第1059話「戦う者たち」

 竜闘祭の第二フェーズが始まった。〈大鷲の騎士団〉第二支援班に所属している俺の役目は、次々と後方へ吹き飛んでくるプレイヤーに治療を施すことだった。


「ぐわーーーーっ! ぬぺっ!?」

「負傷者来たぞ! 右腕欠損、LP2割! あとは無事だ!」

「それ無事って言わないんすよ」


 “竜の化身”とやらになった副団長や〈白鹿庵〉の狂獣二人は、いっそ笑いたくなるほど強かった。おっさんがバカみたいなテントを展開して、戦場そのものにテントバフを付与するなんていうぶっ飛んだことをしてなお、あの3人は数百人規模のプレイヤーの全力攻撃に拮抗しているんだから。正直言って、運営はゲームバランスを間違えてるだろ。

 ともあれ、俺は俺で役目を果たさねばならない。より上級の騎士団第一支援班は第一フェーズで半壊した第一戦闘班の立て直しに駆り出されているから、実質的には俺たち第二支援班が受け皿だ。

 赤兎や人斬りにぶっ飛ばされたプレイヤーを、〈回収〉スキル持ちの同僚が荷車に載っけて持ってくる。医療用テントにずらりと並べられた簡易ベッドには、腕や足が吹っ飛んだ輩がいくらでもいる。


「アンプルはいいから包帯持ってこい! あと技師も呼べ!」


 第二支援班長、鬼のドクターが怒号を上げる。俺はそれを聞いてテントの裏にあるコンテナから必要な物資を運ぶ役目だ。


「包帯持ってきました!」

「よくやった。それじゃあ、7、8、10、13番ベッドの奴は殺せ」

「了解っす」


 包帯をドクターに渡し、次の指示を受け取る。四つのベッドに横たわっているのは、レティの作ったクレーターの底から掘り出されてきた奴らだ。当たりどころが悪かったのか、全身のフレームが歪んでいる。こんな状態の奴をわざわざ技師を呼んで修理するのは、いくら時間があっても足りない。だから――。


「すまんね。『トリアージ:ラベルブラック』」


 彼らは強制的に機能停止にする。緊急停止アンプルを注入することで殺すのだ。


「クッソォ……。次こそは……」

「覚えてろよ赤兎!」


 彼らはそんな怨嗟の言葉を吐きながら目を閉じていく。そして、次の瞬間には〈ホムスビ〉のバックアップセンターで甦る。

 そもそも俺たちはロボットで、もっといえばこれはゲームだ。死んでも死ぬわけじゃない。デスゲームでもあるまいし。問題なのは、復帰に時間と手間がかかるかどうかという点だけ。物資を消費してでも生き返らせた方がいい奴と、そうでもない奴の選別をするのが、この医療テントだ。


「LPアンプルは余り気味だな。おっさん様様だぜ」

「ほっといてもLPは回復するからな。むしろ技師とパーツが足りん」


 ドクターは第三支援班の班長と何やら話している。〈白鹿庵〉のおっさんが展開しているクソデカテントのおかげで、負傷者もLPだけは回復する。問題となるのはハンマーで潰されたフレームや、刀で切り飛ばされた腕なんかを修理することのほうだった。

 おかげで〈換装〉スキルを持つ技師や〈鍛治〉スキルを持つ職人なんかは目が回るほど忙しそうにしているが、俺みたいな支援機術師はちょっとした雑用しかしなくていいから楽なもんである。


「おい」

「なんすか?」


 大変そうな裏方に想いを馳せながら重傷者にプスプスと注射針を刺して回っていると、ドクターに呼び止められる。ようやく支援機術師の出番でも来たのかと振り返ると、タイプ-ゴーレムのでかい図体が至近距離に迫っていた。


「うおっ!? な、なんなんですか?」

「ちょっとタイプ-ライカンスロープの犬が足りねぇんだ」

「足りない……?」


 凶悪な顔面を歪ませて笑うドクターに、強烈な悪い予感を抱く。今すぐここから離れなければと警鐘が鳴り響く。


「お、俺ちょっと物資の確認に――」

「おっと、そうはいかねぇぞ」

「げぇっ」


 くるりと身を翻せば、そこに技師長が立っている。第二支援班で機体修理をしている技師連中のトップだ。彼はデカいスパナを肩に載せて、絶対に逃さないという意志を露わにしていた。


「まさか……」

「生贄修理、頼むわ」

「いやだーーーっ!」


 逃げようと走り出すも、ゴーレムの腕に首元を掴まれたら逃れられない。技師長がニコニコの笑顔で近づいてきて、ウィンドウをこちらに送ってきた。


「『部品提供ドネーション』よろしくぅ」


 機体修理のためにパーツを作るのは大変だ。もっと簡単にパーツを集める方法がある。それが、他の機体からパーツを抜き取って使うこと。通称“生贄修理”と呼ばれるこの手法は、物資の乏しい戦場でギリギリの状況の場合に行われる最後の手段だ。


