第1052話「秩序屹立」

 にわかに祭壇の周囲が慌ただしくなる。突然アイがとてつもない絶叫によって衝撃波を放ち、会場の至る所に甚大な被害を出したのだ。更に驚くべきことに、トーカとレティも動きを止める。3人を鑑定したプレイヤーが言うには、全員に“竜の化身”というバフが付与されており、ステータスも軒並み上昇しているという。


「“竜の化身”って1人だけじゃなかったっけ?」


 盾拳を装備しながらエイミーが言う。

 “竜闘祭”の当初の予定では、第一フェーズで6人が戦い、その中で最も強い1人を決める。そして第二フェーズで、その1人にソロボルが祝福を与えて“竜の化身”とした後に、プレイヤー全員でそれを倒すという構想だった。

 しかし蓋を開けてみれば、第一フェーズがまだ半分しか進んでいない段階でソロボルが残っている3人に祝福を与えてしまった。1人を大勢でタコ殴りにするという戦術が取れなくなってしまったわけだ。


「状況が悪いな。とりあえず、レティたちが動き出す前に少しでも場を整えないとならん」


 想定外の進行により、パニックになっているところもある。一部の血気盛んなプレイヤーが騎士団のバリケードを飛び越えて挑もうとしているが、統率が取れていないと言う意味ではまずいことに変わりはない。

 更にまずいことに、アイが“竜の化身”となったと同時に放った衝撃波によって、客席の最前列に待機していた主力部隊の多くがダウンしてしまったらしい。騎士団の支援術師リザが率いる支援部隊が救護を行なっているが、間に合うかどうかは疑わしい。


「ラクト、とりあえずバリケードの形成を手伝ってくれないか」

「了解。ざっくり囲めば良いんでしょ」


 騎士団や〈ダマスカス組合〉の職人たちが急いで半壊した会場を修繕しようと動き出しているが、新たに建築するのは時間がかかりすぎる。急拵えであれば、ラクトの氷壁に頼った方がいいだろう。

 彼女自身もそう考えていたようで、俺が指示を出すよりも早く動き出していた。


「ヘイヘイ。流石にこの広さを1人でカバーするのはキツイんじゃない?」

「うおっ?」


 そこへ、聞き覚えのある声が掛けられる。振り返ると、そこには7人の機術師が装備を整えて立っていた。


「み、ミオさん!?」


 そのうちの1人を見てラクトが声を上げる。

 〈七人の賢者セブンスセージ〉の水属性担当、“流転”のミオがニコニコと笑っていた。


「メル、もう復活したのか」

「トッププレイヤーのしぶとさを舐めないでよ。緊急バックアップデータカートリッジEBDCは発行済みだったからね」


 先ほどレティにやられたばかりのメルがピンピンしているのを見て驚くと、彼女はふふんと胸を張る。彼女は万一第一フェーズで負けた時も第二フェーズへ直ぐに参戦できるよう、ちゃんと対策を講じていたようだ。


「とりあえず、壁で仕切ればいいんでしょ。それならミオとミノリとヒューラも使えるから」

「三人なら確かに、この範囲だって――」


 同じ機術師の最高峰として〈七人の賢者〉を敬愛しているラクトが、目を輝かせて期待を寄せる。六つの祭壇によって囲まれた戦場はかなりの広範囲だが、彼女たちの扱う輪唱機術であれば堅固なバリケードを生成できるだろう。

 しかし、ミオはそんなラクトの肩に手を置く。


「何言ってるの。貴女も手伝うのよ」

「ええっ!?」

「ボスが突然三人になった上に、うち2人はバ火力でしょ。輪唱機術の人数増やして負担を減らしたいのよ。それに、貴女も面白いテクニックがあるみたいだし」

「ゔっ」


 ニタリ、と笑うミオにラクトは窮する。しかし迷っている時間はなく、彼女は頷くしかなかった。


「それじゃあさっさと始めてよ」

「はいはーい」


 メルがパチンと手を叩く。手早く打ち合わせと術式の共有を済ませたラクト、ミオ、ミノリ、ヒューラの4人が並んで立つ。ラクトの顔には緊張が浮かんでいたが、そんな彼女の手をミオが握る。


「大丈夫よ。私たちが輪唱に誘ったのは、貴女をそれだけ認めてるってことなんだから」

「はひっ」

「ラクト、頑張れ! 応援してるぞ!」

「うっ。……うんっ! 頑張る!」


 俺からも声援を送ると、彼女も心を決めたようだ。緊張を消し、青い瞳を戦場に向ける。そして、詠唱を始める。


「『連鎖する霜柱分枝する氷柱薄氷の千刃積層の氷壁』――」


 口述詠唱と思念詠唱の二重詠唱。現時点でもラクト以外に実践で運用できているプレイヤーはごく僅かしか存在しない、スキルに依らないプレイヤースキル。彼女の詠唱は1人で2人分のものだ。


