第1048話「負け組の集い」

「いらっしゃいませー! 飲茶いろいろ揃えてるよ! 餃子、焼売、春巻き、ちまき! 桃饅頭タオバオ、月餅、小籠包!」


 “竜闘祭”の第一段階、6人のプレイヤーによる熾烈な争いが加速していく傍ら、客席近くでは多くの露店がずらりと並んで賑わっている。“竜闘祭”の頂上決戦とも言える熱い戦いを一目見ようと押しかけてきたプレイヤーたちの、観戦のお供として軽食やドリンクが良く売れるのだ。

 ポップコーンやハンバーガー、唐揚げや天ぷら。チョコバナナ、カステラ、綿菓子。塩っぱいものから甘いものまで、あらゆる屋台飯が揃っている。


「テーマパークみてぇだなぁ」

「テンション上がるぜ」


 その賑やかな様子に、調査開拓員の多くはここがフィールドであることも忘れて浮き足立っている。ディスプレイに表示された映像や、各所のスピーカーから流れる実況の音声を聞きながら、各々に好きなものを買い求めていた。


「黒猪のビッグ肉まん、出来立てだよ!」

「一つくれ!」

「俺、三つ!」

「はーい。並んで並んで!」


 そんな露店の並びの一角に、一際厚い人集りのできている店があった。赤と黄色の鮮やかな垂れ幕で飾った店先からは、熱い蒸気と共に香ばしい香りが広がっている。ずらりと並べられた蒸籠にぎっちりと詰まっているのは、人の顔ほどはあろうかという巨大な肉まんだった。

 長蛇の列を成し、完成を今か今かとと待ち侘びていた客たちが次々と代金と商品を交換していく。彼らの多くは客席に戻るまで我慢できず、蒸し立てほかほかの肉まんに思い切りかぶりついていた。


「黒猪のビッグ肉まん売り切れだよ! 次は十分後でーす!」

「くぅぅぅ!」

「遅かったか!」


 野外で食べる肉まんの魅力に抗うことのできる者などそういない。瞬く間に大量に用意していあったはずの在庫は底をつき、再び蒸籠の蓋が閉じられる。あと一歩のところで買えなかった客たちは、涙を飲んでまた列を作り始めるのだ。


「仲間が負けて帰ってきたというのに、忙しそうですの」

「ごめんね。思ったより反響大きくて」


 大盛況の中華点心屋台の奥で、大盾を壁に立てかけた光が唇を尖らせる。蒸籠をフル稼働させながら〈料理〉スキルを駆使してキッチンを走り回っているフゥは、そんな彼女に陳謝した。

 〈紅楓楼〉の仲間である光が“竜闘祭”に参加するということで、カエデたちも会場へ駆けつけていた。しかし、会場周辺にひしめく露店を見て、フゥが自分もひと稼ぎしたいと思いついたのだ。


「もうちょっとのんびりできる予定だったんだけど」

「見積もりが甘いですの。フゥの点心はどれも絶品なのですから、これくらい予想しておかないと」

「嬉しいこと言ってくれるねぇ」


 お茶を飲みつつ澄ました顔で言う光に、フゥは苦笑する。彼女は聞いているこちらが恥ずかしくなってしまうほど、はっきりと自然に人を褒める。闇雲に言っているわけではなく、彼女が“良い”と確信したことだけを賞賛するので、余計に気恥ずかしい。

 とはいえ、フゥも光が背中を押してくれたからこそ、出店を決めたのだが。


「はい、ジャンボ焼売」

「あら? お店に出さなくていいんですの?」

「頑張ったで賞だよ。残念だったけど、光もかっこよかったから」

「……ふふっ。ありがとうございます」


 フゥが差し出した特別な焼売を、光も上品な所作で受けとる。彼女はそれを食べると、ホフホフと湯気を吐き出した。


「熱いから気をつけてね」

「はふっ、ふぅ。こういうものを食べるのも楽しいですね」

「光が普段食べてるのがどんなものなのかは聞かないからね」


 フゥも〈紅楓楼〉での活動が長くなり、それぞれのメンバーがリアルでどのような生活を送っているのか、ある程度分かってきた。カエデやモミジに至っては、幼馴染の両親なのである。とはいえ、リアルはリアル、ゲームはゲームという区別がパーティ内で暗黙の了解となっている。

 光が現実でどんな暮らしを送っていようと、この場では〈紅楓楼〉の頼れるタンクでしかない。


「レティたち、すごい勢いだね」

「本当に。とっても楽しそうですの」


 露店の中からでも会場の様子はディスプレイで見ることができる。光が一番最初に脱落した後も、祭壇では目まぐるしく展開の動く激戦が繰り広げられていた。

 蒸籠の中身が蒸し上がるのを待つ間、フゥも一息ついて戦いの様子を見る。巨大なディスプレイの中では、レティとアイが激しい衝突を続けている。そこへ更にメルの猛火が飛び込んでくるのだから、見ているだけでも悲鳴を漏らしそうだった。

