第1049話「知的な大鎚使い」

 祭壇に残ったのはレティ、トーカ、アイ、メルの四人。レティ、アイ、メルの3人が戦いを続け、トーカはアリエスを倒したことで一息つくだけの余裕を取り戻す。


「うおおおっ! 『クラッシュダウン』ッ!」

「『ダブルステップ』『ゲイルスラスト』ッ!」

「『包み込む炎翼』ッ!」


 レティがハンマーを振り回し、アイが機敏な動きでそれを避ける。密着する二人をメルの展開した巨大な炎が巻き込む。

 次々と攻守が入れ替わり、お互いが油断なく動き続ける。


「負けませんよ!」

「こちらこそ! 『パラライズペイン』ッ!」

「あびびびびびっ!?」


 アイが繰り出したレイピアの先端がレティの二の腕を掠める。擦り傷のような一撃だったが、レティは激しく全身を痙攣させる。アイの繰り出した剣技が調査開拓用機械人形の神経系を乱し、一時的に麻痺状態に陥らせたのだ。


「ナイス! 『ジェットブラストファイアボール』ッ!」


 その大きな隙を狙って、メルが長めの詠唱を口早に紡ぐ。彼女の胸の前で炎が渦巻き、大きな円錐形の火球となる。それは空気を切り裂いて射出され、アイの頭の横を掠めた。


「きゃあっ!?」

「チッ。――すまんすまん、狙いが逸れた」

「絶対私も巻き込もうとしてたじゃないですか!」


 アイが作った隙をメルが利用したが、アイもまたメルの敵なのだ。

 放たれた火球はアイのローズゴールドの毛先をわずかに焦がしながら、無防備に体を曝け出すレティへと向かう。

 大業の連発でLPも心許ないレティは、動くことができない。麻痺状態解除テクニックを使用したとして、猛烈な勢いで迫る火球を避け切れるかは運次第だ。であれば、LPで受けて生き残る方へ賭ける方が賢明である。

 一瞬の間にそこまで思考を巡らせたレティは、覚悟を決めて火球を睨む。


「『裂空斬』ッ!」


 だが、猛火がレティの体を燃やすことはなかった。


「なぁっ!?」

「トーカさん!?」


 レティの脱落を確信していたメルとアイが目を剥く。

 二人の眼前、レティの側に現れたのは、脇差“朱鬼丸”を携えた袴姿のサムライであった。


「トーカ! レティは信じてましたよ!」


 窮地に駆け付けてくれた仲間に、レティが感激して涙を滲ませる。だが、そんな彼女の喜びように反してトーカはそっけなく鼻を鳴らす。


「あの程度の搦手に捕まるとは、レティも精進が足りませんね」

「……はい?」

「斬撃や広範囲攻撃ならいざ知らず、点でしかない刺突攻撃を避けきれないとは。それに、異常耐性補強は基本中の基本でしょう。例えば乱戦であっても最低限のバフは常に維持しなければ」

「……そんなことを言うために割り込んできたんですか!?」


 トーカは脇差の切先をアイに向ける。


「私なら、10秒でアイさんに勝てます」

「はぁあああっ!? 言いましたね!? じゃあやってみてくださいよ! はー!!!」


 先ほどまでの感動的な展開は一転し、レティは耳をブンブンと振って憤る。トーカは彼女の言葉には返さず、腰を溜めて一気に駆け出した。それと同時に、レティもまた駆け出す。


「うおおおおっ!」

「チィッ! 厄介だね!」


 トーカがアイに向かうと共に、レティはメルへと迫る。

 二対一となっていた戦況が変化する。トーカが割り込んできたことで、一対一となってしまった。遠距離から一方的に機術を展開するメルにとって、極至近距離へ迫るレティは天敵と言って良い。だからこそ、アイが彼女を引き付けている間に仕留めたかったのだが。


