第1030話「乱入する人々」

「ちょっと休憩するか」

「けぷっ。すみません……」


 “腐り落ちるデューハ”の巣を殲滅したはいいものの、その戦いによってアイの喉が潰れてしまった。幸い、彼女が言うには時間経過で治る程度のものらしいので、少し休憩することにする。


『オカエリナサイマセー』

『コッチハ特ニ異常ナシデシタヨ』

「二人ともありがとうな」


 廃墟の外で待っていたナナミとミヤコを労いつつ、近くにテントを建てる。ひっそりとついてきている白月にリンゴを投げつつ、蜂蜜を入れたホットミルクを用意する。


「ほら、これなら喉も痛まないだろ」

「ありがとうございます」


 まだ時折しゃっくりを繰り返すアイにマグカップを渡しつつ、自分のコーヒーも用意する。椅子に腰を下ろして温かいものを飲むと、急に小腹も空いてきた。


「ずっと動いてたし、腹も減ってるな」

「すみません。今は携帯食料しか持ってないんです」


 腹をさすりながら言うと、アイが慌てて立ち上がる。


「別に催促したわけじゃないから。なんなら、今からなんか作ってもいいしな」


 携帯食料はお世辞にも美味しいとは言えない、硬く乾燥した棒状の食べ物だ。重量効率が良いため、ギリギリまでアイテムを切り詰めるトッププレイヤーに愛用されている。


『レッジサン、弊機モオ腹ガ空キマシタ』


 食事の話をしているとナナミがアームを掲げてランプを点滅させる。


「ナナミはさっき補給を受けたばかりだろ」

『補給ト食事ハ違ウト思イマス!』

『私タチハ食料ヲ消化デキル八尺瓊勾玉ヲ持ッテナイデショウ』


 機体を揺らして主張するナナミだったが、ミヤコからもツッコミが入る。俺たち調査開拓員がパンやコーヒーを楽しめるのは八尺瓊勾玉が何でもかんでもエネルギーに変えてしまえる高性能な動力炉だからだ。警備NPCである二機には、純粋なエネルギーを保管しておくバッテリーしか備わっていない。


『ムー』


 納得がいかない様子でビープ音を鳴らすナナミ。搭載されているのは下級人工知能であるはずだが、急に人間味のようなものが出てきたなぁ。


「食べ物は無理だが、電池ならあるぞ」

『電池?』


 インベントリの中を探り、30センチほどの円筒を取り出す。小型の機獣やドローンなんかの動力源となるエネルギーを充填した電池だ。正確には電力ではなくBBエネルギーを溜め込んでいるのだが、面倒臭いので電池である。

 試しにそれをナナミのスロットに差し込んでみると、彼女はライトをピカピカと光らせる。


『オオー! コノチョット湿気タヨウナ味気ナイエネルギーモ新鮮デイイデスネ!』

「ちょっと湿気た味気ないエネルギーで悪かったな」


 出てくる言葉はひどいものだが、要はキャンプで食べるカップ麺は美味いといった所だろう。


「ミヤコも食べるか?」

『ドウシテモト言ウナラ食ベテモイイデスヨ』


 さっきからチラチラとカメラを向けているミヤコにも電池を入れてやる。彼女は興味深そうにライトを点滅させ、じっくりと味わうように電池を咀嚼した。


『普通ニ整備ドックデ補給ヲ受ケタ方ガ効率ハ良イデスネ』

「ミヤコはロマンが分からん奴だな……」


 あまりにも真っ当すぎる意見に苦笑してしまう。電池をもっとくれと身を寄せてきてきているナナミの方が、NPC的には異常なのだろう。二人とも元々は全く同じ機体、全く同じ人工知能で揃っていたはずだが、これまでの学習の結果でここまで変わってくる。


「レッジさんは不思議ですね」


 ナナミたちと戯れていると、椅子に座ってマグカップを包むように持っていたアイが言葉をこぼす。


「不思議? 俺ほど一般的なプレイヤーもいないと思うぞ」

「レッジさんと居ると、NPCまで変わってしまいます。みんな、楽しそうに笑ってて……」


 俺の主張は華麗にスルーされて、アイが言う。

 彼女の言い分は少し誇大された評価のような気がしてしまう。だが、俺自身交流を持つ者がプレイヤーであれNPCであれ、あまり区別はしないようにしているから、もし外から見てもそのように見えているのなら本望だ。


「私も……白鹿庵に……」


 アイが少し俯き、何か言いかけた。くぐもった声は正確に捉えられず、聞き返そうとしたその時だった。


「みぃぃーーーつけたーーーっ!」

「うおおっ!?」


 突如、暗闇の中から赤い影が飛び込んできた。それは勢い余って近くの廃墟へと突っ込み、もうもうと立ち上がる土煙のなか平然として立ち上がる。


「レティ!? それに、Lettyも。二人揃ってどうしたんだ?」


 〈オモイカネ記録保管庫〉の方角からやって来たのは、レティとLettyの二人だった。全く同じ外見をして、泥と土で顔を汚して立っている。二人の到着から少し遅れて、しもふりも元気よく駆けてくる。