 光は焼売を口に運びながら、ディスプレイをじっと見つめる。彼女の視線の先には、生き生きとした表情で巨大なハンマーを振り回すレティの姿があった。


「あら、可愛い子がいるわね」

「いらっしゃうぇええっ!?」


 店先から声が掛かり、フゥが慌てて対応に出る。そして、客の顔を見た彼女は思わず大きな声を突き上げた。


「あ、アリエスさん!? どうしてここに?」


 現れたのは光の直後にトーカに敗れた“竜闘祭”の参加者アリエスだった。〈ホムスビ〉で復活を果たして、機体回収を行なって、すぐにこちらまでやってきたのだろう。アリエスは艶のある唇を曲げてフゥの頬をそっと撫でた。


「どうしてって。私はもうお役御免になったわけだし、お祭りを楽しもうと思って。可愛い女の子がたくさんいるから眼福だわぁ」

「ひょわわ……」


 アリエスはむにむにとフゥの柔らかい頬を揉みながら恍惚とした表情を浮かべる。初対面のトッププレイヤーにフゥがされるがままに弄ばれていると、そっと光が二人の間に割り込んだ。


「あまり私の仲間をいじめるのはよしてくださいな」

「いじめるなんて。可愛い子を可愛がらないのは失礼でしょう?」

「ふふふ。貴女とは直接戦えなくて残念でしたの」

「そうねぇ。私もぜひ光ちゃんと戦いたかったわ」


 ふふふ、うふふ、と二人は上品な笑みを浮かべて対峙する。そこに展開される不穏な空気に、フゥは思わず尻尾を振るわせた。


「あ、あのぉ。とりあえずアリエスさんも何か食べますか? ご馳走しますよ?」


 まずはこの場を収めねば、とフゥは慌てて焼売を用意する。彼女が声を掛けた途端、アリエスは先ほどまでの不穏な空気を霧散さし、くねくねと身を捩りながらフゥに腕を絡めた。


「あらぁ、嬉しいわね。それなら、フゥちゃんを頂こうかしら♡」

「ほああっ!?」

「失礼な方はお客様ですらありませんの。ぶっ飛ばされるかフゥさんに謝罪するか、どちらか選びなさいな」

「もう、冗談じゃないの」


 険悪な顔になる光に、アリエスはすぐさま両手を上げる。そうして近くの椅子に腰を下ろすと、フゥから受け取った焼売をぱくついた。


「わぁ、美味しいわね! 無限の食べられるわ」

「次からはお金を取りますの」

「光ちゃんはつれないわねぇ」


子猫にちょっかいを出された親猫のように、フゥの前に立って盾を構える光。アリエスはそんな彼女を見て苦笑する。


「そんなに殺気立ってないで、負け組らしく傷の舐め合いでもしましょうよ。あ、直接舐めてもいいけど♡」

「フゥさん、GMコールってどうやるんでしたっけ?」

「ごめんごめんごめん! 調子に乗りました申し訳ありません! だから通報だけは勘弁して!」


 ウィンドウを開き指を沿わせる光を見てアリエスが滑らかに土下座をする。あまりにも急変した態度に、光の方が驚くほどだ。


「あなた、どれだけやらかしてますの?」

「……次通報されたらアカウント凍結される」

「マジでヤバいやつじゃん!」


 呻くようなアリエスの言葉にフゥがヒゲを震わせる。FPOはGMの判断もかなり厳格で、警告はまず覆らないかわりにその判断には一定の信用がある。アリエスがどれだけのことをやってきたのか察して、二人は呆れ返る。


「でも、可愛い女の子を前にして無視するというのも失礼でしょう?」

「そういう話ではないと思いますの……。このお店の手伝いでもして、人との接し方を学んだほうがよろしいのでは?」

「これでも結構人気な占い師なんだけどなぁ……」


 アリエスは不思議そうに首を傾げる。そんな彼女の隣に座って、光も食べかけの焼売を食べ始める。


「……ただの焼売ですのね」

「ええっ? な、なんのことよ?」

「なんでもないですの」


 途中、アリエスの抱えてるミニ蒸籠の中を覗いた光は不敵に笑う。その真意を図れず、アリエスは首を傾げるが、光はそれ以上続けない。


「教えなさいよぅ!」

「せっかくの焼売が冷めますの。フゥさんに失礼ですよ」

「そうじゃなくって!」


 グラグラと揺らされながらも光は微笑みを絶やさない。そんな二人の様子を見ていたフゥの頬が若干赤みを帯びていた。


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Tips

◇黒猪ビッグ肉まん

 〈黒猪の牙島〉のボスエネミー、“牙王アルボルディル=アルデュラ”の希少部位を贅沢に使用した豪華な肉まん。こだわりの生地に包まれふっくらと蒸し上げた餡は熱々でジューシー。

 食べると体の奥底から勇気が湧いてくる。


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