第1027話「重要参考人」

 アイと共に〈クナド〉で聞き込みを始めてしばらく。いまだに収穫と言えるような有益な情報は手に入らない。


「そもそも、何年も前の話であるのがネックでしょうね」


 道端の露店で売っていたアイスクリームを食べながら、アイが肩を落とす。


「コボルドやグレムリンは何世代も重ねてきてるわけだからな。冷凍睡眠していたドワーフたちも、あんまり覚えてないとなると……」


 やはり何千年、ともすれば何万年といった単位で昔のこととなると記憶の風化が著しい。そこに翻訳機の精度も重なると、もはや情報収集は絶望的かと思われた。


「アイ、フリースタイル――」

「絶対嫌です!」


 諦めて現代版の舞踊を作り上げる方向へシフトしようかと思ったが、それはアイに拒否される。誠心誠意心を込めて踊れば、ソロボルも分かってくれるんじゃないだろうかと思うのだが。

 町中もあらかた回って、目についた地下種族にはだいたい声を掛けてしまった。そのせいか、今ではすっかりちょっとした有名人にまでなってしまった気もする。広場のベンチに腰掛けていても、向こうから挨拶をしてくれたり、知人に聞いてくれた結果を伝えてくれたりと、彼らの優しさに触れている。


「さて、どうしたもんかな」


 聞き込みがうまくいかないとなると事態は進まない。ここでアイスクリームを食べている間にもミートたちは腹を空かせているのだ。


『げ』


 この後どう動こうかと考えあぐねていると、背後からにが虫を噛み潰したような声がする。振り返ると、そこにはクナドとブラックダークの二人が立っていた。


「あれ、奇遇だな。二人だけで出歩いてもいいのか?」

『ククク。この聖域において絶対なる君主たる〈淡き幻影の宝珠の乙女ファントムレディ〉に不可能は存在しない。憎き三王たちの手も及ばぬ不可侵の領域なり。故にこの暗く冷たい楽園において、我が翼は悠々たる』

『この都市が正式に私の管理下に置かれることが認められたので、都市の範囲内に限りコイツも自由に動けるようになったんですよ』

「なるほど」


 ブラックダークの言葉を即座に通訳してくれるクナドに、ふむふむと頷く。アイは突然の管理者登場に目を白黒させているが、まあ彼女の町だしクナドが歩いていても不思議ではない。


「視察か何かしてるのか?」

『そんなところですね。まだまだ開発途中ですが、一応ベースラインは完成したので』


 不意に左腕を押さえて悶え始めたブラックダークを放置して、クナドは肩をすくめる。彼女も都市管理者となったからには、重要参考人として独房でぬくぬくとしているわけにはいかないのだろう。


『そういえば、NPCの整備ベースにシード02-ホムスビ所属の警備NPCが二機入ってきているんですけど』

「ああ、ナナミとミヤコだな。整備と点検、よろしく頼む」

『やはりあなたの差金でしたか……。とんでもない改造機で整備士長からクレームが飛んできてましたよ』

「はっはっは」


 笑い事じゃありません! とクナドは眉間に皺を寄せる。ともあれ、ナナミたちもきっちり整備点検は施してもらったようで、既にいつでも動ける状態にあるらしい。となると、ずっと待たせているのも悪いか。


「クナドたちはソロボルについて何か知らないか? あの辺であった海竜伝説に関する話でもいいんだが」


 雑談ついでに今までドワーフたちに尋ねてきたことを二人にも聞いてみる。案の定、二人の反応は芳しいものではなかったが。


『ソロボルというのは?』

『クッ。我が黒の書アカシックレコードに記されていない事象だと? そのようなものが……。まさか、それは白の書ドーコレクッシカアにのみその存在が残っているという伝説の魔神のことなのかっ!?』

