第1045話「戦場の極星」

『彩花流、肆之型、一式抜刀ノ型――『花椿』ッ!』


 スクリーンに映し出されたトーカの姿が掻き消える。高性能なカメラを搭載しているはずの撮影ドローンでも、彼女の瞬間的な速度を追いきれないのだ。


『双星流、第四座、『殻蟹のキャンサー・堅守ガード』』


 しかし、彼女と対峙する占術師――アリエスは悠々とその刀を受け止める。二本の湾曲した双剣をクロスに構えて発動したテクニックは、硬い蟹のエフェクトと共に妖冥華の一撃を阻む。


「まだ星も出てないって言うのに、すごい防御力だね」


 ハチミツの掛かったポップコーンを食べながらラクトが感心する。

 アリエスの扱う占星術やそれを条件とする〈双星流〉は星の配置によってその威力や効果量が大きく上下する。そのため、星の見えない地下空間や昼間にはほとんど使えないというのが通説なのだが――。


『双星流、第六座、『少女の慟哭レディ・クライ』』

『クッ――!』


 彼女は踊るように剣を振るい、あのトーカを圧倒している。絹を裂くような女性の悲鳴が響き渡り、トーカは一瞬動きが止まる。アリエスはその瞬間を逃さず、輝く双剣を次々と繰り出した。


「さすが、ソロで前線に立ってるだけのことはあるわね。〈双星流〉って他の流派と違って基本技だけで12種類もあるのに、全部使える時間帯とか条件とか効果が違うから、それを使いこなすだけでも大変って言うのに」

「エイミーもよく知ってるなぁ」

「これくらいは予習しといたほうがいいわよ」


 饒舌に話すエイミーに驚いていると、彼女は懐から薄いパンフレットを取り出して俺の頭をぺシンと叩く。それを受け取って表紙を見てみれば、“竜闘祭徹底攻略ガイド”というポップな題名がデカデカと書かれていた。


「これは?」

「レティとかトーカとか、“竜闘祭”に出るプレイヤーの情報を纏めた冊子よ。そこの露店で一部300ビットで売ってたわ」

「なんでも売ってるんだなぁ」


 パラパラと捲ってみると、“竜闘祭”の概要や全体の流れといったイベントの説明から、レティのスキル構成、装備の詳細、習得しているテクニック、さらに戦闘時の癖まで細々と記されている。


「よくこんなに調べたな……。レティが答えたのか?」


 あまりの情報量に圧倒されながら尋ねると、エイミーはまさかと首を振る。


「そういうの調べるのをライフワークにしてる物好きがいるのよ。普段のプレイを見てどんなスキルを使っているか逐一メモしてるの」

「ええ……」

「ちなみに、レッジの特集もあるわよ」

「なんでだよ」


 エイミーがインベントリから取り出したのは、“竜搭載徹底攻略ガイド”よりも数倍分厚い冊子だった。“要塞おじさん徹底攻略ガイド”と銘打たれたその書籍の内容に目を通すと、よくもまあこんなところまでと感心してしまうほどよく調べられている。


「いつの間に……」

「こういうの調べる人は〈忍術〉スキルと〈撮影〉スキルと〈鑑定〉スキルが三種の神器になってるらしいからね。パパラッチみたいなもんじゃない?」


 ラクトはそう言ってペラペラとページを捲る。気にするだけ無駄だよ、と言われるがこんなに自分のことを纏められると恥ずかしさが込み上げてくる。


「ていうか、ラクトも買ってるのかよ」


 あまりにも自然で見逃していたが、エイミーだけでなくラクトまでわざわざ別に俺のガイドを手に入れている。まさかと思ってシフォンを見ると、彼女もおずおずと取り出した。


「本人が目の前にいるだろうに……」

「おじちゃん、わたしと居ない時の事とか全然教えてくれないんだもん」

「普通に農園で土いじったりしてるだけだからだよ」


 シフォンまでぷっくりと頬を膨らませているが俺は項垂れる。別にいいんだが……。いいんだけどなぁ。


『はああああっ!』

『どんどん太刀筋が雑になってるわよ。うふふっ』


 それはともかく、今は竜闘祭の真っ只中である。スクリーンに映し出されたトーカとアリエスは、未だ熾烈な争いを続けている。


「しかし不思議だな。NPCならともかくPCの行動まで未来視できるもんなのか?」


 アリエスは完全にトーカの剣を見切っているようで、余裕のある動きで彼女の猛攻を避けている。そして、彼女がLPを回復したりテクニックのクールタイムを消化したりして隙が出来たタイミングを狙って、的確に反撃をしている。

