第1043話「奮起する竜の牙」
祭壇が組み上がり、客席が完成し、目敏い商人たちがその周囲に露店を並べ、〈老骨の遺跡島〉はフィールドとは思えないほどの活気にあふれていた。そこかしこで賑やかな声が上がり、美味しそうな匂いも漂ってくる。騎士団をはじめ戦闘職のプレイヤーがこまめの原生生物を狩っているからか、無防備な生産職も楽しげに歩いている。まるで縁日のような賑わいだ。
「いぇーーーーーいっ! みなさんこんにちは! いつもあなたの側に這い寄り実況、〈ネクストワイルドホース〉のミヒメでございますっ!」
突如、あちこちに設置されたスピーカーから底抜けに明るい声が響く。それに合わせて大型ディスプレイにスーツ姿でマイクを携えた女性の姿が映し出された。
「“蒼枯のソロボル”を討伐し、第三開拓領域へ向かうターニングポイント、〈大鷲の騎士団〉が先陣を切る大型特殊レイドバトル、“闘竜祭”は間も無く開演です! 今回の実況は我々〈ネクストワイルドホース〉が行います。以後よろしくおねがいします!」
滑らかな口上に客席から拍手が湧き上がる。彼らもまた、“闘竜祭”が始まるのを今か今かとと待ち侘びていたのだ。
ディスプレイの映像が切り替わり、六角形の祭壇が映し出される。特殊な撮影ドローンによって上空から捉えられたのは、祭壇の中央で静かに佇む赤髪の少女だ。
「それでは早速、“闘竜祭”は第一フェーズ、“竜の牙”として戦う六名をご紹介! まずはこの方、破壊力なら他の追随を許さない、開拓団きってのアタックホルダー、〈白鹿庵〉が誇る“ヴォーパルバニー”、レティ!」
「うおおおおおっ!」
「赤兎ちゃーーーん!」
「お前に全額賭けてんだ。頑張ってくれ!!」
舞台に立つレティは静かに目を伏せている。ミヒメの声もプレイヤーたちの大声も聞こえていないのか、深い集中状態にあるようだ。直前までは自信満々で意気揚々としていたのだが、その切り替えの速さに思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
「えー、レティさんに関して事前に近しい方へインタビューをしております」
レティの姿を映し出しながら、ミヒメの声が続く。
まさかこんなところで事前に行われたインタビューの内容が使われるとは思わず、俺は思わず唸った。
「内容はレティさんの強みに関して。『彼女の天性の戦闘センスは抜群のもの。大群を相手にしながらも華麗に跳躍し戦う姿はまるで天女が舞い降りたかようだ。きっと今回もその美しくも華麗な戦いを見せてくれるだろう』とのことです!」
「あ、あいつ……!」
ミヒメの流麗な言葉に愕然とする。俺はそんな歯の浮くようなセリフを言っていない。
「へー。レッジ、そんなこと思ってたんだ?」
「違うぞ!?」
隣に座ってポップコーンを摘んでいたラクトがこちらを見上げる。慌てて弁明するもいまいち信じられていなさそうだ。
「紹介にあたって多少コメントを修正する可能性もありますって言われてたけどな……。七割くらい脚色じゃないか」
「はええ。メディアって怖いねぇ」
思わず頭を抱えるが、シフォンは他人事だと思って呑気な顔だ。
とりあえず、インタビュイーとして名前が出ていないのだけが救いか。それにレティは精神統一を図っていて、ミヒメの声は全然届いていないはず。
「……」
「耳、動いてるねぇ」
全然届いていた。レティの表情こそ澄ましたものだが、耳がぴくぴくと動いている。なんなら若干口元が緩んでいる。
「ま、彼女の戦意が上がる分にはいいんじゃないの?」
「だといいけどな」
無責任なことを言うエイミーにぐったりと肩を落とす。その間にも、ミヒメの軽快な語りは止まらない。
ヒューヒューと盛り上がる客席。ラクトたちからの鋭い視線。俺は頭を抱えて蹲る。レティはぶんぶんと耳を振っていて、有頂天だ。
「続いても〈白鹿庵〉からの参戦です! 冴え渡る剣技は認めることすら困難な神の一閃、その戦いにもはや視覚すら不要。“首斬り”のトーカ!」
「うおおおおおっ!」
「姐さんやっちまえ!」
「対人戦ならアンタが最強だ!」
画面が切り替わり、トーカが映る。彼女もまた静かに佇み、瓢箪を傾けて何かを飲んでいる。彼女は地下闘技場に入り浸っているだけあって、対人勢と呼ばれるプレイヤー層から人気を博しているようだ。腕や足を魔改造したサイボーグたちが大声をあげている。
「トーカさんの強さについても事前に伺っております。『なんと言っても彼女は技が冴えています。その太刀筋は一種の芸術ですらある。鍛錬によって養われた冷静さと鬼のような豪胆さが合わさった彼女は、もはや無敵と言って良いでしょう』とのことです!」
ミヒメのセリフに合わせて、トーカの瓢箪を傾ける角度が上がっていく。口の端から流れるのは、真っ赤な液体だ。
「げっ。もしかしてトーカ、血液飲んでるの?」
「ツノが赤く染まってるしなぁ」
どうやら、彼女は初っ端から“血酔”状態全開で行くらしい。
