第1053話「一方その頃」

『おっにっくっ! おっにっくっ!』

『にくをだせー! くいものだせー!』

『われわれは生存権を! 主張するー!』


 シード02-スサノオ近郊に建設された〈マシラ保護隔離拠点〉では、プロトコル“形代写し”によって姿を変えたマシラたちが大声を張り上げて訴えていた。彼らの要求するものはただ一つ、有機的な栄養素を含む食料の供給である。問題となっているのはその量で、この拠点では現在、通常の地上前衛拠点スサノオが一日で消費する食料リソースを半日で食らい尽くしていた。

 通りを埋め尽くすマシラたちの姿は様々だ。一番に目立つのは巨大な鯨に似た姿をしたもので、全長40メートルを超える巨体を揺らし、大きな口を開いて吠えている。その背中にも猿型や鳥型など、多種多様なマシラが山のように乗っている。


『にくをだせ! たんぱくしつだ!』

『たんぱくしつだー!』


 蜘蛛の下半身に女性の上体を取り付けたような異形のマシラが、施設の壁面保護被膜を剥ぎ取って作った即席のメガホンを口に添えて叫ぶ。彼女の轟く声に、足元に居たダンゴムシのようなマシラたちも触覚を震わせて続く。


『お肉をだせー! お腹がへるのは、健康で文化的な、最低限度の生活を下回っている!』

『いるー!』


 そして、この大規模なデモ集団の先頭に立つのが、変異マシラ第一号ことミートである。どのマシラよりも先んじて変異した彼女は、急速に知性を高めていた。そして、彼女は周囲の変異マシラたちを率いて、こうして抗議活動を行っているのだ。


『マシラ諸君に告ぐ! 即刻暴動を停止し、速やかに各自指定された収容室へと退却せよ! 繰り返す! マシラ諸君に告ぐ! 即刻暴動を停止し――』


 彼女たちの主張に対して、施設各所に設置されたスピーカーから管理者であるウェイドの声が響く。


『うるさーい!』


 だが、そんな彼女の勧告も一蹴される。喉元に袋状の器官を有するカエル型のマシラが、スピーカーの音を上塗りするほどの大声で叫ぶ。ビリビリと空気が震え、次々と施設の機器が破壊されていく。

 中央の管理塔でそれを見ていたウェイドは、彼女たちの傍若無人っぷりにげっそりとしていた。〈マシラ隔離保護施設〉という看板も、これでは形無しである。


『……勝手に外に出ちゃだめ』


 だが、マシラたちが我が物顔で闊歩する保護施設において、唯一の対抗手段と言える存在が1人だけいた。

 大通りを練り歩くミート達の前に立ち塞がる、1人の少女である。


『むぅぅ。また邪魔するの?』

『邪魔してるのは、ミートの方。大人しくしてないと、だめ』


 変異マシラたちの先頭に立つミートと、彼女が対峙する。

 艶やかな黒髪は腰のあたりまで伸び、それを掻き分けて立派なツノが二本、頭側部から生えている。尾骶骨の延長からは長くしなやかな尻尾が伸び、肩甲骨のあたりから骨の浮いた厳しい皮翼が広がっている。

 アーモンド型の瞳を真っ直ぐにミートへと向け、薄い唇を不機嫌そうに曲げている。

 なにより、彼女は背丈をヒューマノイドを優に超えるほどまで伸ばし、体格もより女性らしく変化させている。


『もう邪魔はしないでって言ったでしょ! イザナギ!』

『だめ。ミートたちが大人しくしないといけない』


 頭頂部の花を揺らしながら叫ぶミート。彼女を見下ろしながら毅然と言い返すのは、多くのマシラたちの術力を取り込み、更に成長を果たしたイザナギであった。

 理論上無限の戦闘能力を持つマシラに対して、イザナギは調査開拓団が唯一持てる対抗手段と言える。その存在自体を制限することができないため、現状はイザナギの意思によって調査開拓団側に協力してもらっているような状況ではあるが。

 イザナギはレッジから、第二封印杭探索の間マシラたちを抑える役目を頼まれているため、今もそれを遂行しているのだ。


『うるさーーーい! 今度こそミートが勝つ!』

『無理。大人しく帰って』


 感情を爆発させたミートがいっそう花弁を震わせる。ボフン、と爆発した花の中から周囲へ振り撒かれたのは、花粉による煙幕だ。それは有害な毒素を含有し、無防備な原生生物を瞬く間に蝕む。また、機械である調査開拓員や警備NPCの内部基盤にまで入り込み、破壊してしまう凶悪な性質も有していた。マシラの能力と原始原生生物の危険性が悪魔的な合体を果たしたが故に、それはウェイドですらおいそれと手を出せない凶悪な兵器と化しているのだ。