 俺は慌ててハンカチを取り出し、二人に渡しながら話を聞く。


「やっとログインできたので、レッジさんと遊ぼうと思いまして! それにこれ、カミルから預かって来ました」


 そう言ってレティが取り出したのは、青い布に包まれた弁当だった。開けると彩り豊かな具材がぎっちりと詰まっている。


「カミルが? ありがたいな」

「後でお礼言っといたほうがいいですよ」


 レティの言葉に頷く。

 小腹が空いたと言ったちょうどその時に弁当を届けてくれるとは、うちのメイドさんは本当に優秀だ。届けてくれたレティたちにもお礼を言って、早速テーブルに広げた。


「それで、なーんでアイさんがいらっしゃるんですか?」


 一人で食べるにはちょっと量も多いし、みんなで摘まないかと声を掛けようとしたその時、レティがアイの方へと視線を向けた。アイは驚いたように肩を跳ね上げ、慌てて口を開く。


「その、レッジさんには色々と協力していただいてまして。色々あって、今は一緒にクナドの任務をこなしているんです」

「ほほーん。全く、羨ましいですね。レッジさん、なんでレティも誘ってくれなかったんですか?」


 話の矛先が急に向けられる。


「レティはログインしてなかったじゃないか……」

「それはそうですけども!」


 ぷっくりと頬を膨らませるレティ。俺は肩の力を抜いて、彼女に向かって提案する。


「それなら、レティとLettyも手伝ってくれるか?」


 クナドからの任務は都市周辺にある原生生物の巣の破壊。人手は多ければ多いほどいいし、〈破壊者〉のロールを持っているレティとLettyはまさに適任だろう。


「えっ!?」

「えっ?」


 レティを誘うと、突然アイが声を上げる。驚いて振り向くと、彼女は顔を赤くして俯いていた。まだしゃっくりが収まっていなかったのだろうか。


「仕方ないですねぇ。レッジさんがどうしてもと言うなら、レティも協力してあげてもいいですけど?」

「レティがいるなら百人力だ。Lettyも手伝ってくれると嬉しいな」

「私はレティさんに合わせますよ」


 どうしよっかなー、とチラチラこちらを見てくるレティ。Lettyにも声を掛けると、予想していたままの答えが返ってくる。レティはそう言っているが、彼女とも一緒に遊べるならアイも楽しいだろう。そう思って、二人にもパーティ申請を飛ばす。その時だった。


「ちょ、ちょっと待ったー!」

「今度はなんだ!?」


 突然、廃墟の影から声が響く。驚いて振り向くと、見覚えのあるラバースーツを着た長身の女性が槍を携えて立っている。その背後には慌てた様子の騎士たちの姿も。

 それを認めたアイが目を丸くして腰を浮かせる。


「クリスティーナ!? それにあなたたち……。なんでここに!?」

「それは今は置いておいて」

「置いておいて!?」


 クリスティーナは見えない箱を払うような仕草をして、強引に話を続ける。


「レティさん、Lettyさん。ちょうどいい機会ですし私たちとパーティを組みましょう!」

「な、なんでですか!? レティはレッジさんと――」

「レティさんの戦闘センス、前々からぜひ間近に見たいと思っていました。騎士団第一戦闘班の戦闘力向上のため、ぜひレティさんの天才的な戦い方を見せていただきたく」

「て、天才的? そ、そうですか? うへへ。仕方ないですねぇ――」


 勢いのままに迫るクリスティーナ。次々と称賛の言葉を浴びせられたレティは軟体動物のように身をくねらせる。

 その時だった。


「あら、レティちゃんもいましたのね」


 また別の方向から新たな声がする。その声にいち早く反応したのはレティだった。


「げえっ!? お、お母様――じゃなかった、光さん!? どうしてここに!?」

「わ、私もいるよー。えへへ」


 小高い瓦礫の山の上から見下ろす、黄金の大盾を背負った金髪の少女。その傍には赤いチャイナ服を着た猫型タイプ-ライカンスロープの少女も立っている。

 〈紅楓楼〉の光とフゥの二人だった。カエデやモミジの姿が見えないところ、二人で遊んでいたのだろう。


「町で皆さんを見かけて追いかけて来ましたの。そうしたらレティちゃんとも会えるなんて、奇遇ですの」

「うぅぅ……。ひ、光さんまで出てくるとは」


 事情を知らないアイたちは困惑しているが、実の母親が出てくるとなるとレティもやりづらいのだろう。彼女は俺と光の間で視線を彷徨わせる。


「せっかくですし、私たちもご一緒させていただいても?」

「おう。もちろんだ」


 とはいえ、彼女の申し出を断ることもない。久しぶりに〈紅楓楼〉のメンバーとも遊びたかったしな。


「うわーーーっ! 光さん!?」

「レティさん。ぜひ私たちと一緒に!」

「そうですよ。いやーレティさんのかっこいいところ見てみたいなー!」

「う、うぅぅぅ」


 レティはレティで、クリスティーナたちから熱烈なラブコールを送られている。なんで騎士団はあんなに熱心なんだろうかとアイの様子を伺うと、彼女は顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。


「アイ? 大丈夫か?」

「だ、大丈夫です……。私は大丈夫です」


 様子を窺うと、アイは自分に言い聞かせるように繰り返す。

 そうこうしている間にも、クリスティーナがレティをパーティに誘う。


「レッジさん、お邪魔しますの」

「久しぶりだね」


 光とフゥの二人は俺とアイのパーティに加わり、レティとLettyはクリスティーナたちのパーティに加わる。

 一気にメンバーが増えてしまったが、依頼をこなすぶんには好都合だ。俺は彼女たちの参加を歓迎し、クナドからの任務について説明を始めた。


━━━━━

Tips

◇ホットハニーミルク

 優しい甘みの温かいドリンク。ほっと一息つきたいときに。

 飲むと僅かにLP回復速度が上昇する。疲労が抜けやすくなる。


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