚ました時に見つけたのは、巨大な白と黒の入り混じった毛並みの狐、以前シフォンがウィルスプログラムに侵された際にダミープログラムと融和した結果生まれたものだった。
彼女は正確にはシフォンではなく、シフォンの人格や行動を模倣したダミープログラムなのだが、表面上はあまり気にしている余裕はない。
ともかく、彼女が勢いよく輝月を叩いたおかげで、目覚めることができたのだ。
『レッジさん、その格好はなんなの?』
巨大な二尾の狐はちょこんとお座りの体勢を取って俺を見下ろす。彼女の瞳には困惑の色が浮かんでいた。
輝月が破壊されたことで、内部に備えていた機構が発動した。本来ならレティたちの攻撃によって発動するはずだったものだが、それはあまり問題ではない。
大蜘蛛の下半身に、十二本の腕、額には複眼が四つ。更に周囲には汎用支援ドローンがいくつか。それら全てが相互にリンクし、常に情報の送受を行っている。
ネヴァによって開発された新型機装、“針蜘蛛ver2.0”である。
「調査開拓員側が壊滅した時に備えて用意しておいた機装だ。“白雲”の効果がかなり減衰するが、代わりに俺自身が強化される」
範囲内の調査開拓員全員に注いでいた能力強化を俺ひとりに集中させる。いわば最後の切り札だ。
しかし、いくら“竜玉”の莫大なエネルギー供給を受ける“針蜘蛛ver2.0”とはいえ、それだけで“竜の化身”に勝てるとは思っていない。確かに針蜘蛛は俺の全力戦闘体勢と言えるが、本職であるレティやアイには敵わないのだ。
だから色々と策を講じている。
『レッジさん、レティが来るよ!』
「大丈夫。見てろ」
俺が目を覚ましたことで警戒していたレティが動き出す。脱兎の如き勢いで、しかしこちらに背を向けるわけではなく殺意を伴って迫るレティ。シフォンが耳をピンと立てて尻尾を膨らませるが、俺は悠然と構える。
「うぉおおっぎゃっ!?」
勢いよく踏み出したレティ。その瞬間、彼女の足元で爆発が起きた。予想外の一撃に吹き飛ぶ彼女の、右足が膝下から吹き飛んでいた。
『はええっ!?』
突然の出来事に驚くシフォン。レティは片足を失いながらも器用にハンマーを使って立ち上がる。そして再び駆け出すが、また地面が爆発する。流石に警戒していたのか今度は被害を受けていないようだが、思うように動けなくなっている。
『レッジさん!? な、何をしたの?』
「俺一人で相手にするのは難しいからな。事前に罠を仕掛けておいた」
種瓶“爆裂鈴芋”。地表近くに根を張り巡らせ、鈴のように地下茎を実らせる植物だ。これは衝撃に敏感で、土越しに踏まれた瞬間に爆発する性質を持つ。〈栽培〉スキルで作り、〈罠〉スキルで運用する特殊な種瓶ではあるが、その分効果的である。
そんな芋型地雷が、この戦場には無数に仕掛けられている。
『はえええっ!? え、エグすぎない!?』
「うん? 別に爆裂鈴芋はアク抜きしなくても美味いぞ。揚げると爆発するが」
『そういう意味じゃないよ!』
俺が小粋なジョークで場を温めている間にも、レティはこちらへ飛びつこうと動いている。しかし、爆裂鈴芋はかなりの密度に成長しており、そう簡単には進ませない。
「さあ、まだまだ行くぞ。――“群蜘蛛”ッ!」
『きゃあああっ!?』
レティとアイを足止めできているうちに、次なる手を打ち出す。俺が機装を操作すると、下半身の蜘蛛型パーツの腹部分がパカリと開き、中からワラワラと小さな蜘蛛型機獣が飛び出した。小刻みに蠢き地面へ広がるそれを見て、シフォンが悲鳴を叫ぶ。
「あれ、シフォンって蜘蛛無理だったか?」
『そういう問題じゃなくない!? き、気持ち悪いよぉ!』
飛び出した“群蜘蛛”は地面をカサカサと走ってレティたちの元へと殺到する。そして素早く跳躍して彼女の体に張り付くと、勢いよく爆発した。
『あ、あれも爆弾なの!?』
『爆発物搭載自爆特攻ドローンだな。まあ簡単に言えば近くの敵性存在へ突っ込んでいって、張り付いて自爆する自走地雷ってやつだ』
『び、ビジュアルが最悪すぎる……』