「トーカめ、やってくれるね!」

「メルさんの相手はレティですよ!」


 竜闘祭は6人それぞれが独立した戦いである。それぞれが敵であることは変わりないが、一時的に協力したり、相手を利用することも許される。メルがアイを利用したのがその良い例だ。

 トーカもまた、レティに死なれては困るのだ。メルがレティを仕留めれば、今度はトーカの順番である。そうなれば、自身が生き残るのは難しい。だからアイとメルの共同戦線を崩し、一対一の状況を作り出したのだ。


「全く、〈白鹿庵〉は仲がいいやら悪いやら」


 メルは小さな爆発を前方で起こすことで、後ろへ体を吹き飛ばす。機術式ジェットブースターと呼ばれる基本的なテクニックで、身体能力で他に劣るタイプ-フェアリーがその軽量さを活かして高速機動ができるという代物だ。


「ええい、ちょこまかと!」


 小刻みに爆発を連続させて空中を駆けるメルは、まさしく妖精のようだった。脚力は強くとも空を走ることはできないレティは、祭壇から祭壇へと乗り移りながら彼女を追いかけるが、そのハンマーはあと一歩のところで届かない。


「機術師は距離を詰められると分が悪いからね。申し訳ないけど、向こうが決着するまで逃げさせてもらうよ」

「ひ、卑怯な!」


 メルの勝ち筋は再び二対一の状況へ持ち込むことだ。アイかトーカのどちらが勝っても、彼女たちはレティを潰すために動く。そうなればメルもまた共同戦線を構築し、一対一になった瞬間に背中から刺せば良い。


「失礼だね。これも立派な戦法だよ」


 器用に空中を飛び回りながら、メルは余裕の笑みを浮かべて見せる。レティが焦れば焦るほど、その動きは単調になって読みやすい。メルは彼女の攻撃を避け続けるだけでいい。

だが――。


「分かりました」

「えっ?」


 突然、レティが動きを止める。

 彼女は祭壇に降り立つと、そこから動かず胸を張る。仁王のように構える姿に、メルの方が面食らう。


「何をやってるんだい?」


 メルも別の祭壇へ降り立ち、怪訝な顔でレティを見る。時間稼ぎができれば良い彼女にとって、レティが追いかけてこなくなるのはありがたい話だ。だからこそ、彼女が自ら足を止めたことに何か裏があるように思えて不安が膨らむ。


「メルさんに一つだけ訂正したいことがあります」


 レティはハンマーを祭壇に叩きつけ、まっすぐにメルを睨む。その気迫は凄まじく、百戦錬磨のメルでさえも、汗が滲むのを感じてしまう。


「あなたはレティのことを、ハンマーを振り回すことしか考えてない脳筋だと思っていますね?」


 えっ、違うの? と飛び出しかけた言葉をメルは気合いで封じ込む。

 実際、レティはハンマーを振り回すことしか考えていない脳筋なので、仕方ない。彼女はとりあえずデカくて重いハンマーをぶん回していれば大抵のことが解決していると考えている節がある。

 だが、そんな彼女が得意げに笑みを浮かべている。チッチッチと舌を打ち、人差し指をゆっくり左右に振る様子はメルの胸に沸々と何かを煮えたぎらせた。


「甘いですよ、メルさん! レティがそんな浅い戦法しかとらない訳がないじゃないですか!」

「……ほんとかなぁ?」


 意気揚々と語るレティだが、メルの疑念は揺るがない。何より、レティが今までデカいハンマーをぶん回す以外のことをしていた覚えがまるでないのだ。


「レティは常に進化しているのです! そして、この戦いの中でもそれは例外ではない! つまり、今のレティはさっきまでのレティよりもさらに強い!」


 メルの立つ祭壇まで届くよう大声を張り上げるレティ。彼女の演説はマイクを経由して会場にも響く。


「レティはただのハンマーぶんぶん女ではないんですよ! 近接戦闘が得意なのは言うまでもありませんが、別に遠距離戦闘が苦手とは言っていません!」

「なに……?」


 あまりにも自信満々のレティにメルの不安が大きくなる。

 レティがハンマーだけを扱う質実剛健な戦闘スタイルであるのは周知の事実。だからこそ、メルも距離を取ればある程度呼吸を整える余裕があった。しかし、この距離を越えるような攻撃手段を隠し持っていたとしたら、油断しすぎた。

