第1033話「秘めた歴史」
レティたちの快進撃は凄まじく、俺たちは当初の予想を遥かに巻いて30個の巣を破壊した。
「レッジさーん!」
集合地点へと戻ると、ボロボロの姿になったレティとLettyが騎士団の面々に守られながら立っていた。随分と無茶苦茶な戦いをしたようで、腕が片方ちぎれているし、顔面のスキンの一部剥がれている。それでも大鎚だけはしっかりと握っていて、未だ微塵も戦意が衰えていないことが分かる。
「お疲れさん、二人とも」
「えへへ。レティたちにかかればこんなのお茶のこさいさいですよ」
近づいて改めて労うと、レティは嬉しそうに身をくねらせる。そんな姿を見て、光もニコニコと笑っていた。
「レティちゃんもよく笑いますのね。少し安心しましたの」
「うあああっ! 光さんは余計なこと言わないでください!」
コソコソと耳打ちする光に、レティは顔を赤くしてぶんぶんと鎚を振る。リアルのレティは相当なお嬢様らしいからな。FPOのレティの時のように自由奔放には振る舞えないのだろう。
「レッジさんが8個で、私たちが22個ですか。圧倒的ですね」
「Lettyのおかげだな。助かったよ」
「もう少し悔しがってくれてもいいんですよ?」
Lettyはつまらなさそうに言うが、人数的にもそちらの方が有利なのだ。こっちにはアイがいるとはいえ、四人だからな。それにどっちが巣を多く壊しても、任務の進捗は変わらない。
「クリスティーナたちもありがとう」
「いえ、私たちは……」
「クリスティーナたちは、後でじっくりお話ししましょうね」
謙遜しつつも達成感に満ち溢れた笑みを浮かべるクリスティーナ以下騎士たちだったが、俺の後ろから出てきたアイの言葉に凍りつく。副団長はにっこりと笑っているが、目が笑っていない。
勝手に役目を放棄してひっそりとついて来ていたのだから、騎士団の一員としては少々まずいのだろう。
「あー、ともかく今は時間がない。とりあえず先にクナドへ報告に行こうか」
「……。レッジさんの言う通りですね」
アイを急かすと、クリスティーナたちがほっと胸を撫で下ろす。俺はいつの間にか大所帯になってしまった仲間たちを引き連れて、〈クナド〉へと戻った。
『ソレデハ、マタ後デ』
『ヨイ報告ヲオ待チシテイマス』
「ナナミとミヤコもしっかり休んでくれよ」
途中、整備ドックでナナミたちと別れる。二機も警備NPCとしては想定以上の長時間に亘って活躍してくれたからな。今度、電池を渡してやろう。
ドックへと入っていく二機を見送っていると、フゥが不思議そうな顔をしていた。
「レッジさんは本当に不思議だねぇ」
「そうか?」
「NPCと仲良くなりたいって人は結構いるけど、あそこまで交流を深められる人ってそんなに聞かないから」
アイも同じようなことを言っていたな。中身が人間だろうが人工知能だろうが、区別するのが面倒だろうと思うだけなのだが。
『おや、随分と人数が増えていますね』
少し立ち話をしていると、不意に背後から声を掛けられる。聞き覚えのある声に驚いて振り返ると、そこには緑髪の少女と黒衣の少女が並んで立っていた。
「クナドとブラックダーク! まさか、俺たちを迎えに――」
『そんなわけないでしょう! たまたま、偶然、ちょっとこの辺に用事があったから来ただけですよ!』
町の中心からは遠いこの場所で会えるとは思っておらず、興奮する。そんな俺の言葉に食い気味にクナドが返した。
彼女も管理者として建築中の町をこまめに見張らないといけないのだろう。なかなか大変な業務である。
『クックックッ。〈
『あんたは黙ってて!』
『むぐぅっ』
何か意味深長に語り始めたブラックダークの口はクナドの手によって塞がれる。もがもがと暴れる少女を管理者ボディの怪力で封じながら、クナドはこちらに視線を戻した。
『それで、進捗はどうなんですか? まさか、何の成果も得られなかったと言うつもりですか?』
「違う違う。指定された30個、全部壊してきたんだ」
『んなぁ!?』
クナドの口から大きな声が飛び出す。彼女ははっとして口を閉じると、こほんと咳払いして取り繕う。
『そ、そうでしたか。それは結構。……確かに全ての破壊目標が破壊されているようですね』
おそらく管理者専用のネットワークか何かで確認したのだろう。クナドは俺の言葉に偽りがないことを認めて頷く。
『では、あなたたちの功績を讃えて、報酬として情報を渡しましょう』
彼女は大仰に言って、データをこちらに送ってくる。
「ありがたい」
『せいぜい上手く使う事ですね』
早速データの内容を確認する。
“蒼枯のソロボル”が第零期専攻調査開拓員エウルブ=ロボロスであるということ、彼がそこにいるということは旧第二開拓領界の境界も近いということなどがつらつらと記されている。
しかし、肝心の海竜伝説、エウルブ=ロボロスをどうにかする方法に関してはかなり薄い情報しかない。六つの祭壇を島に立てて、そこで踊らねばならない。その際に、海の幸と山の幸を献上しなければならない。といった具合だ。
「クナド、これ以上の情報は……」
『立場上あまり言えないですが、これが限界なんです』