『だめ』


 しかし、それもイザナギには届かない。彼女が背中の翼を軽く動かしただけで、周囲に台風もかくやという程の暴風が吹き荒れる。それは呆気なくミートの花粉を吹き飛ばし、それだけでなく小型の変異マシラたちも無造作に散らした。ついでに施設の設備もいくつか半壊させた。


『むううっ!』


 ミートは何度も変異マシラたちを率いた抗議運動を起こしており、その度にイザナギによって鎮圧されている。この程度は前哨戦にもならないことは、彼女も織り込み済みだ。

 頭上に大輪を咲かせた少女は、太い蔦を次々と伸ばす。縦横無尽に暴れ回るそれは、最先端の技術がふんだんに導入されたビルの特殊装甲を凹ませ、吹き飛ばす。鞭のようにしなる蔦の先端は音速を超えて風を切り、甲高い音を発しながらイザナギへと迫る。


『部屋に戻りなさい』

『ぎゃあっ!?』


 だが、イザナギはそれを素手で受け止める。一瞥もせず掲げた手で蔦の鞭を受け止め、掴み、引っ張る。それだけでミートの軽い体は浮き上がり、空中に隙を晒した。


『むんっ!』


 ミートは膝を折り込んで身を丸め、防御姿勢を取る。直後、地面を蹴って足元にクレーターを作ったイザナギが彼女の側まで飛び上がり、軽く拳を突き込んだ。

 ドガンッ、とまるで重砲を撃ち込んだような轟音が鳴り、衝撃波が輪状に広がる。その余波だけで変異マシラたちが蜘蛛の子を散らすように吹き飛んでいく。直撃を受けたミートもまたビリヤード玉のように吹き飛ぶが、即座に展開した蔦を周囲のビルに巻きつけることで、それらの破壊を代償に踏みとどまる。


『てりゃああああっ!』

『諦めて』

『いやだ! お腹すいた!』

『もうすぐご飯がくる』

『何回も聞いた! でも全然来ない!』

『リンゴがたくさんある。お米ももうすぐ次の分がくる』

『お肉が食べたいの!』


 空腹な妹とそれを諌める姉のような、ともすれば微笑ましくも思える会話だ。しかし、それと同時に展開されているのは、一撃ごとに衝撃波が広がり、周囲に甚大な被害を与える激戦である。

 もはやミートもイザナギも、そんじょそこらの原生生物が太刀打ちできないほど強大な力を有していた。彼女たちが拳を振るうたび、数百メートル先のビルの横腹に穴が開く。


『うおおおっ!』

『やれー! そこだー!』

『まけるなミート! おにくをかちとれ!』


 そして、変異マシラたちは食事の次に闘争を好む。ミートとマシラの激戦は、結果的に空腹を訴える彼らの不満を一時的に忘れさせる余興として機能していた。

 クジラや眼球やアラクネの姿をした変異マシラたちがリングを作り、その内側でミートとイザナギが戦う。

 ミートはレッジの種瓶から取り込んだ原始原生生物の遺伝子情報を活用し、様々な能力の植物を次々と生成する。それらは時に核弾頭規模の爆発を発生させ、時に強化装甲壁を豆腐のように粉砕する。

 だが、イザナギの白い肌はその衝撃を完全に防御していた。彼女は長い尻尾で爆炎を薙ぎ払い、手のひらの上で生成した高密度のエネルギー弾を連射する。変異マシラたちの術力を吸収したイザナギの戦闘能力は、ミートのそれをはるかに超越していた。


『ぐわーーーーっ!』


 結局、今回も戦いの結末は変わらない。ミートが瓦礫の中に突っ込み、倒壊したビルに押し潰される。それにより決着が認められ、ただのフーリガンと化した変異マシラたちが興奮の雄叫びを上げる。


『これより、食料の配布を行います。希望する変異マシラは列を作り――』


 ちょうど勝敗が決したタイミングで、大きなローター音を響かせながら輸送機が現れる。それは空中でホバリングしつつ後方の開口部を開き、特大コンテナごと各地から買い集めた食料を投下していく。

 無論、空腹のマシラたちが仲良く順番を守るわけもなく、我先にとそちらへ殺到する。


『順番、守らないと、だめ』


 だが、イザナギがバシンと尻尾を地面に打ち付けて軽い亀裂を作って見せると、彼らも一応は大人しくなる。和を乱した者から問答無用で投げ飛ばされ、取り分が減ってしまうことを経験的に思い知っているのだ。

 イザナギが目を光らせる下でマシラたちが食料を受け取る。当たり前のように無傷で瓦礫の中から現れたミートもまた、リンゴとおにぎりを受け取ると早速パクパクと食べていた。