“群蜘蛛”最大の武器は速度と捕捉力である。彼らはレティが爆裂鈴芋の地雷原によって動けないところへ群がり、腕や顔面に八本の脚でガッチリと張り付いて至近距離から爆発する。
おかげで、レティは早々に全身を黒焦げにしてスキンも大きく剥がれてしまった。
「はっはっは! 俺が正々堂々一騎打ちなんてするとでも思ったか! 幾重にも罠を張って封殺してやるよ!」
レティもアイも二重の地雷によって一方的にダメージを受けていく。
なら最初からこれをしておけよと言われそうだが、爆裂鈴芋の成長には時間がかかるし、群蜘蛛も結局精密機械なのでできるだけ使いたくないのだ。本来なら、これらを使う場面はないはずだったのだが、悪い予想ほど当たるものである。
「レティは接近させれば勝ち目がないが、逆に遠くからチクチクやってれば楽なもんだな。どうだ、これがレティと一番付き合いの長い俺が考えた攻略法だ」
『なんというか、恥も外聞もないね……』
「そんなもん犬にでも食わせとけってやつだ。勝ったやつが勝者なんだよ」
対レティ向けに考えていた地雷爆撃殺法は面白いほど突き刺さった。レティは今までの蹂躙が嘘のように、俺やシフォンに一切近づけないままLPを減らしていく。
アイが調査開拓員たちを眠らせてくれていたのも、こちらの有利に働いていた。プレイヤーが密集している状況だと、爆発物は扱いにくいのだ。
「いやぁ、戦闘職もこんなもんか。アタックホルダーって言っても攻撃させなきゃいいんだからな!」
『レッジさん、今めっちゃ悪役みたいだよ』
シフォンの声は意図的に無視しつつ、次々と群蜘蛛を繰り出していく。馬鹿みたいに高価で作るのにも手間と時間のかかる“群蜘蛛”だが、〈大鷲の騎士団〉にスポンサーになってもらって〈プロメテウス工業〉の職人たちの総力戦で準備した。計算上、今のレティでも軽く3回くらいは倒せるだけのリソースがあるはずだ。
「そーれそれ、逃げても無駄だぞ!」
こちらから距離を取るように動き出したレティだが、群蜘蛛は素早く足元には至る所に爆裂鈴芋が実っている。彼女が少し動いただけて、立て続けに火柱が上がった。
「よぅし、この調子だ! 押し込め!」
完全に劣勢に傾いたレティたちを見て、俺は勝利を確信する。時間はいくら掛かっても、着実にLPを削っていけば終わる。彼女を近付けさえしなければ――。
「――『破衝攪乱の叫声』ッ!」
その時だった。
耳を劈く高音が戦場に響く。今までの衝撃波を伴う絶叫よりも遥かに攻撃的な声。明らかに苛立ちを帯びた、怒声。それは瞬く間に戦場の隅々にまで広がり、そして大地を轟かせる。
結果。
「うわああああっ!?」
地下に広く根付いていた爆裂鈴芋が次々と暴発する。それだけではなく、レティやアイに迫っていた群蜘蛛たちも、二人に辿り着く前に爆発四散してしまった。
「お、俺の秘密兵器が!」
レティたちを圧倒していた切り札が、最も容易く殲滅された。アイが唐突に放った『破衝攪乱の叫声』は高周波の絶叫を広げることで、物体を共振させるテクニックなのだろう。その結果、刺激に敏感な爆裂鈴芋は誤爆を引き起こし、精密機器の塊である群蜘蛛もまた内部から破壊された。
「な、なんて酷いことを……。人の心がない!」
『レッジさんがそれをいうの!?』
群蜘蛛も爆裂鈴芋も高かったんだぞ。それがこんな、呆気なく対策されるなんて……。
泣きそうになってくるが、なんとか思いとどまる。俺の虎の子たちは呆気なく薙ぎ払われてしまったが、それが全てではない。アイが広範囲に響く声を上げたことによって、熟睡していた調査開拓員たちも起き出したのだ。
「う、うーん……」
「うぎゃああっ!? 蜘蛛!? 蜘蛛なんで!?」
「狐!? でか!? もふもふ!?」
「なんか地面が丸焦げ!?」
覚醒したプレイヤーたちは、周囲の惨状に気づいて驚愕の声を上げる。いつの間にか眠っていて、目が覚めたら周囲にボコボコと爆発の跡が残り、機械蜘蛛の残骸が散乱しているのだ。彼らの反応もよくわかる。
『主にレッジさんのせいで被害が……』
