第1046話「ハミング」

 メルの指先が軽やかに弾かれ、立て続けに火柱が噴き上がる。それを光は極厚の盾で凌ぎ、そのまま彼女を押し潰そうと迫る。だが、その横腹に食らいつくように、レティが勢いよく祭壇を駆け上って戻ってくる。


「ど、どうしよう……」


 そこかしこで熾烈な戦いが繰り広げられているなか、ただ一人祭壇に取り残されていたアイが呆然と立ち尽くす。

 レティ、光、メルの3人が三つ巴の混戦を繰り広げ、アリエスとトーカも二人で鍔迫り合いを展開している。そんなふうに分かれてしまったものだから、アイだけが出遅れた形になっていた。


「本来は喜ぶべきなんだろうけど」


 鳴り響く剣戟を聞きながら、アイは複雑に口を曲げる。この試合の目的は最後の一人になるまで戦うことだ。他の参加者たちがそれぞれに潰し合ってくれるのなら、アイとしては非常に楽が出来ていい。

 だが、それよりも先にこんなことでいいのかという疑問と焦燥感が胸に湧き上がるのだ。


「えーっと……」


 レティたちのところでは、メルが次々と景気良く大規模な爆発を振り撒いている。あそこに飛び込むとなると、巻き添えを喰らって呆気なく沈んでしまうかもしれない。


「うーん……」


 かといって、アリエスとトーカのハイスピードの戦いに割り込むのも気が引けた。あちらはあちらで、完全に二人だけの世界に入ってしまっている。

 ちらりと客席にあるディスプレイを見てみると、今はトーカたちの戦いを映し出している。一応、アイにも24機の撮影ドローンが常に照準を合わせているはずだが、一人で立ち尽くしている様子を映しても仕方がない。今の彼女は、完全に撮れ高ゼロの女だった。

 そもそも、この試合はメンツが揃いすぎたのだ。〈白鹿庵〉からアタックホルダーと闘技場チャンピオンの二人が出場し、〈七人の賢者セブンスセージ〉のリーダーまで参戦している。知名度の低かったダークホース、〈紅楓楼〉の光や、ソロで活動している三術師ということもあってミステリアスなヴェールに覆われていたアリエスまでやって来た。

 正直、有名バンド〈大鷲の騎士団〉所属とはいえ、副団長という肩書きでは若干埋もれてしまう。


「というか、そうですね。この展開はある程度予想できてましたね」


 この試合において鍵となってくるのはやはり〈白鹿庵〉の二人である。レティもトーカも超攻撃的なスキル構成をしており、戦意も高い。特にレティは光と何やら因縁があるようで、開始前から彼女に挑む気満々だった。

 結果、序盤の展開は大勢の予想通りだった。レティはいの一番に光の元へと向かい、瞬殺をセオリーとするトーカもまた一番近いアリエスへと飛びかかった。メルはフィールド全域を射程に収めた大規模アーツで牽制しつつ、光が自身の祭壇へと飛び込んできたことでそちらの戦いに巻き込まれた。

 結果が、この孤立である。


「とりあえず、様子見しておくか」


 一応、いつでも戦えるようにバフだけは維持しつつも積極的に飛び込んだりはしない。アイは方針を定めると、レイピアを鞘に納める。そうして、破壊的な戦いを見せているレティたちへと目を向けた。


「もう祭壇が一つ壊れちゃってるなぁ」


 多くのプレイヤーの協力によって作り上げられた立派な祭壇が一つ、光が立っていたものが瓦礫の山と化している。レティが〈破壊〉スキルを用いて強引に崩したようで、もはやちょっと修理すれば直るという範疇を越えている。

 その上、レティは光やメルとの混戦に突入している。レティの破壊力にメルの広範囲爆撃機術が合わさり、被害は更に広がっていた。


「でも、光さんもすごく強い。あの二人の挟撃を受けてるのにいまだに生きてるなんて」


 遠く離れたところから冷静に見ているからこそ、アイは光の異常性をよく理解できていた。調査開拓団の物理攻撃力と機術攻撃力、それぞれの最高峰が絡み合いながら攻撃を繰り出しているというのに、あの特大盾はそれを凌いでいる。

 事前調査では光の盾は対物理特化であったはずだが、今回の神事に向けて対策をしてきたのだろう。だが、それを前提としても、光の盾捌きは卓越したものだった。


「レティさんの攻撃を受け流しつつ、その衝撃で盾を動かしてる。自分の力じゃ動けないから、相手からの衝撃も上手く利用してるんだ」


 レティが叩きつけたハンマーの衝撃を、光は真正面から弾き返そうとはしない。むしろその衝撃の方向へと動き、くるりと回転する。そうして、背後から迫っていた火球へと盾を構えて、その攻撃も阻むのだ。


