第1035話「思わぬ再会」

『もう、何も怖くない……』

「よく頑張ってくれたな、クナド。ゆっくり休んでくれ」


 正気を失った目をしたクナドがフラフラと制御塔の奥へと去っていく。誰もいないところで精神を回復させたいのだろう。その後ろを当然のようにブラックダークがついていっているので、どれほどゆっくりできるかは分からないが。


「クナドさんのおかげで、 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉の情報がいくつか集められましたね」

「これを元にもう少し聞き込みをすれば、もっと詳しいことも分かるかもしれません」


 レティとアイも希望を見出しやる気を漲らせている。

 ブラックダークの“失われし太古の記憶”をクナドに翻訳してもらった結果、 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉に関する記述がいくつか見つかった。光の持つ“失われし太古の記憶”だけで収穫があったのは、幸運と言えるだろう。

 それによれば、 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉とは第零期先行調査開拓団の一員で、第二開拓領界の統括管理者エウルブ=ピュポイの別名である。広大な海洋を管理するため、それに適した有機外装を装着していた。彼女の部下もまた海洋環境に適応する姿を取っており、ソロボルがあのような姿なのもそんな理由かららしい。

 そして、最も重要な手掛かりがひとつ。 〈絢爛たる闘争のファイティング祝祭の乙女スピリット〉はその名にもあるように祭りが好きだったらしい。定期的に盛大な祭りを求め、三日三晩飲み明かしたという。


「この祭り……〈星海祭〉がソロボルの求めてるものなんだろうな」


 祭りの名前が分かったのは大きな前進だ。俺はアイたちを引き連れて、再び街へと繰り出す。今度はコボルドたちに物知りな老人などを紹介してもらい、その生き字引に頼る作戦を取った。


「〈星海祭〉に関すること、もしくはそれについて知ってる人を知らないか?」

『古い洞窟の底に生きている老いた我々が知っているかもしれません』


 相変わらず翻訳機は直訳気味だが、ブラックダークの言葉よりは分かりやすい。何度か聞き込みを続けていると、町の外にある洞窟の中に住んでいるコボルドが何度も紹介された。


「町の外の洞窟ねぇ」

「坑道も含めれば、何百とありますよ」


 〈クナド〉の町に移り住んでいるコボルドやドワーフは比較的若い世代らしく、老齢の者は旧来の住居に留まっているものも多い。とはいえ、〈窟獣の廃都〉は巨大な地下空間を中心として周囲に無数の穴が開いている。そのうちのどれに目的の老コボルドが住んでいるのかはさっぱり見当がつかない。


「手分けしてしらみつぶしに探していくか?」

「それでも何日掛かるか分かりませんよ。それに、翻訳機を持っているのはレッジさんだけですし」

「それもそうだなぁ」


 レティの冷静な指摘に納得してしまう。そんな彼女はなんとなくコボルドと意思疎通を図ることができるわけだが、詳しい情報を聞き取れるわけではない。

 改めて考えるとレティはすごいな……。


「普通に、コボルドに案内してもらったらいいのでは?」


 おずおずと手を挙げてそう言ったのはフゥだった。


「しかし、そう都合よく手の空いてるコボルドなんているか?」


 町にいるコボルドの大半は、建築作業に従事していたり露店を開いていたりする。彼らに聞き込みをするのも少々申し訳ないくらいで、さらに道案内まで頼むのは心苦しいのだが……。


「多分、傭兵をしているコボルドもいると思うし、そっちで雇ったらいいんじゃ」

「傭兵?」

「傭兵!」


 フゥの口から飛び出した言葉に、俺を除いた全員が「その手があったか」と言わんばかりに表情を明るくする。唯一首を傾げた俺をみて、レティがすかさず説明をしてくれた。


「戦闘能力のあるNPCをお金で雇って、フィールド活動の護衛をしてもらうシステムですよ。〈取引〉スキルのレベルに応じて、雇える傭兵の強さも変わるんですけど、レッジさんならいけると思います」

「そんなシステムがあったのか……」


 本当に知らないことがまだまだ多い。

 傭兵システムは本来、戦闘能力を持たない生産職なんかがフィールドへアイテム採集へ出かける際に使用するものらしい。傭兵は個人的に交流を深めて好感度を上げたNPCを雇うこともできるが、基本的には“詰所”と呼ばれる施設に仲介してもらうものなのだとか。

 フゥの案内を受けて、早速〈クナド〉の街中にある“詰所”へと向かう。


「ここが“詰所”か」

「まだ建築中っぽいですけど、一応開いてるみたいですね」


 ベースラインが完成したばかりの状況なので仕方ないが、〈クナド〉の詰所は簡素なものだった。広い土地にコンテナが並んでおり、その側に受付らしいテーブルがぽんと置かれている。雨の降らない地下洞窟内とはいえ、なかなか攻めた配置だ。


