第1042話「這い寄る実況」

 ソロボル討伐に向けて〈老骨の遺跡島〉では着々と祭壇の建設が進められていた。〈ダマスカス組合〉と〈プロメテウス工業〉が主軸となり、サクランボたち歴戦の採集家が集めてきた大量の資材を次々と加工し組み立てていく。テントとは文字通り土台の部分から全てが違う、大規模な構造物がフィールド上に姿を現す。


「オーライ、オーライ! ゆっくり下げて!」

「こっちの資材は十分だ。第二祭壇の方に持ってってくれ」

「うわーーーっ!? 上からおっさんが!」

「馬鹿野郎なんで安全帯付けてねぇんだ!」


 島に設置する六つの祭壇の建築現場では、黄色いヘルメットを着けた〈ダマスカス組合〉の職人たちがキビキビと動いている。彼らの尽力もあって、まず初めに着工された第一祭壇はすでに八割方が完成していた。

 六角形の複雑な形をした背の高い塔のような構造物で、特殊な霊樹や頑丈な鋼鉄樹がふんだんに使われている。更に紙垂や注連縄が各所を飾り、現在も呪術師や占術師による祈祷と祝福が続けられていた。


「物々しいな」

「こんだけのモンを作るのは、俺たちも初めてだからな。念には念を入れていろんなところと打ち合わせしっぱなしだ」


 現場視察をさせてもらっていた俺が率直な感想を漏らすと、〈ダマスカス組合〉リーダーのクロウリは胸を張って言う。忙しいはずなのにわざわざガイドを買って出てくれた彼には頭が上がらない。

 今回のソロボル討伐作戦は、騎士団によって“竜闘祭”という作戦名が付けられた。戦闘職、生産職を問わず多くのプレイヤーを巻き込んで規模も大きく膨れ上がったこの作戦において、クロウリは生産分野のトップを務めている。所属、無所属を問わず多くの生産職を取り仕切ることができるのは、生産最大手を直走る〈ダマスカス組合〉のリーダーのカリスマゆえだろう。


「客席も順調みたいだな」

「器の方は問題ないさ。あとは画面と音響設備だな。音の方は〈音遊〉に発注かけてるが……」


 “竜闘祭”の第一フェーズと定められた、六人の竜の牙による試合。ある意味ではゲーム内で最強を定める頂上決戦としても注目されているこれを間近に見たいと熱望する声は早くから噴出していた。アストラはそれに応えるため、また第二フェーズである竜の贄討伐が即座に行えるように備えるため、六つの祭壇の周囲に合わせて大容量の客席の建設を指示していた。

 クロウリは祭壇建設に並行してそちらも抜かりなく進めており、祭壇を半分囲むような形ですり鉢状の客席が作られている。


「おっと、話してたらちょうど来たな」


 上空からけたたましいローター音が響き、クロウリがヘルメットのつばを押し上げる。雲を散らして降下してきたのは、組合が保有する大型輸送機だ。全て合わせて12機しかないこの輸送機も、“竜闘祭”の準備でフル稼働している。

 風を吹き上げながらゆっくりと降りてきた輸送機はタラップを解放し、ずんぐりとした胴体から大型のコンテナを降ろしていく。地上で待機していた機獣使いたちがそれを引っ張り、客席の方へと運んでいった。


「マイクとスピーカーか。でっかいな」

「島全域をカバーするんだ。あれがあと2ダース届く予定だぜ」


 オーディオ機器専門の生産系バンド〈音遊〉が開発する大型音声拡大装置〈ヤマビコ〉は、以前の〈万夜の宴〉でも大変お世話になった。今回クロウリが発注したものは、その時よりも更に改良が重ねられた最新版らしい。

 大型機獣によって運ばれた音響設備が、〈音遊〉の専門技師によって客席に取り付けられていく。


「あーあーっ! マイクテステス! 本日はお日柄なりぃィィィィィイイインッッッ!」

「うるっせーーーーっ!」

「ボリューム下げろバカ!」

「鼓膜破れるわ!」


 最大出力にすれば広範囲音波攻撃兵器としても使えるスピーカーだけあって、ハウリングしただけであちこちから怒号が上がる。ついでにその音に刺激された原生生物が飛び込んできて、警備していた騎士団員たちも忙しそうだ。


「マイクは大丈夫そうか?」

「レティたちにはピンマイクを着けてもらう予定だ。一応、かなり勢いつけても外れない奴にしといたが」

「一応指向性高性能集音マイクも準備しといてくれ」

「念には念を入れて、だな」


 竜の牙に選ばれた六人にはピンマイクが付けられる予定だが、彼女たちの戦闘はかなり熾烈なものが予想される。クロウリも既に、予防策は取っているようだ。


「あとは撮影用ドローンも24機かける6人ぶん用意してるよ」

「144機もか? オペレーターすごいな」

「レッジみたいに一人で運用するわけないだろ馬鹿野郎。空撮専門バンドの〈明け空の鳶〉が協力してくれてんだよ」

「そ、そうか……」


 細かくアングルを調整する必要がある撮影用ドローンを144機も動かすのは大変だなぁ、と思っていたらクロウリに鋭く突っ込まれる。本番ではそれに加えて各種情報系バンドや実況配信者のドローンも飛ぶはずだから、空はずいぶんと騒がしいことになりそうだ。


