第1051話「勢いのまま」

 レティがメルを下した直後のこと。同じ戦場の中で行われていたトーカとアイの戦いが、周囲に衝撃を与えた。物理的な意味で。


「被害確認! 重装盾は隊列を組んで舞台を囲め! 〈ダマスカス組合〉に連絡して、仮説バリケードの建設! 救護班はリザと共に負傷者の保護を!」


 アイが放った轟音とそれによる衝撃波。それは祭壇や客席、撮影ドローン、そして観客たちに甚大な被害を与えていた。アイが立っていた祭壇はギリギリ形を保っているものの至る所に亀裂が走り、いつ崩れてもおかしくない状況である。撮影ドローンもほとんどが墜落し、客席も重機の衝突を受けたかのように破壊されている。


「記録を見せてくれ。検証する。なんでプレイヤーが被害を受けた?」


 そして何より驚くべきことに、調査開拓員たちが負傷している。

 実況席を飛び出したアストラは、裏方に控えていた騎士団解析班のところへと急行する。そこではドローンの映像をはじめ、常に情報収集を行っていた班員たちによって先の戦闘が詳細に分析されている。


「アイのあの叫び、おそらく『拒絶のリジェクション咆哮ハウリング

』だった。けれど、あそこまでの威力は出ないはず。そもそもダメージ判定のないノックバック技だったはずだ」


 解析班がディスプレイに先ほどのアイの様子を映し出す。彼女が大きく口を開け、胸に溜めた空気を吐き出すシーンがスロー再生される。アストラもアイがどのようなテクニックを習得していて、どのように使っているのかは熟知している。そんな彼でさえ、アイの攻撃の正体が掴めない。


「ということは……」


 アストラは高速で思考を巡らせ、一つの結論に辿り着く。


「もう始まったのか。第二フェーズが」


 考えられるのは、アイが何らかの影響を受けて、あの瞬間に突然強力なバフを受けたという可能性。それは第一フェーズで勝ち残った一人にソロボルが祝福を与えて“竜の化身”とする、という情報とリンクする。

 しかし、当初の想定では6人のうち1人の勝者が決まらなければ“竜の化身”にはならないと考えられていた。まだ戦場にはアイだけでなく、トーカとレティも残っている。


「っ! トーカさんとレティさんは!」


 アストラが叫ぶ。即座に彼の副官が各所に連絡を取り、状況を確認する。

 舞台上は衝撃波の影響で土煙が舞っている。ドローンも使用不能か機器不調に陥っているものが多く、状況がなかなか掴めない。

 レティにとっては完全な不意打ち、トーカにとっては真正面からの回避不可能な一撃であった。であれば、衝撃波によって二人とも脱落してしまっている可能性も考えられる。

 しかし。


「ぶ、無事です! トーカさん、レティさん、共に生存しています」


 驚愕をもって伝えられた情報に、アストラは乾いた笑いを浮かべる。


「まったく、〈白鹿庵〉という集団は……」


 緊急発信した偵察用ドローンと、斥候職の忍者たちが情報を次々と送ってくる。それを受け取った解析班が、二人の生存を確認した。

 間も無くディスプレイに映し出されたのは、瀕死ながらもしっかりと二本の足で立っている二人の少女の姿だった。


「レティさんは“死地の輝き”で一命を取り留めたようですが、聴覚が麻痺している様子です。トーカさんは……。トーカさんはなんで生き残ってるんだ?」


 分析を続けていた騎士団員が首を傾げる。

 LPが半分未満の時に、残存LP以上のダメージを受けるとLPを1だけ残して耐える効果を持つ“死地の輝き”は、レティのように防御力を捨てた純アタッカーに人気のアクセサリーだ。今回も彼女はトーカやメルといった火力重視の相手を念頭に入れて装備していたのだろう。

 しかし、トーカはそのようなアクセサリーの助けを借りずに生き残っている。最も近い距離、しかも真正面からアイの衝撃波の直撃を受けたにも関わらず、彼女は生存している。

 解析班は何度もトーカが衝撃波を受けた時の映像を確認する。ノイズがひどく不鮮明な映像だったが、コマ送りにして何度も〈鑑定〉スキルを重ねることで、徐々に状況を明らかにしていく。


「まさか……」


 アストラが何か思い当たる。ほぼ同時に解析班も一つの結論に辿り着いた。


「この人、剣で衝撃波を切ってる……!」


 ゆっくりと再生される映像には、衝撃波の到達と同時に二振りの剣を素早く動かすトーカの姿が映っている。その動きは、高性能な撮影ドローンであってもコマ飛びの紙芝居のようにしか捉えられない。


