第1058話「囮と再戦」
“竜の化身”となった3人がテクニックを解禁した。その衝撃は、“白雲”の登場や待機していた戦闘職たちの突入と比べても大きなインパクトであった。
「ぐわーーーっ!?」
「ぎゃーーーっ!?」
「ぬわーーーっ!?」
レティがハンマーを雑に振り下ろすだけで、巨大なクレーターが出来上がる。巻き込まれた数十人のプレイヤーが吹き飛び、呆気なく散っていった。
「ぎょえーーーっ!?」
「どわーーーーっ!?」
「ぬんばるばーっ!?」
トーカが刀を軽く振り払うだけで、斬撃が波のように広がる。巻き込まれた数十人のプレイヤーが機体をバラバラにして崩れていった。
“白雲”の強力なテントバフも機能しているのだが、それ以上に彼女たちの攻撃力が高いのだ。その猛攻を防げているのは騎士団重装盾兵などの防御に特化したプレイヤーか、シフォンのような回避型のプレイヤーばかりである。
2人の攻撃力は、“竜の化身”というバフを受けた状態でも、テントバフのダメージカットや威力減衰で対抗可能な計算だった。俺たちは騎士団やラクトたちが身を挺して集めてくれた情報をもとに、戦術を組み上げているのだから。
しかしなぜ、2人の攻撃にこうも呆気なく薙ぎ払われてしまうのか。理由は明快であった。
「『暴れ兎の激進歌』ッ!」
はためく巨大な軍旗に赤い兎のマークが記されている。高らかに奏でられるのは、止まることのない暴れ兎のリズム。歌うのは、後方に控えているアイである。
彼女の〈歌唱〉スキルによる支援を受けて、レティとトーカの攻撃力と移動速度が大幅に上昇している。彼女の支援によって、2人は更にステータスを伸ばしているのだ。
「全く、冗談もほどほどにしてほしいな」
輝月を繰りながら、レティとトーカの暴れっぷりに感嘆の声を漏らす。
そもそも“竜の化身”が3人になったことから想定外だというのに、そのメンバーもまた非常に相性が良すぎる。高速高威力の超攻撃的なアタッカー2人と、広範囲殲滅攻撃を持ち、更に2人を同時に支援可能なバッファーとしても動けるアイ。バッファーを最初に狙うのは定石だが、レティとトーカを出し抜いてアイに近づくのは困難だ。その上、アイ自身も近接戦闘職としてトップレベルの実力を持っているのだから、絶望的と言うしかない。
アイがレティとトーカを大幅に強化し、レティとトーカがアイを守る。そんな協力関係が構築されており、シンプルながら堅固な陣形が完成していた。
「クッソ! 前衛突破できません!」
「ええい、突撃突撃! たった2人に何十人掛かりなんだ! 人が足りないならもっと呼べ!」
「なんかもうあの2人がシュレッダーか何かに見えてきたんだけど」
プレイヤー側は次々と突撃を敢行しているが、レティたちの攻撃能力が高すぎるせいで瞬時に溶かされてしまっている。量で圧倒しようと思っても、それすらできていないという悪夢的な状態だ。
「衝撃波来ます!」
「『騒音抑制』ッ!」
俺もまた高みの見物を決め込んでいるわけではない。アイの様子を注視しているオペレーターの声を受けて、衝撃波を掻き消すためにテクニックを使用しなければならない。それにレティたちはこちらのテント破壊を真っ先に狙ってくるため、それから逃げ回る必要もあった。
なにせ、レティたちはしっかりとテントの有用性を知っているのだ。
輝月はテントの要であると同時に、レティたちを惹きつける囮としての役割も担っていた。
そして、囮がいれば呼び込んだ相手を仕留める役も当然いる。
「レッジ、危ない!」
レティがプレイヤーたちの包囲網を抜けてこちらへ迫る。ラクトが次々と氷壁を展開するが、彼女はそれをあっさりと破壊して肉薄してくる。エイミーも流石に間に合わない。
「――聖儀流、一の技、『神雷』ッ!」
レティのハンマーが輝月の胴体を破壊しようとしたその時。突如現れた白い雷撃がレティを襲う。それは間一髪のところで避けられてしまったが、それによって彼女は攻撃の中断を余儀なくされた。
その雷を放った男は、軽やかに跳躍して輝月の肩に立つ。大振りな両手剣に光を纏い、傍に白い鷹を携えて。金髪をかき上げて、青い瞳でレティを見下ろす。
「諦めてもらいましょう、レティさん。――
威風堂々と宣言する騎士団長アストラ。ついに前線へ姿を現した彼に、騎士団だけでなくプレイヤー全員が歓喜の声を上げる。
「うぅぅぅううううっ! うがああああっっ!」
勢いを取り戻した軍勢に、レティは不満げに吠える。“竜の化身”となったことで言葉は発さなくなってしまったが、不満げな表情はありありと見てとれた。
