第1028話「闇に潜む」
クナドから都市周辺の原生生物駆除依頼を引き受けた俺とアイは、ひとまずNPCの整備ドックへと向かった。
「ナナミ、ミヤコ。準備できてるか」
『バッチリデスヨ!』
『遅カッタデスネ』
警備NPCがずらりと並ぶ駐機スペースに座っていた二機は、俺が声をかけると即座に立ち上がる。即応を旨とする警備NPCらしい反応の良さが頼もしい。
「いろいろあって町の周りの巣を壊して回ることになった。足を借りるぞ」
『了解デス。任務内容ハ移動シナガラ聞キマショウ』
大規模な改造を施したナナミとミヤコは、人ひとりを乗せられるくらいのスペースと出力を持っている。身を屈めてくれたナナミの背中に登りながら、アイにもミヤコへ乗り込むように言う。
「アイはミヤコの背中に乗せてもらえ」
「ええっ? で、でも……」
俺の後ろに続いていたアイは驚いた顔でつんのめる。彼女もナナミに搭乗するつもりだったみたいだが、流石に二人は厳しいんじゃないだろうか。
『アー、アイサンモ弊機ニ搭乗シテ下サイ』
「いいのか?」
ナナミの言葉に驚く。彼女は頷くようにカラーランプを光らせ、ミヤコもそれに追随した。
『私ハ後方カラ支援射撃ヲ行イマスカラ、前衛ノアイサンヲ乗セルニハ不適格デショウ』
『タイプ-ヒューマノイドトタイプ-フェアリー程度ナラバ、重量的ニモ問題アリマセンカラネ!』
「分かった。そういうことなら……。アイ!」
「は、はわっ。はいっ!」
ナナミの上から手を伸ばし、アイを引っ張り上げる。確かにちょっと窮屈だが詰めれば二人で座ることができそうだ。
「すまんな、ちょっと我慢してくれ」
「はひっ。ゆ、ゆっくりでもいいですから……」
アイはそう言ってくれるが、急がなければならない。クナドから少しでも多くの情報を手に入れるため、できるかぎり巣を壊さなければならないのだ。
「ナナミ、とりあえずこの座標に向かってくれ。原生生物の巣を破壊する任務だ」
『了解シマシタ。揺レマスノデ、オ二人トモシッカリガッチリミッチリ掴マッテイテ下サイネ!』
「うわっ!?」
目標を伝えた瞬間、ナナミは勢いよくドックを飛び出す。大きく揺れる彼女の車上で、アイが勢い余って俺の方へ倒れ込んできた。
「すっ、すみません重かったですよね」
「いや、タイプ-フェアリーは軽量だからな。そんなに重くないぞ」
『レッジサン、ソウイウトコデスヨ』
「ええっ」
顔を赤くするアイに代わってミヤコが弱いレーザー交戦をこちらに当ててくる。別に失明とかはしないけど、普通に眩しいからやめなさい。
『ホラ、近道シマスヨ』
「うわああっ!? ちょ、ナナミ!? もうちょっと安全運転で――」
『ソウイウ訳ニモイカナイデショウ?』
「それはそうだけどな!」
〈クナド〉を飛び出したナナミは、そのまま一気に斜面を下って行く。近くに葛折りになった傾斜の緩い道もあるのだが、お構いなく一直線だ。おかげで俺はアイが外に飛び出さないように掴まなければならなかった。
「あわわわ、すみません!」
「あんまる喋ると舌噛むぞ」
アイの体をこちらに引き寄せ、腕を回して固定する。ナナミの乱暴な運転には驚いたが、おかげで最初の目標地点である町近くの巣にはすぐに辿り着いた。
『ココデスカ?』
「そうだな。ナナミたちは待っててくれ。俺とアイで片付ける」
『我々モオ供デキマスガ』
「壊れたらまた町に戻らないといけないだろう? 周辺の警戒を頼むよ」
『了解シマシタ』
ナナミとミヤコには警戒を任せ、俺とアイは風化した廃墟の前に立つ。クナドが原生生物の巣として指定したのは、かつてはコボルド族が住居として使っていた場所のようだった。彼らが町に移り住み、空き家になったのをいいことに、土地を整備する前に何かが入居してしまったらしい。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