「とん、とんとん……。とんたっ、とんっ」


 レティたちの熾烈な戦いを見つめながら、アイは無意識にリズムを刻む。それは、3人の戦いの中で流れるメロディだった。


「たんっ、とんとん。とんたっ、とんとんたっ」


 彼女の唇が踊る。視線の先で3人の少女が踊る。それはまるで、アイが彼女たちを操っているかのようだった。


「とんたっ、とんとんたっ。――うん」


 リズムを刻みながら、アイは確信する。トントンと足で祭壇を叩き、そのリズムに体を馴染ませる。


「とんたっ、とんとんたっ」


 軽快なステップ。

 彼女の手が、レイピアに伸びる。


「とんたっ、とんとん――」


 蹴る。

 彼女の姿がブレる。

 一瞬で、彼女はリズムの隙間へと入り込む。


「たっ!」

「ぐわーーーーっ!?」


 刹那のリズム。僅かな隙間。その極小の一穴を貫く、微細な針。

 3人の奏でるリズムの隙間を的確に捉えたアイの強襲。テクニック直後の硬直、詠唱の終端、クールタイムの瞬間、それらがちょうど重なった最も無防備な、0.1秒。それは、彼女たちが反応することのできない不可避の攻撃となった。


「たたんっ」

「ぬわっ!? ぐわっ!? ぐわーーーっ!?」


 息をつかせぬ転調。

 アイのレイピアが煌めき、レティの尻を突く。たまらず飛び上がったレティは、想定してたコンボが崩れる。そこを狙う光だったが――。


「たんたたったっ!」

「きゃあっ!?」


 くるりと身を翻して盾の内側へと潜り込んだアイが、その動きを阻止する。二人の動きが乱れ、リズムが狂う。


「『渦巻く豪炎の――』」

「たらったらったっ!」

「ぎゃっ!?」


 油断なく詠唱を再開するメルだったが、それもまた阻まれる。

 ある意味で均衡状態にあった3人の輪に飛び込んできたアイは、新たなリズムで彼女たちの動きを塗り替え、乱していく。彼女たちが最大の力を発揮できない、不協和音が紡がれていく。


「たんっ、たららったたんっ」


 楽団の主役は変わっていた。

 突如乱入したアイの存在に、観衆たちもどよめいていた。だが、彼女が3人を翻弄し、曲を変えていくと、そのメロディに熱狂する。


「アイさん!? ぐっ、このっ。やりにくいっ!」


 レティは驚愕しながらも体勢を立て直そうと距離を取る。しかし、次の瞬間にはアイが肉薄し、彼女が冷静さを取り戻せないようなリズムで攻撃を繰り出してくる。

 それは、レティたちが事前に警戒していた“歌唱戦闘バトルソング”ではなかった。あれは歌うことでバフやデバフを振り撒き、周囲の敵を一網打尽にするものだ。今、アイが行っているのは、ただのリズムに乗せた攻撃である。テクニックすら発動していないただの剣撃だが、驚くほどに厄介なものだった。


「うおおっ! うおわっ!?」


 反撃へ出ようと飛び出しても、その喉元にレイピアの切先が迫って勢いが削がれる。一歩半踏み出した中途半端な体勢で止まってしまうと、体のバランスが崩れる。


「たんっ!」

「ぐべっ!?」


 アイはその無防備な足を下蹴りで払い、転倒させるのだ。

 レティが、光が、メルが、それぞれに脳内で組み立てていた筋道が完膚なきまでに破壊される。アイという新たな音が入ったことで、3人の調和が崩れる。


「たらった、らん」

「しまっ――」


 その新たな秩序から真っ先に転落したのは光だった。重い盾を持ち、テクニックを用いなければ移動も儘ならない彼女にとって、それは致命的だった。

 アイの鋭い剣が五月雨の如く突き乱れる。盾を彼女の方へと回すこともできず、光はトッププレイヤーの熾烈な攻撃を全身に浴びる。


「きゃあああっ!」


 悲鳴を上げながら光が祭壇から落ちていく。その体が大地へ衝突した瞬間、彼女のLPは底をついた。


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Tips

◇『風踏み』

 〈歩行〉スキルレベル70、〈舞踏〉スキルレベル80のテクニック。風と一体化する特殊な運歩法により、一瞬だけ空中を踏む。

“風の調べに身を委ね、空の道筋に足を差す。鳥の囀りと共に踏みだし、遥かなる空へと駆け上がれ”


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