 レティの話に聞き入っていたメルは、最低限のバフは維持しているがアーツは準備できていない。仮にこの距離を一瞬で詰められたら対応は遅れる。

 そして、メルが焦って詠唱を始めた瞬間、レティが動き出す。


「うおおおおおっ! ネオ・レティの進化をご照覧あれ! ハンマァアアアアッ! スローーーーーッ!」


 足を軸として大きく旋回するレティ。威勢よく叫びながら、特大のハンマーに遠心力を乗せ、手を離す。

 スピードを上げてメルへと迫るハンマー。その猛烈な勢いに、観衆たちも唖然とする。


「やっぱりハンマーぶん回してるだけじゃん」


 そんな声がどこからか聞こえた。

 だがしかし、レティはまだ止まらない。


「――『得物獲り』ッ!」


 彼女の姿が掻き消える。

 ドローンのカメラがあたりを彷徨い、彼女の姿を探す。1秒後、ディスプレイに映ったのは、レティが空中を縦回転するハンマーをしっかりと掴んだ姿だった。


「〈武装〉スキル!? 油断したッ!」


 一瞬にして距離を詰められたメルが思わず悲鳴を上げる。


「『大威圧』! ウォオオオオオおっ!」


 立て続けに放たれる、レティの咆哮。メルはその狭い効果範囲内に入ってしまっていた。彼女の足が竦む。動けない。

 『得物獲り』は〈武装〉スキルレベル60、任意の武器スキルレベル70を要求する高等複合テクニックだ。その効果は、手元から離れた武器を自身の手元へと寄せるというもの。

 だが、多くの戦闘職は武器を落とした場合、トーカの脇差のようにサブウェポンへと持ち帰る。そちらの方が隙が少ないためだ。しかも、今回のレティは“武器を寄せる”のではなく、“自分が武器に寄っている”。


「メルさんは知らないようなので、解説しましょう」


 ハンマーを両手で握り、凶悪な笑みを浮かべてレティが言う。空中を舞う彼女はすでに、獲物を捉えていた。


「『得物獲り』は武器と持ち主の重量と速度を参照します。そして、正確には“重量と速度に応じた力で、双方を引き寄せる”効果を持ちます」


 つまり――。


「自分よりも重たい武器を投げ、同時にそれよりも速く動けば、相対的に持ち主の方が素早く武器へと移動できる!」


 ニッチなテクニックの、微妙な効果を使いこなすレティ。彼女の普段の行動からは予想できない頭脳戦に、メルは戦慄を覚える。


「伊達に毎日欠かさずwikiのハンマーページと掲示板のハンマー使いスレを読んでるわけじゃないんですよ! せいばーーーいっ!」

「ぬわああああっ!?」


 勢いをつけたレティが、特大のハンマーを叩きつける。行動阻害を受けたメルがそれを避けられるはずもなく、彼女の薄い装甲は呆気なく突き破られる。


「ふん、これがレティの知的な戦い方というわけですよ」


 衝撃の余波で半壊した祭壇に降り立ち、レティは赤い髪をかき上げる。


――結局、でっかいハンマーぶん回してただけなのでは?


 そんな観衆の思いを知る由はない。


━━━━━

Tips

◇『得物獲り』

 〈武装〉スキルレベル60、武器スキルレベル70の複合テクニック。

 取り落とした武器を瞬時に拾い、手元に戻す。

 “目眩く戦場に於いて一瞬の油断が命取り。武器を取り、勝利を獲れ”


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