第1054話「捨て身の騎士」

 “竜の化身”となったレティたち三人が動き出したのは、俺たち調査開拓団側の用意が整った後のことだった。まるでこちらの準備が終わるのを待っていたかのように、万全の体制となったのと同時に第二フェーズが始まった。


「重装盾兵、全力防御!」

「うおおおおおっ!」


 横一列にずらりと並んだタイプ-ゴーレムの重装盾兵たちが、巨大で分厚い特大盾をずらりと並べて構える。アストラの号令を受けて、彼らは盾の機構を展開した。

 〈大鷲の騎士団〉の重装盾兵たちは全員が同じ盾を使っている。“正式採用型連結式重装特大多重複合装甲盾”という名前で、騎士団の紋章だけが表面に記された無骨な盾だ。それは光の“私の高貴なる黄金宮殿ゴールデンパレス”と同様に底部から勢いよくスパイクが突き出し、地面に固定させる。そしてさらに、左右の接合部が隣の重装盾兵が持つ装甲盾と繋がり合い、連結する。

 これにより、騎士団は広範囲を守る壁を作り上げるのだ。


「貫通機術用意! 弾幕密度、5! 泥沼展開、はじめ!」


 壁となった重装盾兵の背後にて次々と詠唱を始めているのは、騎士団攻性機術部隊の面々である。第一戦闘班所属の精鋭を中心に、第二戦闘班以降の機術師たちが詠唱を行う。〈七人の賢者セブンスセージ〉の輪唱詠唱とはまた性格の異なる術式運用で、メインとなるアーツを補助するような、相乗効果を期待するサブアーツを展開するものだ。

 それと同時に、支援機術部隊も喉が渇くほど続けていた詠唱をバフからデバフの術式へと切り替える。彼らが活性化したナノマシンパウダーの光弾を投げ、それが地面に落ちると、乾いていたものがドロドロとした泥濘へと変わっていく。更にその中から巨大なイカやタコを思わせる触手が飛び出し、積極的に沼の中へ引き摺り込もうと息巻いている。


「さあ、まずは前哨戦だ」


 彼らの準備が整ったのを見て、アストラが静かに息をつく。

 直後、大地を揺るがす衝撃と天を落とすかのような轟音が響く。現れたのは、“竜の化身”となったレティとトーカである。


「迎撃地点を越えさせるな! タンクは死んでも耐えろ!」

「射撃用意! ――撃てッ!」


 祭壇から飛び降り、大地を走る2人の少女。彼女たちが特定のラインを超えた瞬間、待ち侘びていた機術師たちの一斉攻撃が降り注いだ。稲妻が貫き、氷が落ちる。業火が蠢き、大地が割れる。全ての天変地異をそこに集めたかのような、地獄のような光景が広がる。


「機術封入弾! 撃て!」


 その煙幕が晴れないうちに、第二射が叩き込まれる。今度は事前に弾を込めていた銃士たちによる一斉射撃である。更に間断なく弓師によって雨のように矢が降り注ぐ。

 テクニックによる回避であっても、避けきれないほど長時間高密度広範囲の制圧攻撃である。騎士団が誇る多人数による連携の取れた攻撃は、並のボスエネミーであれば手も足も出ないほどの威力を誇る。

 だが――。


「これで終わるほど柔ではないか」


 アストラが嘆息する。

 次の瞬間、身構えていた重装盾兵の列が吹き飛んだ。


「防御列破綻! 死者6名、重症者8名!」


 即座に挙げられた報告に、アストラも乾いた笑いを漏らす。回避不能の攻撃を全て受けた上で、それほどの力を発揮できるとは。盾兵の周囲は支援機術師によってデバフが振り撒かれていたはずだというのに。


「防御列再び千切れました! こ、こちらはトーカです!」

「戦線後退。第二次迎撃ポイントの準備を」


 “竜の化身”となったレティとトーカの力は予想を遥かに超えていた。

 確かに、第一次迎撃ポイントは彼女たちの戦闘能力を測る情報収集戦闘としての役割を兼ねていた。それでも、一応3分程度は保たせる予定だったのだ。それが、たったの一撃で破綻した。


「2人の攻撃目標は?」

「今の所特定できません。近くのプレイヤーを手当たり次第に破壊して回っているようです」

「なら好都合だ。第一次迎撃ポイントの盾兵に完全防御姿勢を支持しろ。1人で5秒保たせればいい」

「りょ、了解!」


 アストラの指示を受け、部下は即座に伝達する。

 調査開拓員と敵の違いは、死んでも良いかどうかだ。死ぬことが敗北条件であるレティたちとは異なり、アストラたちは何人死んでも構わない。むしろ、殺すのに時間をかけさせるほど、後方の仲間が対策を整える余裕が生まれる。

