第1041話「誰が勝つか」
陣幕の外に出ると、多くのプレイヤーが慌ただしく動き回っていた。騎士団だけでなく、ソロボル討伐に協力を申し出てくれた様々な職種のプレイヤーが集結しているため、前線はどこもかしこも慌ただしい。
「おっさん、六人のメンバーは決まったのか?」
「流石にアストラが入るとか言わないよな?」
外の空気を吸って気分をリフレッシュさせていると、通りがかったプレイヤーたちに声を掛けられる。彼らも誰が六人に選ばれて、そのうちの誰を倒すことになるのか興味津々らしい。
「正確なのはそのうち騎士団から発表があると思うが……。〈
「そうかぁ……。厳しい戦いになりそうだな」
「そんなら俺はレティちゃんに賭けるかな」
核心に触れないように情報を小出しにすると、彼らは悩ましげに眉を寄せながら何やらウィンドウを覗き込む。何をやっているのだろうと首を傾げていると、彼らはそれを可視化させてこちらへ見せてくれた。
「ドラゴンダービー?」
「六人しか戦えないイベントだからな。観客は観客で盛り上がろうって寸法なんだ」
そこに表示されていたのは、アストラをはじめとする有力な戦闘職プレイヤーの名前だった。どうやら、彼らは誰が六人に選ばれるか賭けていたらしい。
「ま、六人選出の賭けは前哨戦みたいなもんさ。本番はプレイヤーが出揃った後、誰が勝ち残るかだな」
「〈サカオ〉のブックメーカーが主催してる奴だからな。結構盛り上がってるぜ」
話を聞きながら見ている間にも、名前の隣に表示された数字が次々と変わっていく。陣幕の中で話し合っていたとはいえ、『聞き耳』などのテクニックを持つプレイヤーはしっかりと張り込んでいるはずだ。彼らが情報をすでにリークしているのか、俺やアストラの名前はグレーアウトしていた。
「こういう賭博って儲かるのか?」
「大穴当てりゃあ億万長者さ」
「ま、なかなかそうはならねぇけどな」
わっはっは、と豪快に笑う男二人。調査開拓団には彼らのようなギャンブル好きが大量に居るらしい。
「騎士団の発表もすぐにあるんだろ? 六人が確定したら、それこそもっと盛り上がるぜ」
「おっさんも最推しに賭けてみろよ!」
そう言って、ギャンブラーたちは去っていく。取り残された俺は、改めてFPOのプレイの幅広さを思い知るのだった。
「……レッジさん、誰に賭けるんですか?」
「うわぁっ!?」
突然背中を指先でなぞられて飛び上がる。驚いて振り返ると、眉間に皺を寄せたレティが立っていた。
「誰にって。ギャンブルはしないさ。興味ないし」
「ふーん。レティに賭けてくれないんですか? 絶対に勝ちますよ?」
「いや、そう言う話じゃ」
ギャンブルに身を窶す、というわけではないが。〈白鹿庵〉から二人も出ているのに、その中から一人を選んで金を賭けるというのはあまり気が進まない。
「それじゃあ本番はどうするんですか?」
「普通にラクトたちと観戦する予定だが?」
戦うのは六人だが、その後には竜の贄対調査開拓団の決戦フェーズが待っている。そのため、俺たちも祭壇の近くでレティたちの戦いぶりを見守ることになっていた。
「しかし、レティは大丈夫なのか?」
「何がです?」
耳を揺らして首を傾げるレティに対して、俺は少し声を抑えて言う。
「光はその、リアルの……」
「大丈夫ですよ。公私はきっちり分けるので!」
光はレティの母親である。リアルとは容姿が異なるとはいえ、身内同士で戦うのはやりにくいところがあるだろう。しかし、そんな俺の不安に反してレティはあっけらかんと言い切った。
「たとえあの人が相手でも、キッチリバッチリぶっ飛ばしますよ!」
鼻息荒く腕を曲げて拳を握るレティ。彼女の戦意は些かも衰えていないようだった。
「あらあら、それは頼もしいですわね」
「げぇっ!? お母様!?」
しかし、直後に陣幕の中から現れた光本人の言葉を聞いて、彼女は飛び上がる。
「う、打ち合わせをしていたのでは……」
「すぐに終わりましたの。やるべき事はただ一つ、戦って勝つだけですもの」
「ぬぬぅ」
本人が不在の時は勇ましく啖呵を切っていたレティだが、やはり母親とゲームで争うというのはやりにくいらしい。若干切れ味が鈍っている。
一方で光は微笑みを絶やさず余裕の表情だ。
「レティちゃんはなかなか強いみたいですが、私も結構強くなりましたの」
「ぬぅ。それでも年季が違いますよ、年季が! ゲーム歴でいえばレティの方が長いんですからね。先輩なんですからね!」
「いつの時代も、胡座をかいた強者ほど崩れやすいものはありませんの」
「ぬぬぬぬっ!」
本当に親子かと疑うほどの煽り合いである。それを騎士団の本部テントの真正面で繰り広げるものだから、周囲からも続々と人が集まってくる。レティたちの言葉から、二人が六人の中に選ばれたことはあっという間に広まっていく。
「ゲーム内物理攻撃力最強の赤ウサちゃんと、物理防御力特化のメイドさんか……」
「最強の矛と最強の盾。なかなかいい選出だな」
「矛盾の話って結局どっちが買ったんだっけ?」
賑やかに予想を始めるプレイヤーたち。レティは絶対に勝ちますと声高に宣言するし、光も涼やかな顔で笑っている。
「一応、ワシらも参加者なんだけど」
「なんだか全てレティたちに取られてしまっていますね……」
騒ぎを聞きつけて出てきたメルとトーカが肩をすくめる。
「お、おじちゃん!」
観衆を盛り上げているレティたちを見ていると、慌てた様子のシフォンが飛び込んでくる。彼女を胸で受け止めながら、何事かと要件を聞く。
「どうしたんだ、シフォン」
「掲示板見てたら、なんか、なんか!」
はええ、と言葉にならない声を漏らすシフォン。困惑したまま、彼女がウィンドウを表示して見せてくる。そこに書かれていたことを読んだ俺は、思わず眉を吊り上げた。
「なんだこれは!?」
「わ、わかんないよぅ」
ブックメーカーによる公営賭博。ソロボル討伐に関する項目の中、猛烈に勢いを増している賭けがあった。
「“なんだかんだでレッジがソロボルをぶっ飛ばす”って何だよ。しかもすごい金額が釣り上がってるんだが……」
ブックメーカーのページに燦然と輝くその文字列に、俺は思わず頭を抱えた。
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Tips
◇ドラゴンダービー
〈老骨の遺跡島〉のボス、“蒼枯のソロボル”討伐に向けて開設された新たな賭博。竜の牙となる6名の選出から、竜の贄となる1名、さらにはソロボルの討伐法まで、あらゆる事象に関して賭けが設定されている。
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