「戦闘に巻き込まれて落ちないか?」

「任せとけ。今回に備えて高耐久の特注品を備えてるんだ」


 よくぞ言ってくれたと言わんばかりにクロウリが不敵に笑う。

 ドローンを動かすのは〈明け空の鳶〉というバンドのオペレーターらしいが、機体そのものは〈ダマスカス組合〉が〈プロメテウス工業〉と共同で開発した最新鋭のものらしい。〈剣魚の碧海〉の暴風域で何度も厳しい実地試験を繰り返し、更にはソロボルの放つ光線にも数秒程度なら耐えられるほどの装甲を開発し、非常にタフなものに仕上がったと彼は断言する。


「しかも半分は超遠距離からの望遠撮影だからな。いくらレティたちがトンチキ火力をしてるからって、全部落ちるってことはねぇ」

「そりゃあ頼もしいな。期待してるぞ」


 “竜闘祭”は第二次〈万夜の宴〉のなかで最大のイベントと謳われ、プレイヤーからの注目度も高い。それだけに、クロウリたちの気合いも十分なのだ。


「ああっ! レッジさん、こんなところにいらっしゃったんですね!」


 クロウリと共に視察を続けていると、不意に声を掛けられる。振り返ると、見知らぬスーツ姿の女性が、ごついカメラを抱えたタイプ-ゴーレムの男性と共に駆け寄ってきた。


「えっと……?」

「ああっ、私、実況系専門バンド〈ネクストワイルドホース〉のリポーター、ミヒメと申します! こっちはカメラクルーのデコポンです」

「ウッス!」


 勢いよく迫り来るミヒメは、自身の二の腕に着けた腕章を示す。そこには〈大鷲の騎士団〉の簡略化したマークと撮影という文字が白抜きで記されていた。


「今回、〈大鷲の騎士団〉さんの許可を得て、特別実況中継を行うことになりました。“竜闘祭”の端から端まで、全部余さず発信できればと!」

「なるほど。特別実況中継ね」


 〈ネクストワイルドホース〉といえば、実況系バンドの中でも特に有名なところだ。メインチャンネルの他にいくつものサブチャンネルが24時間体制が放送され、イベントからゴシップまであらゆる情報を迅速に集めている。毎日2回発行される情報誌も、かなりの信頼を置かれている。

 これまでの何度か彼らの中継班が付いてきたことはあったが、アストラが正式な許可を出してイベントに参加させる、というのは初めてのことだった。


「あんまり素性のよくない情報系バンドだと、竜の牙の皆さんの戦闘に巻き込まれたり、そうでなくとも“竜闘祭”に支障をきたしてしまう恐れがあるということでして」

「祭壇に囲まれたエリア内には原則全員立ち入り禁止だからな。まあ、野次馬ならその辺は弁えてるし、許可が取れたんだろ」


 クロウリも話は聞いていたようで、さほど驚く様子はない。“竜闘祭”は今までのボスレイドとは色々と事情が違い、ソロボルを満足させなければならない。そのため、アストラはできる限り予測不可能性を除いておきたいと考えているのだろう。

 通称で“野次馬”とも呼ばれる〈ネクストワイルドホース〉はその点、信頼と実績がある。そういえば、以前の〈万夜の宴〉の時にも、俺たちについてきていた。あの時もできるだけ存在感を消して撮影に徹して、プロの気合いが見て取れたものだ。


「お任せください! 我々もリポーターとして、このお祭りを成功させる一助になりたいと思っていますから!」

「ウスッ!」


 ミヒメとデコポンは背筋を伸ばして威勢よく言い放つ。そして、次の瞬間には口元に猫のような笑みを浮かべ、ジリジリとにじり寄ってきた。


「そういうわけで、レッジさんには是非今回参加されるレティさんやトーカさんに関することを色々と伺いたいのですが。あと、アリエスさんとの関係とか、アイさんとの熱愛疑惑とか、光さんとのご関係とか、メルさんたちとのご関係とか!」

「ええ……。そんなに興味津々で来られても、面白い話はできないぞ?」

「大丈夫です。面白いかどうかは我々、ひいてはリスナー、読者その他もろもろの皆様に委ねていただきたく!」

「ええ……」


 グイグイと来られて逃げられそうにもない。

 クロウリはあっという間に俺から離れて、現場の指示に向かっている。完全に孤立無援となってしまった俺は、ミヒメたちのインタビューに応じるしかなかった。


━━━━━

Tips

◇〈ネクストワイルドホース〉

 いつも貴方の側に這い寄り実況、でお馴染みの実況中継専門情報系バンド。

 動画配信チャンネル、“ヤジウマch”を前身とするバンドで、調査開拓団に関わる様々な出来事を日々取材している。メインチャンネル“ネクストワイルドホース”をはじめ、グルメ、スクープ、オカルト、攻略、バグ技など様々な分野に特化したサブチャンネルが24時間配信されています。

 調査開拓団に関する情報の全てがここにある! 騒がしい場所には馬がいる! ネクストワイルドホースはそこにいる!


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