「いや、〈老骨の遺跡島〉のボスだよ。でっかい蛇みたいな龍でな」


 三本指を額に当てて呻くブラックダークに首を振る。やはり彼女たちもソロボルについては知らないらしい。そう結論づけた矢先、クナドが何か思い出した様子で口を開いた。


『〈老骨の遺跡島〉の座標って分かりますか?』

「一応、地図はあるぞ」


 彼女にフィールドマップを見せると、何かを探すようにそれを覗き込む。


『その、ソロボルって全身に噴出孔がありますか? ええと……レーザーを吐き出すような』

「おお、あるぞ。あれがまた厄介なんだ」


 クナドの目つきが確信に変わる。


『それ、ソロボルじゃなくてエウルブ=ロボロスですね』

「エウルブ=ロボロス?」


 聞き慣れない名前に首を傾げる。クナドは何やら嬉しそうな顔をしていて、隣のブラックダークも驚きの表情を浮かべていた。


『まさか、あの雄大なる大海の主が深淵より到来したというのか!?』

『いやぁ、まだ生きていたとは。しかも、あなたの口ぶりでは、汚染術式の影響もあまり受けていないような気がしますよ!』


 にわかにテンションを上げる二人に、俺とアイの方が置いていかれる。俺たちの存在を思い出したクナドがはっとしてエウルブ=ロボロスについての説明を続けてくれた。


『エウルブ=ロボロスはコシュア姓の一族とはまた別の調査開拓員です。ええと、より具体的に言えば、第二開拓領界の統括管理者であるエウルブ=ピュポイの配下にある者で……』

「なるほど? つまり、あれも第零期先行調査開拓団員なのか」

『そうと言えばそうですね』


 クナドの歯切れの悪い回答に首を傾げる。


『第二開拓領界はええとその……。ちょっと個性的な人が多くて……』

「どういうことだ?」

『ま、そのうち分かると思いますよ』


 ふっと目を逸らし、結局核心については触れないクナド。

 しかしソロボルの正体が分かったのはありがたい。というかそもそも、なんでクナドたちはソロボルのことについて教えてくれなかったのか。そんな俺の視線に気付いたクナドは拗ねたように唇を尖らせる。


『仕方ないじゃないですか。ソロボルなんて名前知りませんし』

「あの名前って誰がつけてるんだ?」

『知りませんよ。T-1あたりに聞いてください』


 結局のところ、クナドたちにとってソロボルとエウルブ=ロボロスがイコールで繋がっていなかったのが不幸の始まりだった。ソロボルはあくまで第一調査開拓団の中だけで決まる名前でしかないというわけだ。


「それで、エウルブ=ロボロスに送る演舞の内容に関しては……」


 光明を見つけたアイが、逃さず問いを重ねる。


『そうですねぇ……』


 クナドは顎に指を添えて考え込む。


「なんだ?」


 チラリと俺の方を見て、再び考える。何をそんない考えているのかと疑問に思っていると、彼女はによによと笑いながら口を開いた。


『調査開拓員個人にただで情報を与えるというのも不公平ですし? ちょっと手伝ってもらったら、その報酬として情報を渡してもいいですけど?』

「おま……」


 重要参考人から管理者になったことで、調子に乗っている。しかし、彼女の処遇はT-1たちによって認められているので、俺がどうこう言えることでもない。時間に余裕もないし、さっさと教えて欲しいのだが……。


「何が望みなんだ?」

『都市の周囲に原生生物の巣があるんですよ。都市開発のためには安全性の確保が第一なのですが、ちょっと人手が足りなくて』

「なるほど。……アイ、手伝ってもらってもいいか?」


 クナドの要求は分かった。

 俺が振り返ると、アイはすでにレイピアをインベントリから取り出していた。


「任せてください。私とレッジさんがいれば、すぐに終わりますよ」


 流石は騎士団副団長である。頼もしさが天元突破している。


『それじゃ、こちらよろしくお願いします』

「めちゃくちゃ多いじゃないか……」


 クナドから送られてきた特別任務。そこ記されていた破壊目標の巣は夥しい数が列挙されていた。


『全部壊す必要はないですよ。まあ、壊した数に応じて情報をお渡ししますが』


 完全に足元を見られているが、致し方ない。そういうことなら、こちらも頑張るしかないだろう。


「分かったよ。速攻で片付けてくる」

『期待していますよー』


 手を振るクナドとブラックダークに見送られ、俺とアイは動き出す。彼女たちからできる限り情報を引き出さねばならない。そのためにも、ひとつでも多く巣を破壊しなければ。


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Tips

◇エウルブ=ピュポイ

 第二開拓領界統括管理者。

 運命に選ばれし御子チルドレンオブデスティニーの一人。

“できれば安らかに眠ったままにしておいて欲しいです”――管理者クナド


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