第1060話「百刀の鬼武者」

「『霞斬り』ッ!」

「『ウェポンクラッシュ』ッ!」


 斬撃が放たれる。それは刹那の瞬間に鞘走り、音が届いた時には黄金の盾に届いていた。だが、トーカの剣術にも光は対応する。彼女もトーカの早技を想定して防御を組み立てていた。『霞斬り』が発動するよりも早く、前もって“型”を取り始めていた『ウェポンクラッシュ』によって、トーカの持つ脇差“朱鬼丸”が砕ける。武器の耐久値を大きく削る対人戦向けの防御テクニックは、薄く軽量な設計思想を持つ刀に対して非常に効果的だった。


「やりましたの!」

「なかなかやるじゃない!」


 細かな光の粒子となって砕け散る刃を見て光が歓声を上げる。怒涛の攻撃を凌ぎ続け、隙を見て『ウェポンクラッシュ』を叩き込み続けてきた成果がようやく結実したのだ。

 トーカの持つ二振りの刀のうち一つが失われた。それを好機と見てすかさずアリエスが光の背後から飛び出した。


「『三日月斬り』、『疾風連斬』、『ラッシュスラッシュ』ッ!」


 間髪なく叩き込まれる速攻攻撃。三日月斬りはトーカの手に残る驀刀“カムロマル”を弾き飛ばし、大きく開いた胸元に疾風連斬の連撃が迫る。だが、トーカはそれを、アリエスの曲刀を拳で叩き出すことで強引に避ける。アリエスはそんな不意打ちの攻撃すらも流れに取り込み、大きく旋回しながら斬撃属性の増大した剣撃を再び繰り出す。


「『噛み付く炎蛇』ッ!」


 アリエスの『ラッシュスラッシュ』を避けた先に、炎の蛇が現れる。それは鋭い声を発しながらトーカのふくらはぎに熱い牙を突き立てた。メルによって操られるアーツの蛇は、そのままトーカの袴に燃え広がる。


「いけるっ!」


 誰かが白熱する戦いに思わず言葉を溢す。

 もはや彼女達以外に誰も立ち入ることすらできない、高速戦闘だった。光が守り、アリエスが斬りつけ、メルが隙を狙ってアーツを叩き込む。即席の協力体制とは思えないほど卓越した連携を見せて、三人はトーカを追い詰めていた。

 しかし、トーカもただでは倒れない。


「『転身』『換装』」


 炎の蛇を回避テクニックによって引き剥がした彼女は、即座に装備を切り替える。裾の焦げた袴を脱ぎ捨てた彼女は、〈白鹿庵〉のメンバーも見たことのない真紅の甲冑へと装いを変える。鬼のような面で表情を隠し、額から伸びる双角もさらに赤みを深める。

 彼女は“カムロマル”をインベントリに戻し、別の刀を腰に履く。それは刃が直線に伸びた、忍刀に分類される刀だった。


「まだ変身を残してるのかい?」

「飽きさせないわねぇ」


 警戒を高めつつ、メルとアリエスが苦笑する。

 普段からトーカは腕力値――所持重量制限にかなり余裕があるにも関わらず軽装であることに疑問が持たれていた。今回の竜闘祭によって、そんな彼女の秘密が露わとなった。

 彼女はそのインベントリに、普段は滅多に使わない多くの武器を隠し持っていたのだ。


「一体どれだけ持っていますの?」

「百本くらい出てきても驚かないよ」


 メルが火炎でトーカを包み込む。当然のように、トーカはそれを忍刀で切り裂いた。

 燃え散る火炎の向こうから現れた赤甲冑の彼女は、まさしく鬼武者と呼ぶに相応しい様相である。


「――『影絶ち』」

「きゃあっ!?」


 おもむろに刀を地面に突き刺すトーカ。その瞬間、光が苦悶の声を上げる。アリエスとメルは高速で思考を巡らせ、一つの結論に辿り着く。


「わざわざ忍刀を持ち出したのって――」

「まずいっ!」


 慌てて距離を取る二人。光だけは体を縫い付けられたかのように動けない。トーカの持つ漆黒の刃の忍刀が、彼女の影を貫いていた。

 忍刀は刀剣のなかでも特殊な武器種としてあげられる。〈剣術〉スキルだけでなく〈忍術〉スキルも補正に関わってくるため、後者のレベルを伸ばしていないトーカにとっては本来使用しにくいものであるはずだ。それでも彼女が忍刀を選択したのは、それが持つ特殊性故であった。


