第1055話「その音を刻んで」

「『取り囲む凍結氷壁』」


 ラクトの放った矢が地面に突き刺さると同時に、周囲に氷の壁が立ち上がる。それはレティをすっぽりと囲み、動きを封じるように凍結させた。しかし。


「せいっ!」


 レティが軽くハンマーを振るうだけで、氷壁はあっけなく粉々になる。欠片を押し除けて飛び出してきた彼女は、最も近い位置に立つエイミーへ襲いかかる。


「やっぱり生半可な妨害は無意味だね」

「でも、今のところテクニックは使ってないよ」


 エイミーが拳盾でハンマーを受け止める。わずかな瞬間を狙ったジャストガードを軽々と発動させ、レティが勢いよく後方へと吹き飛んだ。


「てやーーーっ!」


 そこへすかさずシフォンが飛び込む。レティの懐に潜り込んだ彼女は、瞬時に生成した炎の手斧を叩きつける。脆い機術製の武器はただの一撃で壊れるが、その瞬間に最も高いダメージを叩き出す。

 しかし、レティはそれをハンマーの柄で受け止めると、軽やかに振り回してシフォンの腹へ石突を突き込んだ。


「ほぎゃーっ!?」

「しふぉん! 大丈夫!?」


 吹き飛ばされたシフォンは地面を転がり、泥だらけになりながらも立ち上がる。すかさずアンプルを砕いているが、一撃で即死しなかっただけ幸運だ。


「シフォンも占いで行動予測できたりしないの?」

「わ、わたしはアリエスさんほど賢くないから!」


 シフォンに追撃が向かわないよう、エイミーがレティを押さえつける。3人は連携を密にしながら、レティに攻撃を加えていた。とはいえ、彼女たちのそれはレティを仕留めるものではなく、むしろ騎士団の行おうとしていた情報収集戦闘を念頭に入れたものだ。


「『五月雨射ち』!」


 ラクトが矢を次々と撃ち出す。レティはタイプ-ライカンスロープの機動力を最大限に発揮し、それを避けていく。彼女の広がった赤髪を矢が貫くが、ダメージを与えることはできないでいた。


「テクニックを使わないってのも厄介ね。――『リフレクトガード』ッ! ――一応LPシステムは有効みたいだけど、自滅が狙えないわ」


 レティのハンマーを弾きつつ、隙を見て拳を突き込みながら、エイミーが眉を顰める。“竜の化身”となっても、彼女たちが調査開拓用機械人形であることに変わりはない。原生生物とは違い、HPではなくLPでエネルギーを管理している点も同じだ。

 そのため、むしろ大業を連発してくれた方が、LPの減少が加速して勝利が近づくという考え方もできた。

 しかし、レティは“竜の化身”となってから一度もテクニックを使っていない。まるでLPを温存しているかのようだ。


「トーカの方はどうなってる?」

「流石は姉弟って感じだね」


 ラクトは離れた場所で暴れている2人に目を向けて言う。土がえぐれ、岩が粉々に切り刻まれる斬撃の嵐が展開される中で、ミカゲが飛び回っていた。

 エイミー、ラクト、シフォンの3人がレティを抑えつつ情報を集めているのと同時に、ミカゲとLettyの2人がトーカを相手取っていた。しかし、ミカゲもLettyもエイミーのように防御力に優れた盾役というわけではない。2人はトーカの注目を引き付けつつ、彼女の攻撃を回避し続けることでなんとか生き残っているという状況であった。


「ミカゲはトーカとスパーリングしてたもんね。動きには慣れてるみたい」


 主にトーカの攻撃を受けているのはミカゲである。彼は日頃から姉の鍛錬相手という名目で闘技場へ引き摺られていた。そんな姉弟故のしごきによって、“竜の化身”となったトーカの攻撃も完全に見切ることができていた。

 騎士団の盾兵たちでは抑えきれなかったトーカも、彼女の動きを文字通り身をもって熟知している彼ならば凌ぎ切れる。


「とりあえず、動きは普段のトーカたちからそう変わらないって考えていいのかな」

「そういうことでしょうね。レッジがボスになった時も、動きは変わらなかったし」


 あの時とは状況が異なるが、機体が乗っ取られて敵対してしまうという点では共通している。エイミーたちの読みでは、レティもトーカも、本来の彼女たちの戦闘スタイルから大きく逸脱した動きはしない可能性が高かった。