「『凍りつくより凍てつき、冷たきより冷えつき、触れる手を侵し、波もまた凍りつき』」


 彼女の詠唱に続けるミオの声。彼女のそれは、ラクトが定義した術式のオブジェクトに更なる性質を付与していく。二重詠唱ではないぶん詠唱時間が長く、それに伴いLPの消費も大きくなるが、そもそもこれだけの長文を詠唱することが難しい。


「『盤石は横に、礫岩は縦に、交差する鉄芯は歪みなく、崩れ落ちぬ』」


 続くミノリ。彼女は土属性の攻性アーツを専門としている。機術属性だけでなく物理属性を帯びた術式が多いことが特徴で、アーツの弱点を補う性格がある。壁系の術式で言えば、むしろ氷属性よりも土属性の方が専門領域であるほどだ。


「『それは鉄壁。故に破れぬ。それは鉄城。故に敗れぬ。破れぬが故に敗れぬ。敗れぬが故に破れぬ。鉄でありて鉄よりも硬く、鉄でありて鉄は通さず。打つほどに鍛え、鍛えるほどに耐える。故にそれは、鉄壁となる』」


 そして、締めくくるのはヒューラである。

 彼女こそが機術による防御壁生成の第一人者と言って間違いはない。“体壁”のヒューラと異名を取る彼女の専門は〈防御機術〉、物理、機術、その他あらゆる攻撃を阻む障壁を展開する防御のスペシャリストだ。

 誰よりも長い詠唱は、彼女の力量と術式の規模を何よりも雄弁に語っている。普段は寡黙な印象のあったヒューラだが、実際に聞こえる詠唱は滑らかで澱みない。

 ラクトが定義しミオが構成した氷壁に、ミノリの石壁が融合する。そして、それらヒューラが内包した上で拡張し、完成させる。


「――『封絶の寒巌鉄城』」


 詠唱の終端が紡がれる。

 それと同時に、4人のLPと大量のナノマシンパウダーが消費され、六つの祭壇全てを繋ぐ六角形の巨大な壁が迫り上がる。分厚く堅固な岩と氷の融合した大壁だ。突如として現れたその仕切りによって、混乱していたプレイヤーたちも呆気に取られる。

 冷気が大地へ染み渡り、地盤も固めていく。森の中から飛び出してきた一匹の原生生物が壁にぶつかった瞬間に凍結し、壁の中に取り込まれる。そうして、また強度を増していく。

 衝撃を受ければ受けるほど、砕ければ砕けるほど、この城壁は強くなる。凍りつき、岩が固まり、分厚く堅固になっていく。


「さあ、舞台は整った。後は仕上げだけだ」


 じわりと汗を滲ませているラクトたちを労い、メルが気炎を上げる。

 壁という秩序が生まれたことで、調査開拓団も本来の目的を思い出し始めている。騎士団第一戦闘班が整然と隊列を組み、突撃の時を待っているのも大きかった。


「『健強なる肉体ストロングボディ』ッ!」「『鋼の精神スチールハート』ッ!」「『励起する炉心コア・エキサイテイション』」「『賽は投げられたどうにでもなーれ!』」「『見敵必殺』、『吹き上がる戦意』『鷹の目』ッ!」


 次々とバフを重ねる声が聞こえる。集まった調査開拓員たちが戦いの準備を始めているのだ。ポップコーンやドリンクを抱えていた手に武器を持ち、装備を実戦向けの質実剛健な鎧へと変える。

 そして――。


「総員ッッッ!」


 寒厳鉄城の上にいつの間にか立っていた青年。大きな両手剣を天高く掲げた彼、が広く轟く声を発する。

 彼を知らぬ者はいない。彼が現れるのを皆が待っていた。


「“竜闘祭”第二戦――開始ッ!」


 騎士団長アストラ。彼の勇ましい号令によって、戦いの火蓋が切られた。


━━━━━

Tips

◇『封絶の寒厳鉄城』

 氷属性攻性機術、土属性攻性機術、防御機術を複合させた大規模術式。1.5TB規模を誇り、調査開拓員単身で運用することは不可能。

 広域を収める混合機術構造壁であり、接触した敵性存在を凍結させる。また、破壊的衝撃を受けた場合、術者のLPと追加のナノマシンパウダーを消費して損傷箇所を修復し、更に修復前よりも強固にする。

“破れぬが故に敗れぬ。敗れぬが故に破れぬ。故にそれは、鉄壁となる”


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