「冷静に考えると忍刀は結構ファンタジーな武器よねぇ」

「ミカゲが色々研究を深めたせいっていうのもあるんだろうけどね」


 忍刀の特殊性、それは“影”や“闇”といったものに対して影響を与える専用テクニックが使用できる点にある。

 トーカの持ち出した長大な忍刀“クロハリ”によって使用できる『影絶ち』は、対象の影を貫くことで移動を制限させるというものだった。〈忍術〉スキルを持っていないトーカが使用したところで、その効果時間はせいぜい2秒。しかし、その2秒が分水嶺であった。


「『換装』。彩花流、伍之型、『絡め蜜』」


 大太刀、妖冥華へと持ち替えたトーカが抜刀の構えを取る。滑らかな“発声”と淀みない“型”により、その剣技は最高威力を叩き出す。


「きゃあっ!」


 琥珀色のねっとりとしたエフェクトと共に、無数の斬撃が光を襲う。それは移動阻害の状態異常を与える特殊効果を持つ技だった。2秒間全く動けなかった光は、それにより更に窮地へと追い込まれる。

 防御力にステータスを極振りしているが故に、光は元々移動速度に難がある。そこへトーカの移動阻害を受けた彼女は、もはやまな板に載せられた鯉のようなものだった。


「『完全防御――」


 せめて抗おうと、彼女が盾を掲げる。だが、彼女がテクニックを完成させるよりも、トーカの剣は速かった。


「――『一閃』」


 彼女の習得する無数の抜刀術のうち、最速の剣技。それが煌めく輝きとなって、光に迫る。


「――縛ッ!」


 刃が盾を撫でたその時だった。乾いた柏手の音が響き、地面から黒い縄が飛び出す。それは瞬く間にトーカの四肢に絡みつき、固く縛り上げる。


「うぅぅぅううううっ!」


 苛立ちと怒りに唸るトーカ。その胸に刃が生える。


「『絶影』『影縫い』『アサシネイトエッジ』――『首狩り』」


 立て続けに繰り出される剣技。トーカは背後からの一撃を受け、大きくLPを減らす。


「……姉さんは、忍刀の使い方が下手」


 膝を突く鬼武者の背後から、黒衣の忍者が囁く。トーカの影の中から現れたミカゲは、いくつも重複したクリティカルバフによって絶大な攻撃力を発揮する忍刀で姉を切り裂いた。

 トーカの意識を光たち三人へと向けさせて、彼は眈々と機会を窺っていた。影に潜み、気配を隠し、そして生まれた一瞬の隙に潜り込み、一瞬の暗殺を決めたのだ。まさしく忍者のような一撃必殺であった。


「――全く、姉を刺し殺すとは……」

「っ!」


 トーカの口から言葉が漏れ、ミカゲは驚く。外された鬼面の下、黒い瞳には理性の光が戻っていた。LPは完全に底を突き、本来ならばすでに動けないはずである。しかし彼女は、気力だけでこの時間を稼いでいた。いっそ感心してしまうほどのしぶとさにミカゲは呆れる。


「……僕は姉さんに、100回以上殺されてるんだけど」


 彼女にもはや敵意も“竜の化身”の力もないことを悟り、ミカゲはそっと体を支える。彼が地下闘技場でのスパーリングに付き合わされた鬱憤を少し晴らしただけだと主張するも、トーカは納得しない。


「姉より強い弟などいないんだから。……後で覚えておきなさい」


 ゾッとするほど低い声を響かせながら、トーカはようやく事切れる。彼女の機体が機能停止したのを確認して、ミカゲは地面に座り込んだ。

 “竜の化身”のうち、一人がようやく崩れた。その報告は瞬く間に広がり、調査開拓員たちを勇気付けることとなった。


「……怖いな」


 ただ一人、姉には逆らえない哀れな弟だけを残して。


━━━━━

Tips

◇忍刀“クロハリ”

 忍刀カテゴリ。必要〈剣術〉レベル70、〈忍術〉レベル45。

 漆黒の細い刀身を持つ大型の忍刀。鋭い先端は影をも捉え、切れぬものを切る。

『影絶ち』

 忍刀“クロハリ”専用テクニック。対象の影を貫くことで、対象自身に移動不可状態を与える。効果時間は使用者の〈剣術〉〈忍術〉スキルのレベルに応じる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る