「オラッ! 早く臓物出すんだよ!」

「とりあえず肋骨の二十本くらいでいいからさ」

「そんなに渡せねぇよ!」


 ジタバタと足掻いても意味はない。俺みたいな支援機術師を余らせておくより、戦闘職を一人でも多く戦線復帰させることの方が優先なのだ。結局、俺はドネーションに同意する。そして、肋骨どころか全身のほぼ全てのパーツを抜き取られ、無事〈ホムスビ〉で目を覚ますこととなった。


「あの野郎! 全部持っていきやがった!」


 騎士団第二支援班は楽しい職場です。


━━━━━


「――はっ!?」


 目を覚ますと、薄緑色のジェルに満たされたガラス管の中。黄色い予備機体に意識が移されていた。


「ごぺっ」


 排水機構が動き出し、俺は金網の上に投げ出される。思い出すのは、赤髪の女の子の持つ巨大なハンマーで押し潰されるあの光景……。


「やっぱ怖えなぁ、赤ウサちゃん……」


 いくら“竜の化身”になったとはいえ、あの破壊力はそうそう出せるものじゃない。それに、動きも超重量級の特大ハンマーを持っていることが信じられないほど機敏なものだった。軽装戦士としてそれなりの実力があると自負している俺でも、彼女の動きについていけなかった。


「よし、復帰するか」


 しかし、悠長に反省している暇はない。まだレティ、トーカ、アイの誰かが倒されたという話は聞いていない。ということは、もう一度彼女たちと戦えるということだ。

 この竜闘祭は俺たちみたいな闘技場に引きこもっている対人勢にとっては垂涎のイベントだ。なぜなら、超強化されたチャンピオンや、滅多にリングに現れないトッププレイヤーと戦えるのだから。この機会を逃すわけにはいかない。

 急いで〈ホムスビ〉のバックアップセンターを飛び出すと、大橋の袂に機獣を繋いだ荷車が停まっていた。


「いらっしゃいいらっしゃい! 遺跡島行き、もうすぐ出発だよ!」

「乗せてくれ!」


 竜闘祭ではぽんぽんとプレイヤーが死に戻る。そのため、〈ホムスビ〉から〈老骨の遺跡島〉までの高速輸送を担うプレイヤーもいるらしい。ボスが倒せていない〈老骨の遺跡島〉まではヤタガラスも通っていないから、これが最速の手段になるのだろう。

 荷車に飛び乗ると、すぐに出発時間がやってくる。俺と同じく死に戻ったらしいプレイヤーをギュウギュウに押し込んで、車が動き出す。


「おっさん、こいつ銀狼か?」

「〈ビーストファクトリー〉のシルバーウルフ-05だよ。Ver2.0の最新式さ」

「マジかよ! はー、かっこいいなぁ」


 機獣使いらしいプレイヤーが御者のおっさんと何やら話し込んでいる。荷車を引っ張るデカい狼型の機獣はずいぶん高性能なようで、フィールドを勢いよく走っても全く揺れる様子がない。たぶん、荷車の方にも高性能な緩衝装置が積んであるんだろう。

 御者のおっさんが鼻を高くするだけのことはあって、荷車はあっという間に二つの島を飛び越えて〈老骨の遺跡島〉までやってくる。とはいえ、島自体はソロボルの長い体がぐるっと囲んでいるから、その手前までだ。

 ここからどうやって祭壇まで行くかというと……。


「祭壇直行軌道便はこちら!」


 〈黒猪の牙島〉の海岸にずらりと並んだ巨大な大砲。その前に立つ男が景気良く呼びかけている。荷車から降りた俺たちはまっすぐにそっちへ向かって、次々と砲身に入っていく。


「着火!」

「うおおおおっ!!」


 即座に導火線に火がつけられる。3、2、1のカウントダウンを経て、ケツのあたりで爆発が起きる。その衝撃で俺は砲身から放たれ、高い放物線を描いてソロボルの背を超えていった。

 どこかの馬鹿が考えた人間大砲。それまではとんだネタ装置だと思われていたそれが、このソロボル戦では大活躍だ。俺が飛んでいる間にも、次々と砲声が響き、黄色い予備機体が射出される。


「おかえりぃ!」


 そうしてたどり着いたのは祭壇近く。そこにはズラリと機能停止状態の機体が並べられている。通称“死体安置所”と縁起でもないところだが、騎士団の支援班や回収屋が戦場で集めて修理してくれた機体がここに置かれている。


「あったあった」


 運がいいことに、俺の機体もその中にあった。早速機体回収を行なって、装備やアイテムを取り戻す。そうしてまた、3人の“竜の化身”へ挑みに向かうのだ。


━━━━━

Tips

◇『トリアージ:ブラックラベル』

 〈鑑定〉スキルレベル60のテクニック。対象となる調査開拓員の機体損傷度合を測定し、トリアージの判断を行う。ブラックラベルと判断した場合、対象に対して機能停止処理を実行できるようになる。

“戦場においては一瞬の判断が求められる。それは、選べぬものを選ぶということである”


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る