第1029話「セッション」
廃墟の中へ進んだ俺たちは、天井に潜む潜影蝙蝠を駆除していった。潜影蝙蝠はその擬態能力が一番の強みであり、実際の強さで言えば〈窟獣の廃都〉の中ではさほど突出したものではない。なにより心強かったのはアイの剣技である。
「レッジさん、屈んでください!」
「はいよ」
俺に向かって飛びかかってきた蝙蝠を、アイが目にも止まらぬ剣捌きで貫く。彼女の扱うレイピアはよくしなる針のような繊細な剣で、圧倒的な重量で全てを破壊するレティのパワフルさとはまた違った強さがある。的確に蝙蝠の弱点である翼の付け根を貫き、動きを阻害したところで喉や心臓を貫く。弱点部位を貫くクリティカルヒットによって、手際よく処理していた。
「流石だな。二人とは思えないほど安定してる」
「そ、そうですか? これくらい騎士団なら普通ですけど」
見事な戦いぶりに感嘆するも、アイは冷静に受け流す。彼女ほどのプレイヤーとなれば、この程度の賞賛は聞き飽きているのだろう。
「とはいえ、ここからは少し気合いを入れないといけませんね」
彼女は一度レイピアを鞘に収めると、廃墟の最奥にある扉を見る。タイプ-ライカンスロープの直感がなくとも分かる。この先には今までの潜影蝙蝠が雑魚に見えるほどの強敵が待っている。
今までノーバフで戦っていたアイも、〈戦闘技能〉の自己強化を施していく。その様子を棒立ちで見ていると、彼女は「あっ」と声を上げた。
「そういえば、レッジさんは〈戦闘技能〉は持ってないんでしたっけ?」
「ああ。俺は戦闘職じゃないからな」
「その言葉についてはともかく……。よく今までそれで戦ってこれましたね」
アイは一瞬呆れた顔をした後、そんなことを言う。
騎士団でなくとも戦闘職であれば〈戦闘技能〉は必須と言って良いほど強力なスキルだ。機術師が〈機術技能〉を習得しているのと同じくらい、物理戦闘職にとっては馴染み深い。大体の戦闘系スキルとシナジーがあり、それらを前提とする複合テクニックも多いのだ。
「俺は自衛ができれば十分だからなぁ。倒せない敵はレティやトーカが倒してくれるし。最近だと、シフォンがデバフで相手を弱体化してくれるし」
「なるほど。〈白鹿庵〉のパーティプレイも羨ましいですね」
アイの言葉に首を傾げる。
集団戦闘といえば〈大鷲の騎士団〉が筆頭と言えるくらい、彼女たちの練度は高い。俺たちのそれとは比べ物にならないだろうに。
そんな俺の思いを察したのか、彼女は苦笑して口を開く。
「私たちの集団戦闘は、指揮官を頂点に置いた組織的な戦い方ですから。理想としているのは、考えることなく戦える騎士と戦況を俯瞰する指揮官です。レッジさんたちのように各々が考えて最適を選びながら戦うのとは、また違うんです」
「そうか? 俺たちは行き当たりばったりとも言えると思うが」
「そちらの方が、ゲームとしては楽しいと思いませんか?」
その言葉に少し考えてしまった。
「レッジさんも騎士団に入ってみませんか? 刺激的な戦いが待ってますよ」
「それはちょっと……」
「冗談です」
アイはそう言って笑う。全ての自己強化を終えた彼女は、軽やかなメロディを口ずさみ始めた。
「歌唱戦闘をするほどではないですが、〈演奏〉スキルは若干のパーティ強化もできるんですよ」
「おお。体が軽くなったな」
彼女のメロディについ体が揺れ動く。『跳ね猫のワルツ』という曲は、聞いたプレイヤーの移動速度と回避能力を僅かだが底上げしてくれるらしい。
「〈演奏〉スキルの短所は、同時に他のテクニックの“発声”ができないことですが……」
アイが扉を押し開ける。
暗闇の広がる部屋の中に、赤く輝く眼があった。
「
俺がランタンの光量を上げると同時に、アイは闇の中に飛び込む。
顕になったのはもはや飛ぶこともできなくなった巨大な蝙蝠。全身に腐臭を纏い、鋭い牙を剥いている。
その懐に入ったアイが、リズミカルに剣を振る。軽快なワルツに合わせて攻撃がヒットするごとに、俺に掛かるバフの効果も重なっていく。
「らんっ、たった! らんっ」
赤金の髪が広がり、銀のドレスメイルが翻る。彼女のレイピアが闇の中で煌めくたび、蝙蝠の悲鳴が上がる。
名持ちの潜影蝙蝠、“腐り落ちるデューハ”は周囲に腐肉と血の混じった液体を振り撒く。それが体に触れれば強力に能力を低下させるデバフと継続ダメージを受けるらしい。
しかしアイは飛沫の合間を掻い潜り、紙一重で華麗に回避する。
「たんっ、たんっ、たんっ――」
大きな腕が彼女を瓦礫もろとも薙ぎ払おうと振るわれる。アイはリズムを崩すことなくそれを避け、そこで曲を変える。
