第1036話「斜面を登って」

 グルを傭兵として雇い、町の外へと向かう。洞窟に住む物知りな老コボルドについて知っているかと聞いてみれば、彼も心当たりがあるようだった。やはり、件の人物はコボルドたちの間では有名らしい。


グルゥルこちら


 “洞窟獣人の斥候コボルドスカウト”として活躍していたグルは、コボルドの中でも特に耳と鼻が良い。ランタンの光がない暗闇も、迷うことなく進んでいた。

 俺たちは彼の案内で大空洞の端へと向かい、そこから急な斜面を登って行った。大空洞の壁面には大小様々な横穴があり、コボルドや原生生物たちがそこに住んでいる。地下に住む原生生物は、コボルドだけでなく悪食芋虫ロックイーターなど穴を掘るのが得意なものが多いのだ。


『ガゥッ』


 長い爪を岩に引っ掛けてスイスイと登っていたグルが短く吠える。翻訳機を介さずとも、警戒を促す声であることが分かった。

 俺は背後を守るクリスティーナたちに合図を送り、警戒を促す。レティたちの手にも力が入るなか、グルは耳をピンと立てて鼻を動かす。コボルドは盲目だが、その索敵能力は調査開拓員の斥候にも勝る。


グルァ穴の中ガウガ

「了解です!」


 グルの言葉を聞いて、レティたちが前に飛び出す。そこへ現れたのは、大柄で筋肉質なモグラに似た原生生物。長く黒光りする爪が特徴的な、ブラックネイルモールだ。


「てややーいっ!」


 穴の中から奇襲を仕掛けてきたブラックネイルモールだったが、グルが事前に察知してくれたおかげでレティによってモグラ叩きの相手にされてしまう。入念に自己バフを施した彼女の攻撃力に敵うはずもなく、あっという間に倒されてしまった。


『グルゥ……』


 ナイフを取り出してモグラを解体していると、グルが不満そうに耳を伏せて何か訴えてくる。彼は自分の胸をポンポンと叩き、鋭い牙をガチガチと鳴らす。


グル私はガウガアグルア戦いのコボルドです

「傭兵なんだから戦わせろって?」

『ガウ』


 翻訳機の力を借りつつ彼の意思を汲み取る。どうやら、傭兵として雇われたのに自分ではなくレティたちが原生生物を倒して回っているのが気に食わないらしい。

 グルは斥候だが、族長によって選出されるほど戦闘能力も認められている。せっかく雇われたのに芋虫やモグラをを探すだけで終わるのは役不足なのだろう。


「そうは言ってもなぁ。レティたちを止める方が大変だぞ」

『グルル……』


 ただでさえ戦闘大好きなレティに、その真似をするLettyまでついているのだ。二人の兎を止めるのは至難の業である。肩をすくめ、ハンマーの手入れをしているレティたちの方を見て言う。グルもそれは分かっているのか、「それはそう」とでも言いたげなため息をついた。

 モグラの解体も終わり、再び出発する。

 大空洞の斜面は登るほどに角度を増していき、やがて壁面を削って作られた細い道へと変わった。葛折りに重なる道を歩きながら、グルはひたすら上を目指す。


「物知りコボルドはこんなところに住んでいるんですか」


 下を見れば霞みそうなほどの高所へとやって来て、アイが戦々恐々としながら言う。コボルドもいくら目が見えないとはいえ、高所が危険であることに違いはない。住処を追われてやって来たのか、自ら好き好んで居を構えているのか、どちらにせよ興味が尽きない。


グガウガゥ転がる石グルルアッ注意!』


 グルの声で一斉に身構える。その数秒後、斜面の上方からパラパラと細かな石の破片が降ってくる。そして次には、巨大な岩が猛烈な勢いで転がってきた。


「うおおおっ!?」

「ここは任せてくださいな。フゥちゃん、よろしくお願いします!」


 岩はすでに勢い付いており、左右にも避けられない。そこで名乗りを上げたのは光だった。彼女は特大の黄金盾を構えたまま、側にいたフゥに声を掛ける。


「はいはーい。『プッシュショット』ッ!」


 フゥは手に持った大きなフライパンを振りかぶり、それで光の尻を強く叩く。その衝撃で光は勢いよく飛び出し、落石の前に着地した。

 フゥの使ったテクニックは鈍器で味方を殴り飛ばすもので、基本的には硬直した味方を緊急回避させる目的で使う。しかし、今回は盾を展開したことで重量オーバーとなり動けなくなった光を前線に運ぶために使ったようだ。

