第1061話「戦場に響く歌声」

「トーカがやられた!」

「まじかよ一体誰が……」

「なんでもミカゲがトドメを刺したらしいぞ?」

「弟くんかー」

「不意打ちを狙って一撃とは、さすが忍者」

「しかし奴は四天王の中でも結構凶悪。ちなみに残りの二人もかなり凶悪。……あれ?」


 トーカ撃破の報は瞬く間に広がった。レティに吹き飛ばされていたプレイヤーたちも、大きく戦況が動いたことに歓喜する。だが、彼らが息を吹き返した直後のことだった。


「――『沈黙の楽曲サイレント』」

「っ!?」

「……!?」


 あらゆる音が奪われた。

 レティを取り囲んでいたプレイヤーたちもパクパクと口を動かしているが、音が発せられない。水の中にいるかのように、声も音も聞こえない。


――レッジさん。


 突然の展開に驚く俺の、輝月のコックピットの目の前にアストラが現れる。彼はハンドサインを用いてこちらにメッセージを送ってきた。


――これは、アイの使う〈歌唱〉スキルのテクニックです。4分33秒間の効果中は一定範囲内のすべての音が消えます。

――それは当然、“発声”も詠唱もできないってことか?

――そうなりますね。


 アストラのハンドサインを見て、状況が一変したことを知る。移動阻害やバッドステータスは何もないが、ただテクニックとアーツが使えない。しかし、それは俺たちにとって致命的だった。

 当然、アイとレティも発声できないためテクニックは使えないが、彼女たちは通常攻撃が必殺技レベルの威力を誇るのだ。それに対して、こちらは防御すらできない。

 4分33秒という効果時間の長さも致命的だ。戦闘中において、その時間は無限に等しい。


「これはちょっと、大変だな」


 思わず独り言をこぼすが、その声も外には出ない。空気が揺れているのは感じられるが、音にならないというのは不思議な感覚だった。

 目の前でプレイヤーたちがレティに薙ぎ払われていく。テクニックが使えないだけでなく、意思疎通も難しくなったことで、プレイヤー側の数の利がすべて瓦解した。今ではお互いの動きを制限してしまっている。

 俺はひとまずレティとプレイヤーの間に割って入り、蹂躙を止める。輝月の持つ槍は武器カテゴリとしての槍ではないためレティにはダメージが入らないが、薙ぎ払うことはできる。


「しかし、アイも考えて動いてるな」


 トーカが倒されたことと、アイが『静寂の楽曲』を発動したことは無関係ではないだろう。おそらく、アイは戦況を見た上でテクニックを選んでいる。トーカの戦闘スタイルは抜刀系テクニックを主軸としているため、どうしても“型”と“発声”の重要度が上がる。一方で、レティは素の攻撃力が元々高いため、特にテクニックを使わずとも大人数を一網打尽にすることができる。トーカが脱落したことで、アイは自身やレティを巻き込んででもテクニックとアーツを封じた方が有利になると考えたらしい。

 ここから分かるのは、たとえ“竜の化身”となって意思の疎通が図れなくなったとしても、アイ達の思考までは失われていないということ。俺たちはNPCではなくPCとしての彼女達と対峙しているということだ。


「とはいえ、こっちもただでは終わらないぞ」


 言葉の出ない口を動かし、彼女が状況を変えるのを待つ。ほぼ全てのプレイヤーが口を封じられたこの状況でも、彼女だけはその枷を破壊することができる。否、彼女にその枷は通用しない。


「『………………降り注ぐ輝氷の群矢』ッ!」


 空の彼方から光り輝く白い氷の鏃が飛来する。無数の破片となって広範囲へ散らばるそれは、レティとトーカに覆い被さる。無音の世界の中、氷の欠片が飛散する。

 プレイヤーたちもその光景に驚いているようだった。なぜ、詠唱のできないこの状況で、アーツが発動されるのか。


「流石だ、ラクト!」


 音が発せられないのであれば、それに頼らない方法を使えばいい。先天的に発声が困難な人々のため、FPOでは思念操作というシステムが実装されている。それを使えば、頭の中で念じるだけでアーツが発動できる。


「――っああああっ!」


 静寂が砕ける。

 アイの体に無数の氷が降り注ぎ、次々とダメージを与えた。回避不能の広範囲殲滅機術によって、『静寂の楽曲』が強制的に中断されたのだ。


「――ぉぉぉおおおおっ! あっ、喋れる!」

「っぱいおっぱいおっぱい。やっべ声出てるじゃん!」

「きだ、結婚してくれ!」

「の科学は世界一ィ!」


 すぐ隣のプレイヤーに伝わらないのを良いことに好き勝手喋っていたプレイヤーたちの声も復活する。十人十色の反応をしているが、大多数は『静寂の楽曲』の効果中に切れてしまったバフの掛け直しを始めていた。


「『静寂の楽曲』のクールタイムは効果終了後4分33秒だ! それを念頭に入れて動け!」


 アストラが輝月の肩に乗ったまま叫ぶ。彼の指示を受けて、後方では戦略立案が始まったようだ。

 アイは再び『静寂の楽曲』を使ってくるだろう。だが、二度目はないことを知らしめなければならない。


「無音時間中は思念操作でテクニックもアーツも使える。それで対策できる」

「団長、一朝一夕にできることじゃないです!」


 思念操作は慣れていないと本当に難しい。こんな土壇場で習熟できるようなテクニックではない。まあ、アストラはそのうち使いこなしそうだが。


「ラクト、ナイスだ!」

『なんとか気付けて良かったよ。普通に混乱しちゃってたから』


 TELを通じて地上にいるラクトを激励すると、ほっとしたような声が返ってくる。彼女も普段は口述操作がメインだから、あの状況で咄嗟に思念操作を思い出せたのは幸運だった。


『けど、レッジも気をつけて。トーカが倒れた瞬間にレティの能力も上がった気がする』

「もしかして“竜の化身”は味方が倒されるたびに強化されるのか?」

『嫌な予想だけど……。そう考えた方がいいかもね』


 予想ではあるが“竜の化身”というバフは総量があるのではないだろうか。アイ、レティ、トーカに30ずつ分配されていたバフが、トーカが倒れたことでアイとレティに45ずつ再分配されたとすれば。彼女達はさらに1.5倍ほど強くなっている可能性もある。


「『暖房起動』」


 “白雲”の能力で、なんとか支援をしなければ。

 俺はテント内の温度を上げるテクニックを発動させる。竜玉から供給される莫大なエネルギーを消費して、戦場は一気に気温を上げていった。


「あっつっ!?」

「おっさんちょっとエアコン強すぎる!」

「お前ら事前に冷却アンプル用意してないのかよ。言われてただろ!」


 プレイヤーたちには事前に各種アンプルの用意を求めていた。しっかりと準備してきている者は各自対策をしている。対策ができていないプレイヤーには、支援機術師が対応しているようだった。


「さあ、レティもアイもキツイだろ」


 レティもアイもそういった対策はできていない。ならば、今度はこちら側が有利になるはずだ。戦場の気温は100度を越え、さらに上がっていく。機械の体でなければ耐えられないほどの急激な温度上昇だ。


「うおお、俺の水アーツが熱湯アーツに!」

「お湯掛けるだけでもダメージいけるだろ」

「というか通常攻撃に火傷効果が付与されてるんだが!」


 気温が上昇したことにより、プレイヤーの攻撃にも変化が現れた。金属製の武器が熱を帯びて、単純に攻撃するだけでも若干だが火傷を与えることができるようになったのだ。


「サンキューおっさん!」

「仕方ねぇ、暑さを和らげるために脱ぐか」

「ビキニアーマーに着替えるか。仕方ねぇからな」


 プレイヤーたちも温度に適応しはじめ、攻勢を強める。一方でレティやアイは暑さに苛まれ、見るからに動きが鈍っていた。激しく動けば動くほど機体内部の温度が上がって、オーバーヒート状態になる恐れもあるからな。ふふふ、苦しむがいい。


「うおおおおっ! 赤兎覚悟! カム着火インフェルノアターーーック!」

「ふんっ!」

「ぐわーーーーっ!?」


 しかしレティもしぶとい。彼女は機敏に動き回っていたのをやめて、一点に不動の姿勢を取る。そこへ飛び込んできたプレイヤーを最小限の動きだけで吹き飛ばす戦いに変えた。


『レッジさん、暖房設備がそろそろ限界です!』

「クッ、やっぱり不可が大きいか。『暖房停止』ッ!」


 そうこうしているうちにこちらの設備が限界を迎える。いくらテントとはいえ、過剰に暖房を掛け続けると機械が壊れてしまうのだ。250度近くまで上がっていた温度の上昇が止まり、じわじわと減少に転じていく。

 “白雲”の各種アセットに関しては専属のオペレーターがモニターしてくれているため、彼らからの報告を見て停止と起動の判断をしなければならない。

 そして、温度がだんだんと心地よい程度の暖かさに落ち着いてきたその時だった。


「――『陽だまりの猫の子守唄』」


 染み渡るような穏やかなメロディが戦場に響き渡る。それは緊張した心を溶かし、全身の力を弛緩させていく。


「しまっ――」


 それがアイによる優しい歌声であることに気付いた時には、全てが遅かった。俺たちの瞼は鉛のように重く、抗いがたい眠気が意識を霧の中へと誘っていく。

 バタバタとプレイヤーたちが倒れ、安らかな寝息を繰り返す。


━━━━━

Tips

◇『静寂の楽曲サイレント

 〈歌唱〉スキルレベル60のテクニック。楽音を禁じる異色の楽曲。

 自身を含む一定範囲内の全ての対象が無音になる。“発声”および詠唱ができなくなる。4分33秒が経過するか、使用者が一定のダメージを受けることで解除される。

“静寂の中にある音楽が、そこに奏でられる。”


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