第1044話「最高峰の戦い」

 三術連合による壮麗な儀式が執り行われた。これから始まる祭りの華々しさと厳かさを讃え、鈴や太鼓が奏でられる。その賑やかな囃子は眠りにつく竜にまで届き、彼の瞼がゆっくりと開く。


「うぉおおおおおおっ!」


 まず動いたのはレティだった。

 先手必勝とばかりに祭壇から飛び出し、向かう先は光である。


「うふふっ。やっぱりレティちゃんはこちらに来ましたね」

「まずは貴女から潰します。恨みっこなしですからね!」


 対応する光は、前もってそれを存じていたかのように大盾を彼女の正面に向けていた。驚く様子もなく、ただ優しげな笑みを浮かべて立っている。

 レティはハンマーを大きく振りかぶる。光の鉄壁を避けようという意思は欠片もなかった。前に立ち塞がるものがあるのなら、真正面からそれを打ち破ってみせるという、強い破壊衝動だけが彼女を突き動かしている。

 たとえ実母であろうと、仮想現実では関係がない。レティは冷静に戦況を俯瞰し、最も狩りやすそうな獲物を選んだだけだ。たとえどれほど防御を固めていても、自分の鎚ならばそれを食い破ることができる。彼女の強い自信が、確信となっていた。


「『時空間波状歪曲式破壊技法』ッ!」


 レティの周囲がぐにゃりと歪む。時空そのものに作用する理外の力が彼女に宿る。

 どれほど硬い鉄であっても、どれほど頑丈な構造であっても。それが物質である限り、破壊できる。冗談じみた、卑怯ですらあるテクニック。“壊せない”とされるものも“壊してしまう”ほどの、純粋な暴力。


『開戦5秒でレティが破壊技法を発動しました! LPの消費も隙も大きい技ですが、それだけに当たれば強力です! 光はあっという間に窮地に立たされました!』


 ミヒメの興奮した声がスピーカーから響く。客席のプレイヤーたちも、初っ端からフルスロットルの状況にどよめきを隠せない。


「うぉりゃあああああっ!」


 レティのハンマーが、光へ迫る。


「――『ステップ』」


 轟音を立てて祭壇が崩れる。〈ダマスカス組合〉率いる職人団が丹精込めて作り上げた巨大な構造物が、土煙を巻き上げながら崩落していく。

 光を捉えていた24機の撮影ドローンが次々とモードを切り替えながら彼女の姿を追いかける。レティを捉えていた撮影ドローンは、彼女がきつく唇を噛み締めるのを鮮明に映し出していた。


『流石は〈紅楓楼〉と言ったところでしょうか。ひとまず、レティさんの第一撃は決まらなかったみたいですね』


 冷静に状況を見ていたアストラが言う。その言葉に、あっさりと勝敗が決してしまったと落胆していたプレイヤーたち――主に大穴狙いの光支持者――が表情に力を取り戻す。


「――『ステップ』『バックスピン』『クイックバッシュ』『チャージバッシュ』『ステップ』ッ!」


 土煙の中から黄金色の少女が飛び出した。彼女は巨大な黄金盾を構えたまま、次々とテクニックを発動させて空中を機敏に移動する。


「チッ! 小賢しいですね!」

「あらあら、お口が悪いわね」


 崩落していく祭壇の残骸を足がかりにピョンピョンと跳躍するレティ。彼女の声に光は悠然と返す。地上から10メートル以上離れた空中で、二人は軽やかな足取りで空中にとどまっていた。


『普段は味方に投げてもらって移動していると聞いていましたが、やはり自力での移動もできるようですね。LP消費は大きいですが、〈盾〉スキルにはステップ系のテクニックが揃っていますから』


 光が次々と展開しているのは、盾役タンクにとって馴染み深いテクニックばかりだ。仲間の窮地を救うため、敵の攻撃の前へと割り込むために使用する短距離高速移動。そして、盾そのものを打撃武器として使用する数少ない攻撃テクニック。

 彼女はそれを組み合わせ、短時間ではあるが高い機動力を獲得していた。


「しかし、その動きは延々とできるものではないでしょう!」


 レティが倒れゆく柱を駆け上り光と同じ高度へと至る。

 ステップ系テクニックはあくまで緊急時に使用されることが想定される。そのため、LP消費は重たく、連発もできない。いかに光がLPを潤沢に持っていようと、1分もしないうちに底が見えるはずだ。

 対して、レティの高い機動力はタイプ-ライカンスロープの機体性能によるものだ。スキルに依らない単純な脚力のみで走っているため、そのLP消費は軽微なもの。八尺瓊勾玉のLP生産能力と装備補正によって無視できる程度のものでしかない。