「とはいえ、向こうもこっちも仕留めきれないね」

「向こうのバフが強すぎるのよ。多少殴ってもすぐ回復しちゃうんだから」


 情報収集を第一としているとはいえ、ラクトたちも殺す気でレティに攻撃を仕掛けている。しかし、三対一の状況にも関わらずレティのLPはさほど減っていない。彼女自身がLP消費の重いテクニックを使用していないことと、“竜の化身”のバフによってLP総量が増大し、更に自然回復速度も大幅に増強されているのが理由だった。

 また、トーカの方はそもそもミカゲの攻撃力が低く、Lettyもなかなか隙を見つけて攻撃を繰り出せないといった状況から、有効打は与えられていない。

 そして、厄介なことに彼女たちの相手はレティとトーカだけではない。


「衝撃波来るよ!」


 後方で戦況を俯瞰していたラクトがいち早く気付く。彼女は咄嗟に氷壁を立ち上げ、少しでも衝撃を緩衝できるように祈る。


「鏡威流、一の面、『射し鏡』ッ!」


 同時に、エイミーが鏡を展開する。敵の攻撃を反射する特殊な鏡だ。だが、それが効果を発揮するのは、敵の攻撃を真正面から受け止めた場合のみ。たとえ衝撃波の発生源であるアイを正面に捉えたとしても、円状に広がる衝撃波の全てを反射することはできない。


「『ファイブドロー』! 『運命変転』、『カードコネクション』、『天命』、『起死回生』!」


 だが、〈白鹿庵〉には世界の法則そのものを捻じ曲げ得る者がただ1人だけ存在した。彼女は三角形の耳をピンと立て、ふわふわの尻尾を揺らし、体の周囲に数枚の輝くカードを展開させていた。

 彼女が口早にテクニックを捲し立てるたび、カードが次々と変化していく。配置の順番が変わり、上下が変わり、意味が変わる。シフォンは与えられたカードを一瞬で認識し、望む効果を得られるように構成を組み換えていく。


「なんか、1人だけ魔法少女みたいだねぇ」


 衝撃波が放たれるまでのわずかな時間を少しでも稼ぐため、無数の氷壁を連ねながら、ラクトが苦笑する。超科学的なテクノロジーが支配するこの世界において、彼女の存在はファンタジーそのものであった。

 シフォンは星の巡りにすら意味を見出し、自身へ注ぐ力へと変換する。彼女という炉に星の力が注ぎ込まれ、爆発的なエネルギーが生産される。


「『アルカナの導き』」


 並べられたカードが意味を決定する。


「――『歪む世界の捩れた輪塔』」


 景色が捩れる。地平線が曲がる。爆発した力が理に則って流れる。それは一時的に、調査開拓団の持つ科学技術すらも超越し、空間を歪める。物質系と称される三つのスキルでのみ可能な、空間そのものの破壊。それを、彼女は理外の力を用いて実現していた。


「――アアアアアアアアアアアアアッ!」


 放たれる衝撃波。全方位へと広がる大波は、しかし空間が歪んだことによって形状を変える。


「ぬおおおおおおっ!」


 暴れ回る馬の手綱を握るように、シフォンは猛烈なエネルギーの奔流に耐えていた。彼女が制御を手放せば、衝撃波は仲間たちも飲み込んでしまうだろう。

 歪んだ空間に入った衝撃波は向きを変え、一点へ収束していく。


「音だけで割らないで欲しいんだけどねぇ!」


 一つの束へとまとまった衝撃波が、ラクトの並べた分厚い氷壁を次々と破壊していく。それは多少の緩衝材にもならず、瞬く間に轟音と共に崩れ落ちる。

 だが、それで役目を果たしていた。


「――とん、とん、とん」


 戦場においてリズムを使いこなすのは、アイだけの専売特許ではない。

 優れた時間分解能を持ち、刹那の瞬間を正確に捉えることができるエイミーもまた、リズムを利用する。氷壁が次々と壊れる音を聞き、衝撃波が今どこにあるのかを正確に捉える。そして、その最後方にて、鏡を備えて待ち構えている。


「――ここっ!」


 衝撃波が最後の氷壁を打ち破り、エイミーの元へと迫る。その瞬間に、彼女も正確に重ね合わせる。押し出された鏡が、ジャストガードを決める。音速で迫る波を、一瞬のタイミングで受け止める。

 その結果。


「――――ッ!」


 全ての音が、相殺された。


━━━━━

Tips

◇『歪む世界の捩れた輪塔』

 アルカナの導きによって顕現する特異現象。『力』『運命の輪』『世界』『節制』『塔』の5種のカードを定められた位置に並べることで発現する。

 対象の周囲、世界そのものを大きく歪め、力の方向を変える。逃げる者は自ら姿を現し、攻める者の矢は彼方へと飛ぶ。


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