 時折、二人の外からメルの流れ弾が飛んできたり、レティと光の猛攻の余波が及んだりしているが、アリエスはそれも全て避けている。


「流石に難しいと思うわよ」


 ラクトの抱えたカップからポップコーンを取りながらエイミーが言う。


「でも、完全な予知は難しくても、確率の高い予測はできるから」


 エイミーの言葉を引き継いだのはシフォンである。彼女は30段のパティが重なるドラゴンバーガーなるものを食べながら、耳を震わせて言う。


「占いって統計的な側面もあって、アリエスさんはそれが上手いの」

「統計が上手い?」

「相手のことを徹底的に調べ上げて、こういう状況の時にどう動くか、っていうシミュレーションを繰り返すらしいよ」


 シフォンはアリエスから〈占術〉の基礎を学んでいる。だからこそ、彼女はアリエスの考え方を理解しているようだった。


「ここの冊子に載ってる情報もね」


 そう言って彼女は“闘竜祭徹底攻略ガイド”を示す。


「相手のスキル構成、習得テクニック、ステータス、LP量、LP回復速度、装備能力、耐久値。そういったゲーム的なデータだけじゃなくて、アリエスさんはその人の性格、癖、戦い方、来歴、判断、度胸、忍耐、そういうことも全部調べるの。もちろん、戦場の地形、気候、時間帯、星の並びなんかもね」

「普通に言ってるけど、滅茶苦茶だね」


 ラクトのツッコミに俺も頷く。

 つまりアリエスは、自身の脳内でトーカの幻想を作り出し、それと事前に練習試合を行なっていたのだ。いや、トーカだけではない。レティ、アイ、光、メル、それぞれに関しても同じことをやっているだろう。

 彼女は今回の“竜闘祭”における戦場、その全てを脳内で再構成し、シミュレーションを行っていた。だからこそ、本番となっても、事前に誰がどのような動きをして、どこからどのような攻撃が飛んでくるのか、事前に分かっているのだ。


「ぶっ飛んでるなぁ」

「レッジに言われたくないと思うけど」

「俺はこんなことできないぞ」


 はっきり言ってかなり人外じみたやり方だ。実際にどれほど信憑性があるのかは分からないが、大型ディスプレイに映し出されるアリエスの動きがその証左となっている。


「偶然だけど、参加者が全員女の子っていうのも状況が悪いわね」

「そうなのか?」


 エイミーは何か知っているようで、シフォンに促す。話を向けられたシフォンは困った様子で眉を寄せつつも、渋々話した。


「アリエスさん、女の子のことはメチャクチャ調べるから……。たぶん、おじちゃん相手だとここまで強くないと思うよ」

「ええ……」


 そういえばアリエスは女好きを公言して憚らないやつだった。そんな性格だからこそ、対戦相手となる女性プレイヤーのことは隅から隅まで調べているのだろう。

 よくGMから目をつけられていないものだと思っていると、どうやらシフォン曰く何度かGMから厳重注意も食らっているらしい。何をやっているんだ本当に……。


「下馬評だと結構順位も低いみたいだけど――」


 エイミーが言う。

 アリエスにトーカの刀が届かない。攻撃の密度だけで言えばトーカが圧倒的だったが、それでも見ている者には重たい空気が感じられた。


「実際、この中で一番勝利に近いのはアリエスだと思うわよ」


 アリエスが攻勢に出る。伸び切ったトーカの刀を弾き飛ばすと、一気に間合いを詰める。“血酔”状態で全てのステータスが軒並み強化されているトーカだが、彼女が懐に潜り込むのを許してしまう。

 彼女は戦場を支配していた。全ての争いが、六人全員の動きが、彼女の手のひらの上で行われていた。


『双星流、第二座、『猛牛のトーラス突進・チャージ』』


 脇腹に突き込まれる双剣。直撃を受けたトーカは勢いよく吹き飛び、祭壇の外へと弾き出された。

 彼女は身を捩り、祭壇へ戻ろうと動くが、すでにアリエスは動き出している。トーカに向けて剣の切先を向けて薄く笑う。


『双星流、第九座、『射手のキロン・迅矢ゲイル』』


 追い討ちの一撃。振るわれた刃から光の斬撃が放たれる。それは一条の矢となり、トーカの胸を貫く。その瞬間、トーカが硬直する。あの矢にはスタン効果があるらしい。


『うふふっ。トーカちゃんのことは全部知ってるのよ。だから、絶対負けないわ』

『クッ! この――ッ!』


 落ちていくトーカにできることはない。彼女は悔しげに口元を歪めながら、祭壇の下へと落ちていった。


━━━━━

Tips

◇『猛牛のトーラス突進・チャージ

 双星流、第二座のテクニック。

 荒ぶる牡牛の力を宿し、対象を強い勢いで突き飛ばす。射程、効果時間は非常に短いが、衝突を受けた対象は一定時間無防備になる。


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