 いくらでも走り続けられるレティが焦る必要はない。いつか落ちてくる鳥を、その真下でゆっくりと待ち構えていればいいのだ。


「――などと考えているようでしたら、レティちゃんもまだまだ甘いですの」

「えっ?」


 次の瞬間、大地に猛火が吹き荒れる。


「ぬわあああっ!?」


 六つの祭壇全てを範疇に収める、大規模な煉獄。その炎は荒れ狂う蛇のように木々を蹂躙し、哀れな原生生物たちを焼き焦がす。全く意識していなかった外からの攻撃に、レティは一瞬虚をつかれる。そして、それは無視できないほど大きな隙となった。

 光がすぐそばまで迫ってきていたレティの胸を軽く押す。何もない空中では、その程度で十分だった。レティはバランスを崩し、燃え盛る炎の海へと真っ逆様に落ちていく。


「このおおおっ!」

「うふふっ。頑張って這い上がりなさいな」


 レティはジタバタともがくが、ウサギは空を飛べない。光はニコニコと笑って、隣の祭壇へと空中移動で向かうのだった。


『ななな、なんと言うことでしょう! 形勢逆転、レティさんが一気に窮地に立たされました! この島全土を包むような業火は、メルさんによる大規模攻性機術でしょう! いったい何TB級なんだーーーっ!?』

『レティさんの破壊力は一級品ですが、彼女自身は少し猪突猛進すぎる所があります。光さんを潰すことを第一に考えすぎた結果、この戦いが六人による混戦であることが抜け落ちてしまったのでしょう』


 驚愕するミヒメの実況に、アストラの冷静な分析が続く。


「あっちゃっ! あっちゃっ! メルさん、恨みますよ!」

「くふふっ。機術師が機術師の戦いをして何が悪いのかな」


 レティは焦土と化した地上で尻尾や耳の先に燃え移った炎を払いながら、LPアンプルをガブ飲みしてなんとか一命を取り留める。未だ祭壇の上に立つメルに拳を挙げて抗議するが、彼女はなんら悪びれる様子はない。


「でも、光さんと結託するなんて!」

「そんなことした覚えはないよ。ワシの機術を向こうが勝手に利用してきただけさ」


 メルの言葉にレティも本心では納得していた。

 この戦いは、あくまで各個人同士による戦いなのだ。それに、メルが開幕一番に大規模なアーツを使うことは、事前に分かっていた。だからこそレティも、その詠唱が結ばれる前に光を沈めようと思っていたのだ。

 ステップコンボによって光がレティの一撃を避けたことで、計算が狂ってしまった。


『さあ、レティさんは苦しくなりましたね。未だ五つの祭壇は健在で、五人はその上にいますから。祭壇を登るのはかなり苦労する上に無防備に体を晒すことになりますよ』


 面白くなってきた、とアストラが声の調子を上げる。

 観客たちも予想外のスタートに戸惑いながらも、各々の応援する参加者に応援の声を送り始める。


「全く、騒がしい開幕になりましたね」

「本当に。まあ、おかげでこっちはあまり注目されなくてやりやすいけど」


 一段とギアを上げていく会場に、トーカとアリエスは揃って肩を寄せる。

 彼女たちもまた、レティたちの影で動き出していた。


「――切ったと思ったんですが」


 大太刀、妖冥華をまっすぐに振り抜いた姿勢のまま、覆面をつけたトーカが言う。


「もちろん。切られたわよ」


 その滑らかな真紅の刃の先で、アリエスは艶美に唇を曲げて答える。

 開幕と同時に祭壇を飛び出したトーカの目標は、アリエスの首ただ一つだった。彼女が最も得意とする神速の抜刀術によって、相手が反応する前に――否、知覚するよりも早くその首を落とす。そんな必勝の一刀だったにも関わらず、アリエスは未だ笑みを湛えている。

 彼女が開戦から今まで動いたのは、ただ一歩だけ。僅かに後ろへ下がっただけだ。


「申し訳ないけど、貴女の攻撃は届かないわ。その太刀筋はすでに


 その言葉にトーカは奥歯を噛む。


「占術とは厄介ですね。未来視など、どのようなカラクリでできているのです?」

「さあ、詳しい理屈は知らないわ」


 占いとは、未来を見通す術である。

 故にアリエスは自身に降り掛かる全ての攻撃を事前に知り得ている。トーカがまず最初に自分を狙うこと。それがただ一振りの斬撃によること。そして、一歩下がれば避けられるということを。

 プログラムで構成されているNPCならいざ知らず、一応は自分で考えているはずである自分プレイヤーの動きさえも予知しているいるのは、いくらなんでも馬鹿げている。トーカは冗談じみた占い師の笑みを見て、眉間に皺を寄せる。


「貴女の直感と、私の眼、どちらが勝るかしらね」

「――ッ!」


 前触れもなく二人は同時に動き出す。

 まごう事なき最高峰の戦いが、始まっていた。


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Tips

◇『チャージバッシュ』

 〈盾〉スキルレベル15のテクニック。盾を構え、勢いよく前方へ走ることで前方の敵に衝撃を与える。


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