『待ってたら、ご飯が来る。大人しくしてないと、パパが怒る』

『でも、お腹がすいたもん。パパ、帰ってこないもん』


 瓦礫の上にちょこんと座ったミートは、食べかけのおにぎりを手にしたまま唇を尖らせる。イザナギはそんな彼女の隣に座り、慰める。


『パパは今、お仕事をしてる。それが終わったら、帰ってくる』

『信じない! イザナギ、ずっとそれしか言わない!』


 だが、ミートは頑なに首を振る。頬をぷっくりと膨らませる様子は、とてもビルを薙ぎ倒す力があるとは思えない。


『……本当ですよ。レッジは帰ってきます』

『むっ! ……えっ、だれ!?』


 頭上から声を掛けられ、ミートは不機嫌な顔を上げる。そこに立っていたのは、ずんぐりと丸い体つきをした金属の塊だった。顔に当たる部分に小さな窓が付いており、そこから辛うじて青い瞳が少し見える。


『……もしかして、ウェイド?』


 その瞳から類推したミートの言葉に、ウェイド(完全フルボディ防御プロテクト形態アーマー)は頷く。


『なんでそんな変なカッコしてるの?』

『あなたが施設をぶち壊すからですよ!』


 不思議そうに首を傾げるミートに、ウェイドが吠える。そもそも、彼女は管理者として高耐久の機体を運用しているわけだが、ミートとイザナギの戦闘力を見ればそれでも不安が残る。そのため、この特注の頑丈な追加装甲アタッチメントを用意したのだ。


『全く、ことあるごとに施設を半壊させて。その修復リソースだけであなたのおかずが一品消えてるんですからね』

『そ、そうなの!?』


 ウェイドが明かした驚きの事実に、ミートは膝の上に置いたリンゴとおにぎりを見下ろす。自分が暴れなければここにステーキが付いてきたのかと愕然とする。


『いや、流石に肉は付けられませんよ。植物性培養肉ならありますが』

『あれきらい!』


 ウェイドもなんとかマシラたちの腹を満たそうと代替食料を模索しているのだが、いまいち本人たちからの評判は芳しくない。彼女たちが求めているのは血の滴る新鮮な肉なのだ。


『ウェイドは何しにきたの?』


 ぷんぷんと怒っているミートを置いて、イザナギがウェイドに尋ねる。普段なら完全防御形態の中央制御塔に閉じこもっているウェイドがこんなところまでやってくるのは珍しい。相応の理由があるはずだと考えた。

 ウェイドは頷き、ミートへ視線を合わせる。


『レッジは今も頑張って任務を遂行しています。あなたにその様子を見てもらうためにやって来ました』

『……パパ?』


 イザナギの影響でレッジの呼び方を変えたミートが首を傾げる。ウェイドが何かを操作すると、彼女に随伴していたドローンが近くの瓦礫に映像を投射する。

 そこに映し出されていたのは、氷と岩の城壁に囲まれた戦場だ。三人の少女が熾烈な攻撃を繰り出すなか、多くの調査開拓員たちがそれに対抗している。中でも目立つのは、光を纏った鎧姿の金髪の青年と、槍を携えた男の姿だ。


『パパ!』


 それを認めた途端、ミートは映像へ食い入るように注目する。


『レッジは今、あなた達の食料問題を解決するため戦っています。この戦いに勝利すれば、きっとたくさんの食料が供給されるでしょう』

『それなら、ミートも手伝う!』


 ミートは自身の戦闘能力を自覚している。自分ならば助けになれるだろうと確信して、申し出ていた。しかし、ウェイドは首を振ってそれを拒む。


『いいえ、それは許されません。あなたの役目は、ここで彼の帰りを待つことです』

『でも……』

『誰もが使命を持って動いています。その邪魔をすることはできません』


 ウェイドはミートに語りかける。彼女の諭す言葉を聞いて、少女はしぶしぶながら納得した。


『それじゃあ、もうちょっと、待つ』

『ええ。大人しくしていた方が、レッジも喜ぶでしょう』


 もぐもぐと大きなおにぎりを食べ始めるミート。彼女が落ち着きを取り戻したのを見て、ウェイドはほっと胸を撫で下ろすのだった。


━━━━━

Tips

◇マシラ用支給食料“特大おにぎり”

 〈マシラ保護隔離拠点〉にて空腹を訴える変異マシラたちのために用意された特大のおにぎり。一個の総重量は2kgを超える。成長促進栽培によって作られた米を使用し、中には植物性培養肉を用いた甘辛肉味噌が入っている。

 あまりにも大きいため、調査開拓員の一食分には多過ぎる。

“ちょっとおいしいけど、お肉がおいしくない!”――ミート


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