 〈大鷲の騎士団〉は特に、そんな捨て身の戦法を得意としていた。第一次迎撃ポイントで列を作る重装盾兵たちは、自分が死ぬことなど織り込み済みなのだ。


「レッジさんの準備は?」

「現在、30%と少しです」

「なら、もう少し時間を稼がないとな」


 そして、第二、第三次迎撃ポイントに控える騎士たちもまた、自分がレティとトーカの2人を倒し切れるとは微塵も思っていない。彼ら〈大鷲の騎士団〉の使命は、彼女たちの力を全て引き出し、後方に控えるプレイヤーたちがそれに応じた戦法を組み上げるだけの時間を稼ぐ、ただそれだけである。


「レティ、トーカ、共に第二次迎撃ポイントへ到達! レティによる広範囲攻撃が被害甚大です!」

「まったく厄介だな」


 レティとトーカは、すでに彼女たちの意思を持っていない。ソロボルが与えた祝福によって、殺戮を繰り返すだけの存在となっている。厄介なのは、2人が素の状態であっても騎士団が手を焼くほどの戦闘能力を備えている点だ。

 トーカの抜刀術に反応できる者は少なく、レティの破壊力に耐え得る者は更に少ない。よって、騎士たちは斬撃によって吹き飛ばされ、打撃によって地面に穿たれたクレーターの底に沈んでいた。

 綺麗に整地がされていた戦場が、瞬く間に機械人形の残骸が散乱し凸凹と大穴がいくつもできた地獄のような荒野へと姿を変える。

 そして更に状況は悪いのだ。


『――ァァァァァアアアアアアアアアッ!』

「ッ! 総員、遮音装備装着!」


 低く響く声。それを聞いた瞬間、アストラは指示を下す。同時に自身もヘッドフォン型の遮音装備を装着し、更にしゃがみ込む。


『アアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


 放たれる大声。絶叫。咆哮。

 それは波となり、第二次迎撃ポイントで構えていた騎士たちを吹き飛ばす。


――第二次迎撃ポイント崩壊。

――第三次迎撃ポイントも半壊しました。


 無音の世界で、副官たちがアストラに状況をハンドサインで報告する。

 三人目の“竜の化身”――〈大鷲の騎士団〉副団長のアイによる広範囲殲滅衝撃波によって、第二次、第三次迎撃ポイントはレティたちの接敵を待たずに崩れた。

 これでも、アイの攻撃を見据えて遮音障壁術式などを展開していたのだ。しかし、そもそも遮音効果を必要とする状況がこれまで少なかったこともあり、研究が進んでいない。生半可な術式では、アイの絶叫に耐えられない。


――レティとトーカは?

――問題なく動いています。


 一縷の望みをかけた問いかけも、絶望を返してくる。同じ“竜の化身”には、衝撃波も大音量も影響がないらしい。


「――残存人員を再編成し、第四次迎撃ポイントの構築を急げ」


 遮音装備を外し、アストラは即座に指示を出す。衝撃波は後方に控えていた騎士団以外のプレイヤーにも影響を与えているだろう。少なくとも、彼らが体勢を立て直すだけの時間は稼がねばならない。

 だが、副官たちが指令を伝達するよりも早く、急報が上がってくる。


「ほ、報告! 〈白鹿庵〉の皆さんが前線に!」

「レッジさん!?」


 それを聞いた瞬間、アストラが声を上擦らせる。だが、戦場に彼の気配はない。そもそも、彼はまだ準備ができていないはずだ。


「れ、レッジさん以外の5名です」

「そうか。……ひとまず、彼女たちに任せよう」


 落ち着きを取り戻したアストラが頷く。一瞬にして崩れ去った最前線に、五人の男女が立っていた。

 エイミー、ラクト、シフォン、ミカゲ、Letty。猛烈な勢いで接近してくるレティとトーカの仲間たちだ。


「支援リソースを全て彼女たちに回せ」

「い、いいんですか?」

「そっちの方が可能性が高い」


 アストラの指示を受け、騎士団の生き残った支援機術班の人員が次々と5人にバフを掛けていく。

 数十人の重装盾兵を並べるより、あの五人に希望を託したのだ。


「さ、〈白鹿庵〉がレティたちを引きつけている間に被害状況の確認と立て直しだ。急げ急げ!」


 アストラに発破を掛けられ、騎士たちが慌ただしく動き出す。

 それと同時に、〈白鹿庵〉が動き出した。


━━━━━

Tips

◇ “正式採用型連結式重装特大多重複合装甲盾”

 〈大鷲の騎士団〉重装盾兵のために開発された特大盾。1000kgを越える超重量を誇り、屈強な調査開拓員でなければ持ち運ぶことも困難。位置固定用スパイクや、機術緩和障壁、また試作段階の術力拡散障壁などを備え、さまざまな攻撃に対する圧倒的な防御能力を実現した。

 また、この盾の真骨頂は、同じものを複数個横に並べた際に発揮される。左右にある接続機構を展開させることで、同型の盾を相互に連結させることができる。これにより、より広範囲にわたって、より強い衝撃に耐える鉄壁の布陣を展開する。

 これこそが集団としての強さを求めた騎士団の真髄を体現するものであろう。


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