「はっはっはっ! 今こそ決着をつけましょう!」
「があああああっ!」
アストラが落ちるように飛び出す。同時にレティもまた地面を蹴って跳躍した。
戦意を高めた2人が重なり、爆発的な衝撃の余波が周囲へと広がった。
「緩いですねぇ。レッジさんと肩を並べるには動きが鈍すぎます」
「うぎいいいいっ!」
ハンマーと両手剣が激突し、火花が散る。2人は絡み合うように戦いながら、重力に引かれて落ちていく。そして当然のように受け身を取って落下ダメージをキャンセルし、相手が起き上がる前に攻撃を叩き込もうと跳ね上がる。
「2人ともすごいなぁ……」
アストラとレティの攻防は、間違いなくFPOにおける頂上決戦だ。あまりにも速度も力も思考もハイレベルすぎて、騎士団の精鋭たちですらそこに介入することができない。
レティはついに〈破壊〉スキルまで使用するが、アストラもまた〈切断〉スキルでそれを相殺する。2人の戦いの後には、空間すらズタズタに切り裂いた熾烈な戦跡が残される。
「レッジ、トーカが!」
その時、別の方向から剣撃が迫る。慌てて避けると、避けた先に別の斬撃が置かれていた。輝月を操作し、腕の一本を犠牲にすることでそれを凌ぐ。
大きく体勢を崩した俺に、彼女が迫っていた。
「トーカ!」
大太刀・妖冥華を鞘に収めたトーカ。彼女の瞳は黒い覆面に隠れているが、赤く燃える闘志が透けて見えた。彼女の抜刀術が放たれる。避けられない。だが。
「――『不斬の大盾』ですのっ!」
猛スピードで金の流星が飛び込んでくる。それは空中で巨大な盾を展開し、トーカの斬撃に合わせる。激しい音が耳を劈く。だが、盾は刀を受け止めた。
「光!」
「間に合って良かったですの。お怪我はありませんか?」
現れたのは光である。第一フェーズで敗れた彼女だったが、機体を改修し体勢を立て直し、戻ってきた。彼女が飛んできた方向を見ると、グリグリと肩を回すナース服姿のタイプ-ゴーレムの女性――モミジが立っていた。その傍には浪人のような風貌のカエデや〈紅楓楼〉の面々も揃っている。
「助かった。腕の修復をしたいんだが、時間稼ぎを頼めるか?」
「お任せくださいな。守るのは得意ですの」
切り落とされた輝月の腕は、駆け付けてきた戦場鍛治師たちによってすでに修復作業が行われている。その間、トーカから守ってもらいたかった。
光は自信に満ちた表情で頷く。彼女の本領発揮であった。
「来るぞ――ッ!」
トーカが再び刀を鞘に納める。そして、次なる攻撃を繰り出そうとしたその時だった。
「私を忘れないでね♡ トーカちゃん!」
星が降る。
空を突き破って現れた隕石がトーカを襲う。彼女はギリギリのところでそれを避けたが、飛び退いたことで体勢が崩れる。そこへ双曲刀の連撃が追いかける。更にトーカの逃げる先を制限するかのように、次々と業火が吹き上がる。
「くふっ。負けっぱなしというのも嫌だからね。リベンジマッチと行こうじゃないか」
歌うような詠唱で、火柱がうねる。周囲はたちまち火の海となり、トーカが足を置く場所も大きく制限された。
「アリエスにメルか。助かる」
「別にあなたのために来たわけじゃないわ。私がまだトーカちゃんと遊び足りないだけよ」
ツンツンとした態度のアリエスに思わず苦笑する。
集まったのは第一フェーズで敗れた面々だ。彼女たちもトッププレイヤーとして名を馳せている以上、転んでもただでは起き上がらない。第二フェーズで“竜の化身”を破るため、刃を研いでいた。
「さあ、くんずほぐれつ遊びましょう♡」
アリエスが双剣を構える。彼女の方へ顔を向け、トーカは刀を持ち替える。脇差“朱鬼丸”と驀刀“カムロマル”の二刀流。アリエスを一度倒した武器である。しかし、退治する占い師は余裕を崩さない。むしろ、彼女がその刀を持つことを望んでいたようですらあった。
「一度見せた技が二度通用するとは思わないでね、トーカちゃん」
2人の体が同時にブレる。次の瞬間、激しい鍔迫り合いと共に、彼女たちは互いを睨みつけていた。
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Tips
◇『不斬の大盾』
〈盾〉スキルレベル65のテクニック。斬撃属性に対して非常に高い耐性を持つ構え。反面、打撃属性や刺突属性には弱い。
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