トーカは目を黒い覆面で隠しているため、ほとんどその表情はわからない。しかし滲み出すオーラが、昂る闘志の激しさを物語っていた。
「続いては〈
メルは舞台の中央に立ち、余裕の笑みを浮かべていた。すでにいくつかの術式を準備しており、周囲には情報密度の高い術式の光輪が浮かんでいる。
「事前のコメントでは、『機術師の戦いというのは俺には分からないことも多いです。けれど、彼女の実力はそれでもよく分かるでしょう。何もかもを灰燼へと変える火力は、単純ながらも強力な武器ですからね』とのことです」
「ふーん。機術師なら近くにいると思うんだけど?」
「ら、ラクトとメルはまた方向性が違うじゃないか」
なぜかツンケンとしたラクトに詰められ、冷や汗を掻きながら弁明する。ラクトは細やかに術式を使い分ける技巧派だが、メルは圧倒的なパワータイプだ。どちらかといえばレティの方が性格は似ているだろう。
「四人目はご存じない方も多いかもしれません。しかし最近、破竹の勢いで躍進している新進気鋭の実力派です! 前触れなく現れたダークホース、〈紅楓楼〉の鉄壁、光!」
光は祭壇に立ち、大盾“
「事前評価では『攻めのレティとは対照的な守りの光と言えるでしょう。その守りが厄介だからこそ、火力に秀でた面々が結託して最初に矛を向ける可能性も大いに考えられます。物理、機術、さまざまな攻撃に対してどう対応するのかが見所ですね』とのことです!」
「あれ、なんか真っ当なコメントね?」
「一応全部真面目に答えてるんだぞ?」
光はカメラに向かって手を振る余裕すら見せて、優雅な佇まいだ。もしかしたら一番緊張していないのは彼女なのかもしれない。
〈紅楓楼〉は新参ということもあり、他の面々と比べれば知名度は低い。それでも、彼女の持つ巨大な黄金盾が燦然と輝き、存在感を示していた。
「五人目は三術連合からの参戦です! 星の巡りは上々、運気は絶好調! ならば負ける要素なし! 華麗なる“星詠”の双剣士、アリエル!」
「きゃーーーっ!」
「頑張ってくださーい!」
アリエルは占い小屋をやっていることもあり、女性プレイヤーからの人気が高いようだ。彼女もご満悦の笑みで祭壇の上から客席に手を振っている。
「えー、『〈占術〉は刻一刻と効果が変化していく不安定さをどう扱うかが見どころでしょう。彼女の強さは臨機応変に動きを変える柔軟性にあると言ってもいい。それだけに、条件が整った時の彼女は無類の強さを発揮します。如何に主導権を取るかが勝敗を分けそうですね』とのことです」
〈占術〉についてはあまり知識がないからありきたりなことしか言えなかった。とはいえ、シフォンから特にツッコミは入らないので間違ったことも言っていないはずだ。
「そして六人目はこの人! “闘竜祭”を主催する〈大鷲の騎士団〉が副団長にして、その最精鋭である第一戦闘班の班長! レイピアによる熾烈な攻撃も極上の腕前だが、その真骨頂は麗しき歌声によって飾られる“
「うおおおおおっ!」
「ふくだんちょぉぉぉぉおお!」
「やっちまえ!!!」
ディスプレイに彼女が映し出された瞬間、一際大きな声援が上がる。騎士団の血気盛んな騎士たちが、一斉に声を上げたのだ。
祭壇の上のアイは恥ずかしそうに身を捩り、顔を手で覆う。
「えー、匿名希望のおじさんへの事前インタビューでは『彼女は騎士団長の近くにいることもあってあまり目立ちませんが、それでも凄腕の剣士です。小鳥のように羽ばたき舞い踊るかのような剣技は惚れ惚れとします。歌唱戦闘は混戦の中でも効果的ですので、その酔いしれるような美声にも期待したいですね』とのことです」
「そ、そこまで言ってない!」
脚色にも程があるだろ。あとでクレームを入れておかねばならない。
“竜闘祭”が終わった後のことを考えて、今から胃が痛くなる。カミルに頼んで、いい感じの菓子折りでも用意しておいてもらおうか……。
「いよいよ始まります“竜闘祭”! 第一フェーズの実況は私、〈ネクストワイルドホース〉のミヒメが、そして解説には〈大鷲の騎士団〉のアストラさんにして頂きます!」
アストラの姿が見えないと思っていたら、どうやら実況席に座っていたらしい。まあ、これくらい大規模な戦いになると、解説者も限られるだろうからな。彼なら適任だろう。
少々不本意ではあるがミヒメの語りによって会場は熱気を上げている。彼らの声が大きな波となって島中へ広がる。
彼らの激情はとぐろを巻いて眠る竜をも呼び起こす。
「“竜闘祭”、開幕ですっ!」
華々しい楽器の調べと共に、祭りが始まった。
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Tips
◇ドラゴン稲荷
竜の形を模した稲荷寿司。中にはドラゴンが溜め込む財宝に見立てた刻み沢庵が混ぜ込まれている。
“竜闘祭”会場にて販売中。
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