「とりあえず入りましょうか」
身構える俺に対し、アイは緊張感無くしかし油断もせずレイピアに手を添えて廃墟の中に足を踏み入れる。流石は何度も修羅場を潜ってきただけのことはある。
「何にもいないか?」
「そんなはずはないと思いますが」
光の乏しい廃墟をランタンで照らすも、それらしい影は見えない。気配も感じられず、クナドの言葉に疑問を抱いてしまうほどだ。しかしアイは警戒を解くことなく、注意深く入り組んだ室内を見て回る。
コボルドが住んでいただけあって、内部には様々な匂いが入り混じっている。壁面に塗られた泥や顔料のようなものが、彼らにとっての文字である。
本来なら、翻訳機もコボルドの鳴き声だけではなく匂いも出さなければならないのだろう。
「アイは〈窟獣の廃都〉でも活動してたんだったか?」
「はい。ここのボスの“虚栄のポル=ヴォロ”を倒すまででしたが」
ここのボスを一番最初に倒したのは、アイやアストラが率いる騎士団第一戦闘班だ。なんでも、無限に増殖する偽コボルドのような雑魚を倒しながら本体を攻撃しなければならないという面倒なものだったらしく、彼らの圧倒的な火力が無ければ成し遂げられなかっただろうと言われている。
なお、今ではすでにギミックが解明されているため、2、3パーティくらいの連合で討伐に成功した事例もあるようだ。
「フィールドワークもしていましたよ。原生生物の情報集めなども騎士団の役割の一つですので」
「アイにはいつも助けられてるよ」
「それは良かったです」
騎士団のもたらす情報は早い・詳しい・正しいと話題だ。最前線に自ら赴き、専門の解析者たちが詳細にした情報を惜しげもなく公開してくれているのだから、調査開拓員の大半は頭が上がらないだろう。
「ここの巣、何がいるか予想はついてるか?」
「そうですね……。足跡はありませんでしたし、領域内に立ち入っても反応がない。ですが、この匂いは……」
アイが見上げる。つられて俺もランタンの光を向けるが、そこにはボロボロの天井があるだけだ。どうしたのか、と首を捻った矢先、アイが滑らかにレイピアを引き抜き、目にも止まらぬ速さで天井へ突き上げた。
「『
『ギュアッ!?』
アイのレイピアは空を突いたかと思われた。しかし鋭い切先から伸びた光の斬撃が天井を掠める。すると、甲高い悲鳴と共に空間が歪み、大きな翼が落ちてきた。
「うおっ!? なんだコイツ!?」
「“
「こんなのがいたのか……」
落ちてきたのは翼を広げると優に1メートルは超える大きなコウモリだった。アイはすかさず何度もレイピアを振るい、反撃を受ける前に仕留めてしまう。擬態能力が高い分、そこまで強いわけではないのだろう。
「ふう。一発で当たって良かったです」
「もしかして、当てずっぽうだったのか?」
「かなり高レベルの〈鑑定〉スキルがないと、擬態を看破できませんからね」
小さく舌を覗かせて、アイは笑う。
彼女はまぐれだと言うが、その判断も彼女の優秀さによるものだろう。
「ということは、ここは“潜影蝙蝠”の巣ってことか」
「“潜影蝙蝠”はいろいろな場所に居ますが、巣となると……。
気をつけましょう、とアイが言う。俺も頷き、彼女と共に廃墟の奥へと入っていった。
━━━━━
Tips
◇“
〈窟獣の廃墟〉に生息する蝙蝠に似た原生生物。非常に臆病かつ狡猾な性格で、他の原生生物が食い残した死体を食べるスカベンジャー。
全身を覆う体毛が特殊な形状になっており、音を吸収し、周囲の光を屈折させて身を隠す。そのため、多くの場合は発見できず見逃すこととなる。
“食肉を置くならばすぐに訪れます。動きは早くないので爪で殺せます“――あるコボルドのハンター
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