「らーららー――。ららららー」
高く透き通った歌声が響き渡る。ハイテンポな曲により、攻撃力が増す。行動パターンを全て見切った彼女が、攻勢に転じた。
「よっ!」
俺も彼女の動きをただ見ているわけにはいかない。せっかくバフを受けたのだから、相応の働きはしなければ。
アイの動きから、彼女が次にどう攻撃するのかを予測する。
「風牙流、四の技――『疾風牙』ッ!」
『ギャンッ!?』
アイに釘付けになっていたデューハの足に槍を突き刺し、ナイフで引き裂く。思わぬところから攻撃を受けた大蝙蝠は悲鳴を上げて体勢を崩す。その隙を逃さず、アイが更に連撃を叩き込む。
「らららっ!」
彼女は歌いながら、ちらりとこちらへ目をやる。彼女の思惑通りに動けたらしい。
自然と、口元に笑みを浮かべていた。
「そら、こっちも忘れるなよ!」
「らーららーっ!」
アイと俺で、入れ替わり立ち替わりの攻撃を続ける。デューハが一方に意識を向けた瞬間に攻撃を切り替えることで、安全に一方的に攻撃していく。
『グォオオオオオオッ!』
HPが一定を下回った大蝙蝠が激昂する。その体が赤い光を纏う。
様子の変わった大蝙蝠を見て、俺とアイは視線を交わし、一度距離をとる。次の瞬間、デューハの巨体が内側から膨張する。
「アイッ!」
「きゃあっ!?」
直感に従い、アイの方へ飛び掛かる。彼女を腕に抱いて、そのまま瓦礫の陰へと飛び込む。
次の瞬間、デューハの巨体が破れ、中から無数の潜影蝙蝠が飛び出してきた。
「ひっ」
あまりにもグロテスクな光景に、アイが顔を蒼白にする。彼女の歌声も止まり、バフも消えてしまう。デューハの体内で揺籃されていた蝙蝠たちは、彼の遺志を引き継いでいるようだった。狂気的な赤い眼をこちらに向けて、牙を剥きこちらへ飛びかかってくる。
「風牙流、二の技――『山荒』ッ!」
無数の蝙蝠の襲撃を退けようと槍を振るう。だが、あまりにも数が多すぎる。
いったいどうやってデューハの体内に収まっていたのかと問いたくなるほど、その蝙蝠たちは多かった。多少蹴散らしたところで、掻い潜った別の個体がやってくる。そうでなくとも、持ち前の迷彩能力によって視界の外から飛びかかってくるのだ。
「やばいな」
アイを守りつつ戦うとなると、動きが制限される。攻撃力が足りず、一撃で倒せないのも問題だった。
ジリジリと壁際へと追い詰められていく。
「レッジさん、耳を抑えてください」
幾重にも響く蝙蝠の声に紛れて、微かに彼女の声が聞こえた。
「……――ィィィイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」
可聴域を超えそうなほどの甲高い声。もはや音と言うべき、何かを引っ掻いたような騒音。それが俺の背後から放たれる。
喉を絞り上げるような大声が、蝙蝠たちの敏感な聴覚を貫く。あまりにも鋭い高音は殺傷性すら孕んでいた。
音が、蝙蝠を落としていく。
「けぽっ」
金切り声が擦り切れるようにして終わり、最後に引き攣ったようなしゃっくりがする。振り返ると、アイが顔を真っ赤にして口を抑えていた。
「の、喉が壊れたみたいで。けぷっ」
「すまん。助かったけど、無理をさせたな」
「けぷっ。だ、大丈夫です。けろっ」
うぅ、とうずくまるアイ。俺は彼女を慰めつつ、地面に落ちている蝙蝠にトドメを刺していった。
「あんまり喋らなくていい。アイのおかげで助かったよ」
「けぷっ。けぽっ。ぴっく」
ログを見てみれば、無事に“腐り落ちるデューハ”を倒し、巣も壊滅していた。これでクナドの依頼を一つ片付けられたわけだ。
「とりあえず、ナナミたちのところへ戻ろう。ついでにちょっと休憩しよう。な?」
「けぴっ。……ぴっぷ」
しゃっくりをしながら、アイがコクコクと頷く。俺は彼女の頭をポンと撫でてて、廃墟の外へと足を向けた。
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Tips
◇“腐り落ちるデューハ”
長く生きた潜影蝙蝠。肥大化し鈍重となった体はもはや飛ぶこともできないが、獰猛さを持つ。腐肉と自身の血液が混濁した強力な腐食液を周囲に撒き散らして攻撃する。
内部に大量の潜影蝙蝠の幼体を宿しており、自身の血肉によって養っている。
“老いさらばえても食欲は衰えず、仲間からの給餌によって生きながらえる。もはや生きる意味もその実感もなく、その肉体も腐り、仔らに食われていようとも。”
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