第1031話「自覚なき天才と」
「だらっしゃーーーいっ!」
「とつげーき!」
レティの振るった大鎚が道を阻んでいた瓦礫の山を吹き飛ばす。即座にクリスティーナが声を張り上げ、武器を構えた騎士たちが屋内へと傾れ込んでいく。
「あはははっ! 脆弱な肉体ですねぇ。よく今まで生きてこられたもんですよ!」
「レティさんの手を煩わせるほどでもないでしょう。私がまとめて叩き潰します!」
レティとLettyの二人は瓦礫を寄せ集めた廃墟の中で縦横無尽に暴れ回る。破壊と暴力の嵐を体現するかのようなダイナミックな動きに、百戦錬磨のクリスティーナたちも唖然としている。
「レティちゃんはともかく、Lettyちゃんもかなりできるな」
「流石は〈白鹿庵〉に加入してるだけあって、そんじょそこらのコピープレイとは違うなぁ」
クリスティーナの指示で勢いよく原生生物の巣へ飛び込んだ騎士たちだったが、彼らが活躍する前にレティとLettyが粗方の原生生物を薙ぎ払っていた。その動きは騎士団第一戦闘班を持ってしても遜色ないと言わしめるほどに洗練されており、並の原生生物など相手にもならない。
二人は部屋の構造も無視し、壁を壊して強引に道を開き、驚き慌てふためく豚に似た原生生物を次々と叩き飛ばす。
「ひゃっはー!」
「全然手応えがありませんねぇ!」
『プギッ!? プギィィッ!?』
その戦い方は、チームワークと言うにはあまりにも身勝手なものだった。レティもLettyも、自分と敵以外の存在を視野に入れず、ただ直感と衝動にのみ従って動いている。それでいて、お互いの動きを無意識的に認識しており、まるでガッチリと噛み合った歯車かのように巧みに協力している。
上官の指揮を受けて、群体として動くことで個々の合計以上の力を発揮する騎士団の戦い方とは、根本から異なっていた。
「おっと、少しはやる気のありそうな奴が出て来ましたね」
レティは最短距離で廃墟の最奥へと進み、そこで待ち構える巨躯の豚と相見える。二足で直立し、手には棍棒のようなものを持っているが、その目に地下種族たちのような理性はない。豚は牙がずらりと並ぶ口を大きく開き、咆哮を轟かせる。
「うらあああああっ!」
それに対抗するレティの叫声。強力な威圧が衝突し、そのほとんどが相殺される。僅かに競り勝ったのは――。
「だらっしゃーーーーっ!」
レティだった。
正確に言えば、彼女が盾となったことで僅かに威圧から逃れることができた、Lettyが最初に動き出す。彼女は鎚を振り上げると、迷うことなく前方へ叩きつける。それはレティの背中を強かに打ち、前方へと勢いよく吹き飛ばす。
「なぁっ!?」
いかに同士討ちというの心配がないゲームシステムといえど、実際に凶器を仲間に向けるのには忌避感が残る。リアリティの高い仮想現実であればあるほど、その傾向は顕著である。だからクリスティーナたちは思わず声を上げる。
だが、レティはそれを見越していたかのように、驚くことなく衝撃に身を任せて一気に豚男の至近にまで
「『骨砕き』ッ!」
彼女の振るったハンマーが、豚男の足の骨を折る。絶叫しながら体をよろめかせる巨体の周囲を回り込み、彼女は更にハンマーを叩きつける。
「はっはー! ちょろいもんですね!」
両足を砕き、両腕を砕き、移動と攻撃を完全に封じる。
あまりにも容赦のない戦いぶりに、騎士たちが絶句する。
「〈白鹿庵〉はいつもあんな戦い方をしてんのか?」
「じ、慈悲がない……」
ただただ勝利だけを目指し、強者を狩るためだけに研がれた刃のような戦い方だった。美しく勝とうという意識など、はなからない。最後に立っていた者だけが勝者であると言わんばかりの、捨て身の激闘だった。
豚男が棍棒で、腕で、牙で攻撃をしても構わない。むしろ、自身の腕の一本を喰わせている間に三連の打撃を叩き込むほどの獰猛さを見せている。
まさに猛獣の如き戦いだった。
「どうです? 参考になりますか?」
「真似しろって言われてもできませんよ……」
一応、クリスティーナの出した建前としてはレティの天才的な戦闘センスを学びたいというものだった。生真面目な彼女は第一戦闘班の騎士たちに感想を求めるが、返って来たのは乾いた笑いだけである。
レティとLettyの戦い方は、個人のセンスに大きく依存している。これを整理し、技に昇華させるのは至難の業であろう。
「しかし、あの非破壊破壊テクニックはぜひ習いたいですね」
「そうですね」
絞り出すような声に、クリスティーナも頷く。
彼女たちが見ているのは、現在進行形で一方的な暴力に晒されている豚男ではない。レティたちがそこにたどり着くまでに行っていた、廃墟の破壊だった。通常、あれらの瓦礫は破壊できない。どれほど攻撃力や打撃属性を高めようと、非破壊オブジェクトは破壊できないのだ。
しかし、物質系スキルを習得していればその限りではない。レティの持つ〈破壊〉スキルであれば、『時空間波状歪曲式破壊技法』のように、非破壊オブジェクトを破壊するテクニックが存在する。また、最近では物質系スキルのレベルを上げることで、オブジェクトのクリティカルポイントとでも言うべき特定の箇所を的確に狙うことで破壊することができるという事実も判明していた。
レティとLettyはただ暴走列車のように建物を破壊しているように見えて、その実見るものが見れば驚くほど的確に“瓦礫の弱点”を貫いていたのだ。
それほどの高等技能は騎士団第一戦闘班の精鋭といえどもそう易々とはいかない。身の丈ほどの瓦礫において、“弱点”は小指の爪ほどのごく小さな点でしかないのだ。十分に狙いをつけて時間に余裕を持たせながらの一撃ならばともかく、複雑機敏に動きながら息を吸うように破壊するのは至難の業である。
「はーはっはっはっ! “樽腹のビアゴ”討ち取ったり!」
斃れた豚男を背後にレティが高笑いを響かせる。普通なら2、3パーティほどの連合で挑むべき相手をたった二人で倒してしまった彼女たちに驚きと称賛の拍手をおくりながら、クリスティーナたちは早速非破壊破壊テクニックについて尋ねる。
「えっ? あの壁って適当に叩いて壊れるものじゃないんですか!?」
「あっはい」
返ってきたのは、彼女たちの糧となるようなものではなかったが。
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Tips
◇“樽腹のビアゴ”
洞窟猪鬼を従える巨大で力強い個体。非常に食欲旺盛で、獰猛無慈悲。腹が空けば同族であろうと貪り食うため、洞窟猪鬼たちは己が食われないために食事を献上し続ける。
鋼鉄のように硬い表皮と分厚い皮下脂肪によって非常にタフで、生半可な攻撃は通らない。また怪力を誇り、群れの中で最も重たい武器を持つ。
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