第1040話「出馬表明」
〈老骨の遺跡島〉沿岸部、〈大鷲の騎士団〉の大陣幕。そこは今、非常に緊迫した空気が流れていた。その原因は俺が賢狼ウロから教えられ、持ち込んだ情報だ。
「六人を選び出さないといけないわけですね」
テーブルに手をついてアストラが言う。
“蒼枯のソロボル”討伐のために必要な神事、それは六人の戦士を争わせ、最強の一人を決めた後、ソロボルによってさらに強化されたその一人を倒すというものだった。味方同士で争わせるというところがすでに性格の悪い祭りではあるが、まあ納得できる。問題なのは、調査開拓団の代表とも言える六人をどう選出するかだった。
「とりあえず、俺とレッジさんですね」
「何を既定みたいに話を進めてるのよ」
親指と人差し指を折って数えるアストラにすかさずアイがツッコミを入れる。ナチュラルに六人の中に含まれそうになっていた俺は慌てて首を振った。
「俺なんか入れてもしかたないだろ」
「しかし、レッジさんと戦えるなら……」
「兄さんとレッジさんが戦ったらボスどころじゃなくなるでしょ!」
「レッジさんがボスになったら手をつけられないって学びましたからねぇ」
抵抗するアストラだったが、アイとレティによって説得される。ちょっと油断すると俺を戦いの舞台に上げようとしてくるのだから油断できない。
そもそも、選び出さなければならない六人は、最初から敗北が決まっている。最終的には、プレイヤーによって倒されなければならない六人なのだ。
ゲーム内最強の称号を持つアストラなんかが六人の中に入ってしまうと、もはや勝ち目すらなくなってしまう。伝家の宝刀は大切にしまっておかねばならない。
「とりあえず、私が立候補しますよ」
手を挙げたのはアイである。彼女は自身の兄の方へと目を向けて、軽い調子で口を開く。
「もし私が勝っても、兄さんなら殺せるでしょ?」
「まあね」
アストラは何ら驕り高ぶることなく、冷静に頷く。竜の贄となるとどれほど強化されるか不明な今でも、彼はアイを倒せると確信していた。その自信が最強の所以なのだろう。
「そ、それならレティも立候補しますよ!」
アイに引き続き、レティが挙手する。彼女は輝く目をこちらに向けて、大きな期待を送ってきた。
「レッジさんなら、レティを殺せますよね!」
「いやぁ……。どうかな……」
「レッジさん!」
ぐいぐいとにじり寄られるが、あんまり自信がない。なにせ俺は防御力も高くないただの非戦闘職一般プレイヤーおじさんだ。ゲーム内でアストラを抑えて物理火力トップに君臨するレティを下せるかどうかはなかなか怪しい。
「大丈夫ですよ、レッジさん」
むむむ、と不満そうに頬を膨らませるレティに手を焼いていると、アストラが助け舟を出してくれる。そうだ、別にレティだからといって俺が相手をしなければならないわけではない。アストラが勝ってくれさえすればそれでいいのだ。
「俺とレッジさんの力が合わされば、誰でも倒せます!」
「えっ、俺も戦うの?」
予想外の言葉が飛び出し、思わず目を丸くする。アストラは至極当然といった様子で頷く。
「レッジさんが蒔いた種のようなものですからね。一緒に頑張りましょう」
「えっ。でも」
「頑張りましょう!」
「あっはい」
なんか押し切られた感じもするが、実際俺も手伝えることなら手伝うつもりだ。といっても、アストラがいれば大体何とかなるだろうという算段もある。
「なるほど。そう言うことならワシも立候補しようかな」
ぴょい、と軽くジャンプしながら手を挙げたのは〈|七人の賢者《セブンスセージ〉のリーダー、“炎髪”のメルだ。攻性アーツの専門家で、その分野では右に出るもののいない、正真正銘のトッププレイヤーである。
「六人の中で勝てば、レッジと戦うことができるんでしょ? なら挑戦しないわけにはいかないよね」
「いや、あくまで討伐のリーダーはアス――」
「そう言うことです。誰がレッジさんと戦うに値する力を持っているのか、という勝負になりますね」
「えっ」
アストラの自信に満ちた言葉に困惑する。あれ、これってそういうやつだっけ?