「それは、もっと巣を破壊してきても同じなのか?」
俺の問いに、クナドは重々しく頷く。彼女としても不本意であることは確かだった。
『〈
いつになく真剣な顔でブラックダークが言う。
きっと、クナドも妨害のために俺へ任務を下したわけではない。報酬となるソロボルに関する記憶を探すための時間稼ぎも兼ねていたのだろう。しかし、旧統括管理者から封印杭へ、封印杭から管理者へと姿を変えてきた彼女の記憶は大きなダメージを受けている。それらを復元するのは容易いことではないのだろう。
「すまんな、クナド」
『べ、別にあなたの為ではないですから! 調査開拓団への損害を抑えるためにも、私のできることは……』
悔しそうにクナドが唇を噛む。彼女としても不本意なのだろう。
ソロボル――エウルブ=ロボロスは彼女の元同僚なのだ。その存在について記憶を探っても、何も出てこない。その辛さは、筆舌に尽くし難い。
「もうしわけありません、クナドさん」
『だから! って、なんで貴女が謝るの?』
重い空気のなか、光が一歩踏み出す。彼女が口を開いたことに、クナドが首を傾げる。光は申し訳なさそうに眉を下げながら、インベントリからそれを取り出した。
『なっ!? そ、それは――』
「“
『や、やめろーーーーっ!?』
きらりと光る一枚の小さな薄片。それを見た瞬間、クナドが形相を変えて絶叫する。くるりと身を翻し、脱兎の如く駆け出す。しかし、うちには二人のウサギがいるのだ。
「よく分かりませんが、逃げないでください!」
『分かってないなら捕まえないでください!』
「それは無理です!」
レティとLettyが即座にクナドの腕に絡みつく。宇宙人を連行するような格好で、ズルズルとクナドを引き摺ってきた。
『嫌だー! やめろー! 死にたくなーい!』
管理者となったクナドには多くの権利と責任が与えられる。そのうちの一つが、調査開拓員からの要望には可能な限り応えなければならないというもの。光からの要求を、個人的な理由で拒否するわけにはいかない。
「ブラックダークさん、こちらの記憶を読み上げてもらっても?」
『クハハッ! よかろう。我が記憶の断片、今こそ堂々と!』
『いやーーーーっ! 口を閉じろ! その欠片を捨てろ! やめろ!』
“失われし太古の記憶”をプレイヤーが解読するのは困難を極めるが、本来の持ち主であれば難なく読み解けるのだろう。光から薄片を受け取ったブラックダークは活力をみなぎらせて大きな声を張り上げる。
クナドが暴れるが、レティたちだけでなくクリスティーナたち騎士団も参加して動きを封じている。団子のようになって地面に押さえつけられたクナドが、涙目になっていた。
『詩篇、第215節――』
『ぐわーーーーっ!!!!』
『我は大いなる太陽の息吹を受けて覚醒する。世界よ、おはよう』
『やめろやめろやめろやめろやめろ!!!』
『
『ぬぅああああああああっ!?』
やめてくださいお願いしますとクナドが懇願しているが、もはやブラックダークは止まらない。陶酔したような顔で軽やかに舌を回す。紡がれるのは、曲だった。
『ファーー! 我らは聖女、たおやかなる姫。大いなる運命に立ち向かい、立ち上がりし勇猛と慈愛の権化。ラララールルルー♪ 我らの絆は永久不滅、千切れ解れ離れることはなし。黒波を跳ね除け、龍を退け、永遠の安寧をここに(ヴィーナスブレス、ユー)。ファーーー! 我らは聖女、たおやかなる姫――』
『ふぁああああああああっ!!!!!』
朗々とブラックダークの歌声が響き渡る。その歌は〈クナド〉の町中へと、広く広く響き渡った。
「うーん、これは有益な情報はなさそうですの」
しかし、そこにソロボルに関連しそうな文言はない。断片の内容としては、ブラックダークが朝目覚めて仲間たちと顔を合わせ、日課の歌を歌うところまでだったらしい。
『うぅ、うぅ……。いっそころして……』
クナドはもはや抵抗する元気もなくビクビクと震えている。しかし、そんな彼女の目の前で、光はさらに動き出す。
「では、次はこちらを」
『ふぁっ!?』
ジャラジャラと取り出されたのは、無数の断片。それをトランプの手札のように扇状に持つ光。その数は優に20枚を超えている。
「それってログボじゃないのか?」
「褒賞品として貰えるのは、こちらの虹色のものですの。他の金や銀や普通のカードは、ブラックダークさんからの任務報酬で頂けますの」
「なるほどなぁ。まだまだチャンスはあるってことか」
『あ……あ……』
クナドが呆然としている。彼女の顔に絶望が広がる。
光が手札の一枚を選んでブラックダークに渡すと、また別の記憶が大きな声で読み上げられ始めた。
『白龍暦197年。最近、第一開拓領界統括管理者の様子がおかしい。何やら衣装に凝り始め、薄いレースや銀のアクセサリーを身に纏い始めた。調査開拓活動には不向きだろうと指摘するも“我が聖衣はこの身を阻害することはない。むしろ大いなる力が湧き出すのだ”と返答がある。何が何だかさっぱり分からないが――』
『ウワーーーーーー!!!!!』
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