「コラテラルダメージという奴だ。っと、無駄口叩いてる暇もないぞ」
『はえ?』
首を傾げるシフォン。次の瞬間、彼女の目の前にレティが現れた。
『はええっ!?』
シフォンは驚いて前足でレティを叩き落とそうとするが、それは失敗に終わる。レティの動きが、明らかに速くなっていた。
『なんで強化されてるの!?』
「多分、LPが少ないほど補正が強くなるタイプのバフだ。俺も詳しいことは知らん」
『『起死回生』! それも効果出てるんだ!』
戦闘職のテクニックに関しては俺よりシフォンの方が詳しい。彼女はすぐに思い当たる節があったようだ。
『起死回生』というテクニックはLPが少なければ少ないほど、攻撃力や機動力が上昇するというもの。いわゆる火事場力などと言われるような技らしい。俺が爆裂鈴芋や群蜘蛛によってレティのLPを減らしたことで、彼女は更に力を爆増しているらしい。
「なんとか俺とシフォンだけで抑えられたらいいが……ッ!」
『ぴえええんっ!』
片足となりながらもレティは驚くほど機敏な動きで猛攻を仕掛けてくる。巨大狐となったシフォンは相応に強化されているようだが、彼女自身の性格もあってなかなか攻められていない。それでもレティの攻撃を凌いでいるのはなかなか凄いが。
とはいえレティは強敵だ。おそらく『起死回生』以外にも似たようなバフを受けているのだろう。彼女は空中を駆けるようにして次々とハンマーを繰り出している。俺も十二本の腕に槍とナイフを装備して突撃するが、なかなか彼女のペースを崩すところまでいけない。
更に、“竜の化身”は彼女だけではないのだ。
「『憤怒する赤鬼の叱声』ッ!」
「ぐぅっ!?」
広範囲へ広がる、地面へ押し付けるような強烈な圧力。アイの〈歌唱〉スキルと〈戦闘技能〉スキルによる威圧技によって、無防備な俺はたちまち動けなくなる。
「やっぱりアイをなんとかしないことには、レティに手が出せないぞ!」
ぺしゃんこになりそうな圧力に耐えながら呻く。デバフとバフを広範囲にばら撒くアイはやはり強敵だ。彼女から倒さなければ、ラスボスじみた強さを見せるレティに向かうこともできない。
「――任せてください!」
閃光が走る。
一条の雷撃がアイを貫く。
それは一瞬の出来事だった。崩れ落ちた輝月の瓦礫の下から飛び出した彼は、真っ直ぐにその剣を彼女の胸に突き立てた。
「俺がアイを抑えます! レッジさんは、今のうちに!」
「アストラ!」
先ほど発せられた『破衝攪乱の叫声』によって、うちの最終兵器が目を覚ました。
燦然と輝く銀の鎧を身にまとい、青いマントを翻し、アストラは聖剣を高く掲げる。アイは胸に深い傷を受けながらも、癒しの歌声によって瞬く間にそれを修復していく。
まったく、〈歌唱〉スキルはなんでもありか。
「さあ、アイ。掛かってこい」
トーカを下したのがミカゲならば、アイを打ち倒すのもまたアストラであるのが道理であろう。彼は威風堂々と立ち、鷹のように鋭い眼をアイに向ける。アイもまた、偉大な兄を見上げ、わずかも戦意を喪ってはいない。
一瞬後、凄まじい衝撃と共に二人の鍔迫り合いが始まった。
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Tips
◇“群蜘蛛”
“竜闘祭”第二フェーズ、対レティ戦に向けてレッジが考案し、〈大鷲の騎士団〉の資金提供を受けた上でネヴァと〈ダマスカス組合〉の協力を得て開発された小型多脚式高速機動爆発物搭載自爆特攻ドローン。
対象捕捉センサーと爆発物、高機動機械脚を備えたシンプルな構成ではあるが、それぞれに非常に緻密で精巧な機械部品と技術を投入し、小型化と高速化を実現している。一度起動すれば自動で目標を捕捉して突撃、跳躍、纏着、自爆までを行う。その爆発力は粉末花弁火薬3g相当。
“一機で50万Bitもするんだから、無駄遣いしないように!”――設計責任者ネヴァ
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