第1038話「闇の中の賢狼」
洞窟の中から現れたのは、見上げるほど大きなコボルドだった。その体躯は積み重ねてきた歴史を感じさせながらも、強い生命力に満ち溢れている。毛の薄いコボルド族には珍しく、全身を豊かな白い毛で包み、こちらを見下ろしている。
そう、見下ろしている。
「このコボルド、目が……」
「コボルドだって元々はドワーフから分岐した種族だからな。先祖返りで目が見える者が出てくる可能性はあるだろうが」
その眼光は並の原生生物ならば尻尾を巻いて逃げてしまいそうなほどに鋭い。実際、レティやアイといった高い威圧耐性を持っている戦闘職以外、俺やフゥたちは足がすくんで動くこともできなかった。
老コボルドはしばらくの間、俺たちをじっくりと見つめる。まるで、こちらの資質を吟味しているかのような、緊張の時間が流れる。
『グァウ』
緊張感が途切れたのは、向こうの小さな声と共に視線が外れたからだ。老コボルドは壁際に立っていたグルの方へ向き直り、彼が持っていた手土産に興味を示す。
「いきなりボス戦とかならないですよね?」
「流石にそんなことにはならないだろ」
不安げに、そっとハンマーを指先で確認しながらレティが言う。コボルドたちとは基本的に友好な関係を築けているとはいえ、一度は矛を交えたこともある。何より、老コボルドの圧倒的なプレッシャーが、レティの危機感を煽っていた。
『グルルアウ』
老コボルドが吠え、俺たちは背筋を伸ばす。見れば、彼は俺たちが用意した手土産をまとめてバリボリと噛み砕き飲み込んでいた。牙の太さは俺の腕ほどあるだろうか。よく研がれたナイフのように鋭く、そして硬い。硬質な悪食芋虫の肝もあられのようにポリポリと噛み砕いていた。
手土産をあっという間に平らげた老コボルドはおもむろに腰を下ろす。グルがそれに倣うように座ったため、俺たちも続く。どうやら、手土産を持ってきたことで、なんとか会話の舞台に上がることはできたようだ。
『
「俺はレッジ。レッジだ」
翻訳機の電源を入れながら、質問に答える。アイたちも緊張しながらも名前を伝えていくと、老コボルドは胸に親指で触れながら“ウロ”と繰り返した。
どうやら、彼の名前はウロというらしい。
老コボルドの話すコボルド語は、グルたちが話すものとも違っている。現在のドワーフ語と古ドワーフ語にも見られる活用の変化などがあることから、ウロの話す言語は古コボルド語と言っても良さそうだ。
『何を なす 為に 来た』
「かつて行われていた海竜に奉じる祭りについて調べている。海竜の名はソロボル、もしくはエウルブ=ロボロス。エウルブ=ピュポイの下で海を管理していた巨大な竜だ」
『――――エウルブ=ロ
しばしの沈黙の後、ウロはゆっくりと言った。それを聞いて、俺は思わず顔を上げる。コボルド語が分からないアイたちが怪訝な顔をしていたため、早口で伝える。
ウロはソロボルに関して、少なくともその存在を知っている。
『豊穣の 祝祭 夜明けの 宴 六匹の 民が 争う』
「六匹の民が争う?」
『最も 濃い 血 匂い立つ 錆の香 戦士たちの 叫びが 竜を 激らせる』
ウロの口から飛び出すきな臭い言葉の数々に胡乱な顔になってしまう。ソロボルに奉納する演舞は、いわゆる踊りではないのだろうか。俺はてっきり、六つの祭壇を建てて、そこで何かしらの踊りを披露することで、竜が満足するものと思っていた。
しかし、その予想を伝えると、ウロは首を振る。
『エウルブ=ピュポイは 昂りを 好む エウルブ=ロブロスは 叫びを 求む』
「どういうことだ?」
疑問が次から次へと湧き出てくる。しかし、ウロは話し疲れた様子で、一度深く息を吐き出す。彼が休息している間に、グルがウロについて説明をしてくれた。
曰く、ウロはコボルド族の誰も年齢を知らず、どの親よりも長く生きているという。廃都がグレムリンたちによって占拠されるずっと前から、郊外にあたるこの洞窟で一人暮らしていた。外に出ることは滅多になく、コボルドたちに知恵を授ける対価として手土産を求めていた。
グルたちコボルドの多くは、ウロが目が見えることを知らない。そもそも視覚という概念がないためしかたないが、その代わり自分たちにはない特別な力を持っていると認識していた。
「ウロさんはソロボルのお祭りを実際に見たんでしょうか?」
「どうだろうな。流石に、そこまで長生きだとは思わないが……」
ソロボル、エウルブ=ロボロスに演舞を奉納していたのは未詳文明がまだ栄華を誇っていた時代のことだ。少なくとも3,000年前の出来事なのだから、流石に生きてそれを見ていた可能性は低い……と思うのだが、未詳文明関連は結構ファンタジーなことも多いからな。もしかしたら数千歳の長命かもしれない。
『コボルドが 石を 掘る ドワーフが 舞台を 作る エルフが 歌う 皆が 戦う』
「また知らない単語が……。とにかく、演舞っていうのは六人が戦うことなのか?」
『六匹の戦士が 戦う 贄を 求めて』
「贄?」
ウロが頷く。彼は長い白髪の隙間から金眼を輝かせ、俺をまっすぐに見つめていた。
『六匹が争う 一人が勝つ 竜の力 一人が 得る』
「うーん。なんとなく分かってきたが……。この理解でいいのか?」
ウロの言葉は古コボルド語である上、本来ならば匂いなど音声以外の要素も使うはずのものであるため、なかなか理解し難い。それでも、翻訳機の力も借りつつ、なんとかそれなりの辻褄を合わせていく。
「要は、六つの祭壇に六人が立ち、お互いに戦うのか。それで最後まで勝ち残った一人が、竜の力――つまりソロボルの力を得る。それが贄になるってことだな。となると……」
『竜の贄 戦う 最上の 祝祭』
「勝ち残って“竜の力”を得た奴と戦って、勝てばいいってことだな」
ウロは否定しない。おそらく大枠で間違ってはいないのだろう。
六人を集め、戦う。最後の一人がソロボルの力を得る。ソロボルの化身とでもいうべき“竜の贄”となったその一人を倒せば、ソロボルは満足するということだ。ギミックボスもいいところである。
ボスを倒すために、まずは仲間内で争わなければならないとは。
「当然だが、手加減したら……」
『千の雷 全てを 焼く』
八百長は厳禁ということだ。
つまり、本気で戦わなければならない。
「ありがとう、ウロ。おかげで前に進めそうだ」
『ならば よい』
ガグゥル、とウロが吠える。
俺は立ち上がり、彼に向かって深く感謝を伝える。彼のおかげで、ソロボル打破の道筋が立った。ならばあとは動き出すだけだ。
「遺跡島に戻ろう。アストラと打ち合わせしないとな」
「わ、分かりました!」
やることは山積みで、時間は少ない。俺は受け取ったばかりの情報をしっかりと記録しながら、急いで走り出した。
━━━━━
Tips
◇賢狼ウロ
〈窟獣の廃都〉辺境の洞窟に住む老齢のコボルド。その年齢は推定不能だが、少なくとも100歳を軽く超えている。コボルド族でありながら視覚を有しており、金に輝く瞳に睨まれればどんな猛獣も怯え恐れてしまう。
長い歴史の中で多くの知識を蓄えており、対価を差し出せば求める答えを返す。だがその言葉はひどく難解で、全てを理解するには多大なる労力を要するだろう。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます