第1057話「本番の開始」
電磁カタパルトのレール上を滑り、勢いよく射出されたのは、第一次〈万夜の宴〉でも活躍した大型機獣テント“輝月”をベースとした新型だ。その外観は、雄々しい枝角で頭部を飾った、鹿頭の人型をしている。白をベースとした金属装甲で、高さはおよそ20メートルと特大機装カグツチよりも更に巨大だ。その手には長い槍を携え、周囲には攻撃、観測支援を行う高速機動ドローンが付き従っている。
一見すると到底テントには思えない巨大な人型ロボットとなった“輝月”だが、実際これは厳密にはテントではない。あくまでテントを構成する一部品である。
『第一から第六ブロックのリンク正常』
『“輝月Mk.Ⅱ”問題ありあせん』
『領域型テント“白雲”、正常稼働』
共有回線から各所のステータスを見てくれているオペレーターの声が流れる。
このテント――“白雲”は今までも何度かあったように複数の要素を結合して構成される複合式テントだ。六つの祭壇はテントの天幕を固定するペグの役割を果たし、領域を設定する。その内側であれば“輝月Mk.Ⅱ”が自由に動けるのだ。
コンセプトは戦場支配。テントを戦場に置くというよりも、戦場をテントとすることで、テントによって得られる強力なバフを常に受けられるようにする。
「――ぅぁぁあああああああっ!」
景気良く飛び出し、そのままプレイヤーの隊列を飛び越えて最前線へと着地する。そのタイミングで、早速アイが喉を引き締める様子が確認された。
『広範囲衝撃波来ます!』
『遮音体勢!』
共有回線に流れる声が慌ただしくなる。だが、俺は構わず前へ進み、槍を地面に突き刺した。
「まずは機能確認からだ。――『騒音抑制』」
槍がヴン、と震える。その瞬間、六つの柱で囲まれた“白雲”の内部から音が消える。アイが大きく口を開いて喉を震わせているが、その声も届かない。衝撃も来ない。
輝月の足元にいたラクトたちが、驚いて俺を見上げている。彼女たちの反応に優越感を覚えつつ、俺は槍を地面から引き抜いた。
「――にをやったの!?」
途端にテントの内部で音が戻る。ラクトが“輝月”の胸部に収まっている俺に向かって声を上げていた。
「何って、音を消しただけだが」
あえて何でもないように言ってみると、彼女が露骨にイラついていた。
とはいえ、実際その通りだ。俺はテント内部の音を掻き消した。現象としてはそれだけのことである。
テントというのはフィールド上における居住空間だ。そして、居住空間では騒音をいかに解消するかが重要な問題となる。快適な住環境を維持するためにも風のざわめきや獣の吠え声などが聞こえては落ち着けないし、隠密型テントであれば中での声や物音が漏れ出すだけで原生生物を警戒させてしまう。
そこで使用されるのが『騒音抑制』という〈野営〉スキルのテクニックである。消音効果のあるアセットを使うことで、テント内部の音を消す。逆位相の音波を発してノイズキャンセリングを行うなどメカニズムは様々だが、今回は輝月が持っている巨大な槍に消音機能を搭載している。
「とりあえず、これでアイの衝撃波はいつでも無効化できる」
「……騎士団が壊滅するレベルの攻撃なんだけどなぁ」
自身もかなり頑張ってシフォンたちと協力して衝撃波を凌いでいたラクトがぐったりとした様子で言う。とはいえ、騎士団とラクトたちが衝撃波を受けてくれたおかげで、消音機能が完成させられたのだ。彼女たちの努力は無駄ではない。
「そういうわけだから、支援は任せろ。レティたちをぶっ飛ばしてくれ」
「ええっ!? レッジが戦ってくれるんじゃないの?」
槍をついて直立不動の構えを取ると、ラクトが驚いた顔になる。
「何言ってるんだ。テントが戦えるわけないだろ」
「少なくとも輝月は機獣でしょ!」
それはまあラクトが正しいのだが、よく考えてみてほしい。レティもトーカも普通のプレイヤーサイズで、しかも機動力を重視した戦闘スタイルだ。全長20メートルのデカいロボットが動いても戦えるはずもない。
「やああああっ!」
「はぁっ!」
そんなことを説明している間にも、レティとトーカはこちらへ迫る。俺は再び槍を振り、次なるテントの機能を開放した。
「『送風循環』ッ!」
「ぬわーーーーっ!?」