 二人のやりとりを見るに、普段からこんな感じで戦っているのかもしれない。


「ふふふっ。『遥か聳える長城の高壁』ッ!」


 余裕を見せる光。彼女の盾“私の高貴なる黄金宮殿ゴールデンパレス”が光を広げる。内部の機構が作動し、頑丈なスパイクが盾を地面に固定する。装甲が左右に展開し、更に半透明の障壁も広がった。

 間をおかず迫る大岩は、全て盾によって阻まれる。光はなんら不安のない顔で、落石が収まるのを待っていた。


「特大盾の頼もしさはすごいな……」

「でしょう? 全然動けないのがネックなんだけどね」


 光はその小柄なフェアリー機体に不釣り合いなほど巨大な盾を扱う防御特化の盾役タンクだ。愛用している盾は両手で扱う大盾のなかでも更に巨大な、特大武器にカテゴライズされる特大盾であり、その重量は規格外である。そのため、彼女は盾を装備するとその場から一切動けなくなる。前進できないが後退もしない。ただ攻撃を受け止め続けるという盾役のなかでも極端なスタイルだ。


「ふふ、容易いですの」


 落石が収まり、ガシャコンガシャコンと音を立てて特大盾が小さくなっていく。最小となってもタイプ-フェアリーの背丈は軽く超えるのだが、光はそれを背負って、こちらへ戻ってきた。


「盾を格納状態にして、所持重量アップ装備を何個も揃えて、ようやく歩けてるんだよ」

「重量は苦労するよな。分かる分かる」

「レッジさんはBBまで脚力に極振りしてるからじゃないですか」


 あれもこれもとインベントリに突っ込んでいると、すぐに重量限界が来てしまうのだ。リュックやら反重力アクセサリーやらといった所持重量を増やすアクセサリーもあるが、実際にやりたいこととの兼ね合いが難しい。光は思い切って、インベントリにはほとんど何も入れない強気のスタイルらしい。


「私は回復もモミジさんやフゥちゃんに任せてますの。盾を構えていればいいというのは、楽でいいですの」

「タンクはその盾を構え続けるのが一番難しいとよく言うんですが……」


 ニコニコと笑って語る光に、クリスティーナが眉を寄せる。

 どれだけ巨大で恐ろしい敵が迫っても、盾を構えて最前線に立ち続けるというのは、特に仮想現実ではかなりの胆力がなければできない。優秀な盾役とは、豪胆さが何よりも求められるのだ。その点、光は適職なのかもしれない。


『グァウッ』

「おっと。すまんすまん、出発するか」


 ついつい話し込んでいると、グルが先へ促してくる。俺は彼に謝りながら、再び斜面を登っていく。

 その後も何度か原生生物の襲撃を受けたが、優秀な斥候のおかげで全て余裕を持って迎えることができた。戦闘力で言えば、レティ、Letty、アイ、クリスティーナ、フゥと過剰すぎるくらいに揃っている。時折起こる落石や重量級原生生物の突撃なども、光が余裕で退けてしまう。

 そんなわけで、俺たちの道中は比較的安全だった。グルを先頭に斜面を登り、〈クナド〉の光が遠くになったころ、ようやく目的地に辿り着く。


『ワフッ』


 ここだ、とグルが立ち止まる。

 そこには年季の入った小さな洞窟があった。グルが穴の奥に向かって吠えると、すぐに別の声が返ってくる。その声に応じて、グルは穴の中へと入っていった。


━━━━━

Tips

◇『遥か聳える長城の高壁』

 〈盾〉スキルレベル70のテクニック。大盾を構え、背後のみならず両翼に立つ味方も守る。

 盾の防御力が高いほど、防御範囲が広くなる。


Now Loading...

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る