『いらっしゃいませ、ようこそ〈マーシナリーアライアンス〉へ』


 テーブルの側に立っていたNPCがにこやかに出迎えてくれる。コンテナの側には武装したNPCが何人かたむろしているあたり、あの中から選ぶかたちになるのだろう。


「コボルドの傭兵を雇いたい。このへんの地形に詳しくて、道案内が得意な人がいいな」


 簡単に要望を伝えると、NPCはすぐに頷く。


『かしこまりました! では、“グル・ルゥルゥ”さんはいかがでしょうか?』


 そう言って送られてきたデータには、“グル・ルゥルゥ”という名前のコボルド傭兵に関する情報が載っていた。

 中年のコボルド族で、経験豊富な狩人。嗅覚に優れており、“洞窟獣人の斥候コボルド・スカウト”として活躍していた。報酬は1時間あたり鶏肉30kgとのこと。


「報酬は鶏肉なのか……」

『はい。コボルド族の皆さんは、労働や協力の対価として鶏肉を求められることが多いです。〈マーシナリーアライアンス〉が仲介することで、ビットでのお支払いも可能ですが?』


 提示されたのは、鶏肉とビットの交換レート。市場の相場と比べれば割高だ。


「鶏肉ならそれなりにあるから、現物で支払うよ」

『かしこまりました!』


 なかなかアイテム整理できない貧乏性が役に立った。ストレージを探せば、鶏肉の200や300は出てくるはずだ。


「ていうか、コボルド以外にもドワーフとかグレムリンも雇えるんだな」

『そうですね。ドワーフ族の場合はフィナンシェ、グレムリンの場合は壊れた機械部品での支払いが基本となっています』

「なるほど……」


 当然ながら、ビットは調査開拓員の間でのみ流通している通貨だ。そもそも電子的なデータ通貨であるため、現物というものがない。そのため、地下種族との取引ではそれらがまだ浸透していない。


「あれ、でもアイと露店で買い物した時は普通にビットが使えたよな」

「んえっ!? そ、それは、多分腕輪型のビットウォレットを着けていたからだと思います。地下種族の中でも、貨幣経済に適応している人はいるみたいですから」


 疑問を覚えて口にすると、なぜかアイが焦った顔で早口で答えてくれる。彼女はチラチラとレティの様子を窺っていた。


「アイさん?」

「な、なんでもないですよ。レッジさんと聞き込み調査の一環で……」

「そうですか。ふーん」


 レティとアイが何やら話している間に、俺も思い出す。そういえば、露店をやっているコボルドたちは腕に銀色の腕輪を着けていた。あれが財布として取引ができるようになっているのか。

 現物での取引を望むコボルドたちは、腕輪をまだ持っていないか、ビットでの取引をまだ受け入れていないのだろう。


「とりあえず、“グル・ルゥルゥ”と契約しよう」

『では、三番のコンテナへどうぞ!』


 ストレージからの引き落としで前金ならぬ前鶏肉を30kg支払い、コンテナへと案内される。そこには、コボルド族の傭兵が何人か待機しているようだった。


「あれ?」

『グルゥルッ!』


 NPCが指し示したコボルド族を見て、はたと気づく。向こうもすんすんと鼻を揺らし、すぐに気付いてくれたようだ。


「帰り道で案内してくれたコボルドだな。グルって名前だったのか!」

『グルルッ!』


 思わぬ再会に驚きつつ、両手を広げてグルを迎える。真っ白な肌に鍛え上げられた筋肉、全身からは土と血の匂いが香る。

 俺たちが〈窟獣の廃都〉へと迷い込んだ後、〈アマツマラ大坑道〉まで送ってくれた一団の一人だ。コボルドの中でも精鋭中の精鋭だと思っていたが、傭兵はまさに天職なのだろう。よく見てみれば、コンテナ内で体を休めていたコボルドたちの中にも、当時の面々がいる。


「……レティさんもコボルド族の見分けが付くんですか?」

「あんまり……。見比べて別人とかなら判断できますけど、以前会ったコボルドを遠くから見てすぐに判別はできませんよ」


 コンテナの入り口でアイたちがヒソヒソと話している。

 俺はそれに構わず、ひとまずグルとの再会を喜んだ。


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Tips

◇〈マーシナリーアライアンス〉

 戦闘能力を持ったNPCを管理し、調査開拓員の要望に応じて斡旋する施設。紹介条件として〈取引〉スキルのレベルを参照することで、調査開拓員の信用度を判別する。


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