「メルさんは物理防御力が紙なんじゃないですか? レティとは分が悪いと思いますけど?」
「開戦はお互い離れてるんでしょ? そっちこそ、逃げ足を温めておいた方がいいんじゃない?」
「ふーん」
「ふーん……」
何やらレティとメルがすでにバチバチしている。二人ってそんなライバル的な関係にあったっけ。
「わ、私も頑張りますからね!」
「えっ? ああ、おう。期待してるよ」
なぜか焦った様子のアイがぎゅっと拳を握って強く意気込む。彼女にもぜひとも頑張ってもらいたいものだ。
「ということは、これで三人ですね。あと三人ですが……」
「話は聞かせてもらいました! 私も出陣しましょう!」
突然陣幕の入り口に掛けられた暖簾が翻り、明朗な声が響き渡る。驚いて振り返ると、光を背にして大太刀を背負った和服の少女が立っていた。
「トーカ!?」
「プレイヤー最強と聞いては座っていられません。闘技場チャンピオンの実力、とくとお見せしましょう」
「そういえばトーカはこういうの好きそうだったなぁ……」
いったいどこから聞きつけてきたのか疑問はあるが、ともかく彼女が参加を表明するのは納得だ。彼女は常日頃から
額から伸びた鬼のツノを真っ赤にして、彼女は興奮気味に近寄ってくる。
「任せてください。私がレティもアイさんもメルさんも纏めて切り伏せましょう」
「お、おう……」
ふん、と鼻息荒く断言するトーカ。
そんなわけで、彼女がエントリーした。
「なかなか面白いことになってるわね」
「レッジっていつも目を離したら辺なことになってるよねぇ」
「はええ……」
トーカの後ろから現れたのは、エイミーとラクト、そしてシフォンである。どうやらみんな噂を聞いて駆けつけてくれたらしい。
「エイミーたちもエントリーするのか?」
「遠慮しとくわ。六人の枠をほとんど〈白鹿庵〉で占有するのも悪いでしょ?」
「PvPはあんまり興味ないもんね」
まさかと思って尋ねてみるも、三人にそのつもりはないようだった。シフォンも狐耳をピンと立ててふんふんと頷いている。
「ああ、でもエントリーしそうな人は居たから連れてきたわよ」
エイミーがそう言って体をずらす。促されて入り口から入ってきたのは、砂漠の踊り子のような衣装を身に纏う褐色の女――“星詠”のアリエスだった。
「アリエス? なんでまた……」
「レティちゃんやアイちゃんと戦えるんでしょ? こんな貴重な機会、逃すわけがないじゃない?」
ニコニコと笑い、レティたちへ視線を巡らせながらアリエスが言う。彼女の含みを持った言い方に、なぜかレティたちが身を震わせていたが。
「ミカゲの紹介でして。三術連合もソロボル討伐には噛んでるし、参加させてくれということで」
トーカがそっと補足してくれる。三術連合も祭壇の位置を特定したりソロボルの調査をしたりと奮闘していた。彼らの苦労に応えるために、優先的にエントリーさせるということらしい。
「アリエスさんであれば、ソロボルも納得してくれるでしょう。今日は大丈夫なんですよね?」
「もちろん」
アストラの問いに、アリエスも頷く。
彼女の使う〈占術〉スキル、特に占星術は星の配置に強い影響を受ける。その日ごとに運勢が変わり、それが戦闘能力に直結するのだ。アリエスは今日の星の巡りは最高だと自信を持って答えた。
「アイ、レティさん、メルさん、トーカさん、アリエスさん。錚々たる面々ですね」
アストラがテーブルを囲む挑戦者たちを見渡して言う。確かに、こんな事態でもなければなかなか揃わないメンバーだろう。アイやレティはあんまり対人戦を好まないというところからも、珍しい組み合わせであるのは間違いない。
「しかし、こんなところに入ろうとする奴はいるのか?」
五人が五人ともトッププレイヤーとして疑う余地のない実力者である。
そんな中にわざわざ入りたいと考える者がいるのか、少し疑わしい。アストラも同じ気持ちだったらしく、少し懸念の残る表情で頷いていた。
だが、そんな俺たちの予想に反して、六人目は思いの外すぐにやって来た。
「お邪魔しますの。ソロボル討伐のための試合のエントリーは、こちらでよろしかったかしら?」
陣幕の外から透き通った声がする。それを聞いた瞬間、レティの耳がピクンとはねた。
開かれた垂れ幕の向こうから現れたのは、黄金色のウェーブした髪を揺らす、小柄なメイド服の少女。その背中に、背丈よりもはるかに大きな盾を背負った、フェアリーの大盾使いだった。
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Tips
◇竜の六牙
勇ましき竜の無聊を慰める、六人の強者たち。その剣戟にて御竜の気を鎮め、また海の豊穣を祈る。
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