「FPSいくつで動いてるんだよ」

「ていうかこんなことできるのか?」


 次々と疑念の声が上がるが、記録は嘘をつかない。調べれば調べるほど、仮説は確信に変わっていく。

 トーカは高速でメルの元へと飛び込みながら、突如放たれた衝撃波に反応し、あまつさえそれを切ったのだ。


「もうこの人が優勝でいいんじゃない?」

「言ってる場合か!」


 慌ただしくも状況確認が進む。

 そんな中、じっと映像を見つめていたアストラが目を見張り、額に汗を滲ませた。


「団長?」


 いつも飄々としている最強の様子がおかしいことに気がついた副官が怪訝な顔をする。アストラはかすかに震える唇で、部下に指示を出した。


「今すぐ、戦場に残った三名を鑑定しろ」

「さ、三名って、副団長以外もですか?」


 戸惑う騎士に、アストラは焦燥を隠さず頷く。


「アイ、レティ、トーカの三名だ! 今すぐ! 早く!」

「わ、分かりました!」


 その明らかに常軌を逸した緊迫ぶりに、部下たちも慌てて動き出す。偵察ドローンが位置を変え、照準を移す。捉えられたトーカとレティに、鑑定が行われる。


「なっ!?」

「嘘だろ……」

「話が違うぞおっさん!!!」


 直後、騎士団解析班は阿鼻叫喚の騒ぎとなった。報告を受けたアストラは、青い顔で額を抑える。そうして、客席に座る全ての調査開拓員に向けて声明を出すよう、指示を下した。


「――調査の結果、アイ、レティ、トーカの三名に特殊バフ“竜の化身”が付与されているのを確認。共にステータスの大幅な上昇が見られ、また本人の自由意志による行動が不能である可能性も示唆される。よって、現時点より当初の想定から逸脱しているものの“第二フェーズ”へ移行したと判断。戦闘職は戦闘準備を、非戦闘職は非難を」


 当初、“竜闘祭”で戦う“竜の化身”は最強の一人であるはずだった。いくら最強であろうと、アストラとレッジがいれば勝てると考えられていた。さらに言えば、負けた5人もすぐに復活すれば戦線に出てくることができる。高い勝算があったからこそ、アストラはこの祭の開催を決めたのだ。

 しかし現実は違った展開を見せた。


「まさか、“竜の化身”が3人も出てくるとは」


 一人でも異常な力を発揮し、一声の下で周囲に甚大な被害を及ぼした“竜の化身”。トーカも、レティも、静かに直立不動の体勢を保っている。彼女たち3人が、まとめて“竜の化身”となっていた。


━━━━━


――“祭り”が途切れたのは、いつからだっただろうか。彼女に捧げられる、血の滾るような熱狂の祝祭が。勇猛な戦士たちが血と汗を振り撒きながら激しくぶつかり合う、あの闘争が。嵐の海のような激情が渦巻く、あの舞台が。賑やかな開幕の奏でが聞こえなくなったのは、いつからだっただろうか。


 深い深い、海の底を揺蕩っていた。

 私の役目は光すらも届かない深淵をぐるぐると彷徨することだ。沈殿した有機物を撹拌し、生命の発生を促進させる。循環する自然サイクルの動きを活性させる。

 だが、それとは別にもうひとつ役目があった。

 彼女に捧ぐ祭りを取り計らうことだ。


 退屈を嫌い、興奮を求める彼女に祭りを。


 どれほどの時を経たのか、それを計測することも忘れてしまっていた。あの日、ちょうど星が並ぶあの時に、ふと頭上で喧騒が聞こえた。


――ああ、ようやく祭りが始まったのか。


――では、参ろう。


――我が見守ろう。


――彼女に捧ぐ祭りを開くのだ。


 久方ぶりの祭りだ。民の出立ちにも変化があった。何故かこちらへ矛を向けてくる者もいた。しかし、我が祭りに出しゃばるわけにはいかない。それでは彼女を楽しませることはできない。


 やがて、彼らも祭りの支度を始めた。舞台を整え、幕開けの音が奏でられる。


 そして始まった。

 驚いた。


 どれほどの時を待たせるのかと不満があったが、すべて吹き飛んだ。目の前で行われる戦いに、見惚れてしまった。記憶にあるもっとも新しい祭りと比べても、それは桁違いだった。


 6人の戦士たちが、時に火炎を操り、時に大鎚を振り回し、熾烈に争っていた。その姿はまさしく、己の命すら賭けた真剣勝負であった。儀式と成り果て、演武と化していた過去の祭りとは全てが違う。

 炎の熱気、闘志の揺らめき、殺気の硬さ。全てを肌で感じることができていた。これほどまでの戦いが、祭りが、奉りがあっただろうか。


――ならば、応えねばなるまい。


 彼らが真剣であるならば、こちらも相応の覚悟を持たねば非礼というもの。幸いにも長き時間を過ごしたことで、力は余っている。

 常ならば一人を選び、我が息吹によって真の戦士として飾り立てるのだが、此度は更なる熱狂を呼び起こそう。


――さあ、戦え。

――彼女のために。


━━━━━

Tips

◇偵察ドローン

 敵上視察、索敵などを想定して開発された小型ドローン。迷彩塗装、光学迷彩などの隠密行動能力を備え、静音性と機動力を両立した反重力式推進を行う。


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