第1050話「一刀と連弾と」

「彩花流、壱之型、『桜吹雪』ッ!」

「『ダイアモンドピアーズ』ッ!」


 刀とレイピアが交差する。お互いの刃を掠めて火花が散る。

 レティがメルと激しい攻防を繰り広げるなか、トーカとアイもまた目まぐるしい戦いを展開していた。


「やりますね!」

「そちらこそ! いつものトーカさんと間合いが違うのでやりにくいですよ」

「攻撃を全て防ぎながら言われても、あまり説得力はないです――ねっ!」


 トーカは刃渡り60センチの脇差を素早く振り抜く。アイは軽快なステップでそれを避けると、空中を踏みつけて攻勢に出る。彼女の鋭い刺突はトーカの胸を狙っていたが、それは紙一重で避けられる。


「まったく、なぜ目隠しした方が強いのか……」

「ツノのおかげですよ。目を隠した方が、死角がなくなるのでやりやすいんです」

「〈白鹿庵〉は皆さんぶっ飛んでます!」


 アイの用いるレイピアは一撃の重さよりも絶え間なく繰り出す連撃を重視する。故に彼女は並のプレイヤーなら反応でいないほどの密度で刺突を繰り返しているのだが、先ほどからトーカはのらりくらりと躱し続ける。

 目視してからの回避が間に合わないのであれば、目視しなければいい。そんな冗談じみたことを真顔で言い切るトーカに、アイは泣きそうになっていた。


「しかし、アイさんもなかなかですよ。これでも抜刀術はかなり自信があるのですが」


 アイが次々と攻撃を繰り出す連撃型とすれば、トーカは一撃に重きを置く必殺型である。抜刀術系統にテクニックはその代表例とも言えるもので、隙が大きく連発が効かない代わりにダメージ倍率が大きい。更に、首や胸といった急所に当てればクリティカルが確定で発生し、その際のダメージも一層大きくなる。

 故にトーカは嵐のような猛攻を避けた後、針に糸を通すかのようなわずかな隙を逃さず抜刀術を繰り出す。

 しかし、トーカが磨きに磨いて神速の自負を持つほどの抜刀術は、未だアイを捉え切れてはいなかった。


「抜刀術は動きが直線ですから。避けるのは簡単でしょう。それに、私は自分の隙をしっかり分かっていますから」

「全員が全員できることじゃないんですよ、それ」


 確かに抜刀術系統のテクニックはモーションが単調である。“型”と“発声”によるダメージ倍率も大きいため、いかにトーカと言えどあまり大きく逸脱した動きはできない。

 だが、アイが嘯くほど抜刀術の回避は簡単なものではない。誰もが避けられるのであれば、トーカは地下闘技場で王者として君臨していないのだ。


「しかし……」


 再び始まったアイの猛攻を凌ぎながら、トーカは冷静に状況を分析する。

 正直なことを言えば、アイがトーカの第一撃を避けた時点で状況は悪い。トーカは一撃必殺を基本とした戦闘スタイルを取っているため、抜刀術のLP消費もバカにならないのだ。

 アイからの致命傷は未だ受けていないとはいえ、指先を擦り下ろすようにジワジワとLPは削られている。そこでFPOの基本システムであるLPがいわゆるヒットポイントとスタミナの性格を併せ持っているという事実が重くなってくる。

 このままアイの猛攻を受け続ければ、やがてトーカは抜刀術を発動させることすらできなくなる。LP回復アンプルは用意しているが、それを飲む暇を与えてくれるほどアイも優しくはないはずだ。

 この真綿で首を絞められるような状況が続けば、トーカは敗北する。


「であればっ!」

「っ!?」


 トーカが多少の無茶を承知で動く。捩じ込まれた刀が、二人の間で成立していた戦闘のリズムを掻き乱す。アイはレティたちの乱戦に飛び込んだ際に行ったことと同じ手段で強引に攻勢を断ち切られた。

 何かを仕掛けてくる。アイは即座に判断する。トーカが動くよりも先に、一撃を叩き込む。小細工を弄する暇を与えない。


「『フラッシュピン』ッ!」


 アイのレイピアが煌めく。閃光による目眩しも兼ねた最速攻撃。だが、覆面を着けているトーカにとって閃光は通用しない。目隠しをしているプレイヤーとの対戦経験が乏しいアイが、僅かに選択を間違えた。

 そして生まれた0.1秒で、戦いが変わる。


「――『鬼牙烈風』ッ!」

「なっ!? きゃああっ!?」


 トーカが旋風を纏い、容赦のなく刃を振り払う。放たれた赤く攻撃的なエフェクトが、次々とアイの全身を切り刻む。たまらずアイは後方へと飛び退き、更に『風踏み』といくつかのステップを利用して隣の祭壇にまで移動する。

 先ほどまでの密着具合から状況が一変し、会場がざわめいていた。


「――やっぱり、〈白鹿庵〉はとんでもない方ばかりですね」


 LPアンプルを握り潰し薬液を直接肌に振り掛けながら、アイは苦々しい表情で言う。


「まだそんな武器を隠していたとは」


 アイの視線の先、トーカが立っている。彼女もまたアンプルを握り潰し、漸減していたLPを完全に回復する。

 そして、アンプルの破片を地面に撒いた彼女は、腰の鞘から刀を引き抜く。


「三本目の刀、ですか」

「驀刀“カムロマル”。振りの速さ、ディレイ、軽量性に重点を置いた連撃型の太刀ですよ」


 左手に1メートルを超える太刀を、右手に60cmの脇差を握り、トーカは気前よく刀の銘を口にする。


「武器を集めるのが趣味なんですか?」

「それもありますが……。備えあれば憂いなし、ということですよ」


 トーカはアイに目を向けて艶然と笑う。

 今まで常に一本の刀のみを扱っていたトーカが、二本の刀を手にしている。あれでは彼女が最大の武器とする抜刀術が扱えない。にも関わらず、アイは少しも安心することなどできなかった。


「二刀流もできるとは、初耳です」

「言っていませんからね。正直、あまり趣味ではないんです」


 トーカはそう言うが、彼女の姿は明らかに二刀流に馴染んでいた。一朝一夕に身につくものではない。きっと、二刀流に関しても長く鍛錬を積み重ねてきているのだろう。


「とはいえ、負けるつもりは毛頭ありません」


 トーカが構える。半身をずらし、上下に刀を構える奇妙な姿勢。だが、アイはそこに隙を見い出せず攻めあぐねる。長い緊張の果て、動き出したのはトーカであった。


「『疾風連斬』ッ!」


 彼我の距離を一瞬にして詰める脚力。アイがゆっくりとレイピアを掲げるところへ、二本の牙を剥いた鬼が迫った。――その時。


「――――――ぅわっ!」


 空を揺るがす大絶叫。放たれた衝撃波は全方位へと広がる。大型音響設備が次々と爆発し、ついでに特大型超高濃度圧縮BBバッテリーも立て続けに爆発四散する。撮影ドローンのうち近距離で滞空していた機体は粉々に砕け、近くの客席に座っていたプレイヤーたちが聴覚を一時的に失う。

 そして、空中を駆けていたトーカもまた、その無差別に全てを破壊する大波に呑まれた。


━━━━━

Tips

◇驀刀“カムロマル”

 細い刀身を持つ太刀。白青黒81.18.1上質精錬合金を用いて作られた、軽量かつ硬質な刀。見た目以上の軽さから扱いには癖があり、使いこなすには修練を要する。

“一度走り出せば止まらない。我が刃は草を蹴り散らす駿馬であるが故に”


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