六つの祭壇、槍、そして輝月の排熱機構が動き出し、猛烈な風の渦が領域内に吹き荒れる。あまりにも強い風圧に、レティとトーカが巻き上げられ吹き飛ばされる。
『送風循環』はテント内を換気するためのテクニックだが、“白雲”ほどの規模になればちょっとした大嵐だ。
「ちょっとわたしたちまで吹き飛ばされそうなんだけど!」
「すまん。耐えてくれ!」
ちなみに攻撃ではなくあくまで換気なので、普通にプレイヤーにも影響がある。ダメージこそ発生しないが、軽いタイプ-フェアリーのラクトなどはエイミーに捕まっていないと浮いてしまう。
しかし、ラクトたちが混乱し、レティたちが高く吹き上げられたその時だった。
「『飲み込む業火の大蛇』ッ!」
突如火炎がうねり、巨大な蛇となって空中を舞うトーカを喰らう。直後、休む間もなく次々と大規模なアーツが吹き荒れ、レティたちを襲った。
「うわぁ!? せ、〈
驚くラクトの視線の先に、彼女たちは泰然と立っていた。
「クフフ。この領域はレッジのテントの中……。ということはLP使い放題、アーツ撃ち放題のフィーバータイムってこと。さあ、早くしないとワシらが3人まとめて仕留めるよ!」
メルの意気軒昂な声に続いて、他のプレイヤーたちからも次々とLPコストの重たい大技が繰り出される。
戦場そのものがテントとなった事で、内部にはいつものテントバフが更に強力に展開されている。使ったLPはすぐさま回復するし、仮にゼロになっても3秒以内であれば生き返る。更に6,000ダメージ以下の被弾はそもそもカットされてしまう。
俺と“白雲”が維持されている限り、プレイヤーたちはほとんど死ぬことを考えなくて良くなった。
「あ、相変わらずぶっ飛んでるわね……」
一斉に勇ましい声を上げて走り出すプレイヤーたち。彼らを見ながらエイミーが言う。実際、“白雲”の展開するテントバフはこれまでのものと比べても遥かに強力だ。それもこれも、ネヴァが用意してくれた“龍玉”の莫大なエネルギーがあってこそである。
「でも、大丈夫かな……」
絶望的な状況から一気に希望がもたらされ、今まで騎士団の背後に隠れていたプレイヤーたちも勇気を取り戻す。だが、勢いよくレティたちの元へ突っ込む彼らを、シフォンが不安そうな顔で見ていた。
どういうことかと疑問に思った、その時だった。
「――『大地圧壊の衝撃鎚』ッ!」
大地が揺れる。そして、陥没する。
ゆうに直径50メートルを超える巨大なクレーターが、多くのプレイヤーを巻き込んで穿たれる。
その中心で赤い髪を荒ぶらせるのは、レティである。
「たった6,000程度のダメカ、3秒程度の無敵時間。その程度、なんの問題にもならないってことか……」
“白雲”によって強力なバフが展開された。しかし、それを上回るほどの破壊力であれば、彼らも負けてしまう。
熱い吐息を吐き出しながら、彼女はゆっくりと顔を上げる。彼女自身の意思で動いていないはずだが、その瞳には破壊の衝動が色濃く現れていた。
「『聳える雪嶺の剣尾根』」
そしてまた、トーカも。彼女が大太刀を一薙ぎするだけで、屈強な戦士たちが溶けていく。
「――『勇ましき騎兵の軍歌』ッ!」
鳴り響く勇壮なリズム。広く響き渡ったその音楽がレティとトーカの身体能力を更に向上させる。
「……ついにテクニックを解禁したか」
「ここからが本番って事だね」
今まで通常攻撃しかしてこなかった“竜の化身”が動き出す。異次元にまで高められたステータスによる圧倒的な暴力が、津波となって押し寄せた。
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Tips
◇複合領域型テント“白雲”
超大型機械獣領域内戦闘拡張アタッチメント結合テント“輝月-Mk.Ⅱ”、多機能支援高速機動ドローン、特大機槍、および六本の支柱によって構成される複合式テント。フィールド一つを範疇に収める大規模なテントであり、内部領域の支配に重点を置いている。そのため、テントの周囲には排気排熱機構によって白い濃霧が吹き出し、その名の通り白い雲の中のような光景となる。
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