第1026話「ヒロイン登場」

「はー、やっとログインできました! 杏奈も最近しつこくなって来ましたねぇ」


 〈ワダツミ〉郊外にある別荘地の一角、〈白鹿庵〉の拠点に姿を現したレティは大きく腕を伸ばして息を吸った。清麗院家の娘としての務めを果たすことが自身の義務であることを受け入れているとはいえ、連日連夜の豪華絢爛なパーティは身に堪える。なにせ向こうは大抵が自分よりも二倍三倍と歳を重ねた業界人なのだ。

 笑顔の仮面にヒビが入りそうになるのを必死に抑えながらなんとかやり過ごせた自分を褒め称えたかった。しかし、それが終わっても彼女の義務はまだ残っている。清麗院家の娘であり、同時に花の女子大生でもある彼女は、今の今まで課題に追われていた。

 息抜きと称してFPOにログインしようと思っても、抜け目なく監視の網を張っている側仕えによって阻まれ、きっちりと終わらせるまで逃がしてもらえなかった。


「せっかくのイベント中だというのに。はぁ、今から取り返さないと!」


 種々の仕事を終わらせ、ようやく惑星イザナミに降り立った。レティは気合いを入れて耳を揺らして、ひとまずバンドのメンバーがどこにいるのかを確認する。


「レッジさんは廃都に行ってるんですか。また何かやってるんですかねぇ」


 何も知らないレティは、当然レッジが誰と〈窟獣の廃都〉へ赴いているのかも知らない。最近はマシラ捕獲のためミヤコとナナミを引き連れて方々を駆け回っているため、今回もその一件であろうと思い込んでいた。


「他だと……。ミカゲは三術連合ですかね。エイミーとシフォンは海の方に行ってるみたいですし」

「あっ、レティさん! インしてたんですね」


 フレンドリストを眺めていたレティに声が掛かる。彼女が顔を上げると、自身と全く同じ顔がニコニコと笑っている。


「Letty。こんなところで何してるんです?」

「〈花猿の大島〉で任務回してたんですけど、レティさんが来るような気がしたので戻って来たんです」

「そうでしたかー」


 バッチリでしたね、と親指を立てるLetty。レティも最近は彼女の挙動に慣れつつあった。


「他のみんなが何してるかは分かりますか?」

「レッジさんはよく分かんないですけど、トーカさんなら〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉にいますよ」

「監獄闘技場? なんでまた……」


 平時ならともかく、第二次〈万夜の宴〉の真っ最中にわざわざ監獄闘技場に籠る理由がレティには思い当たらない。何か新しい任務でも出たのだろうかと予想すると、Lettyが理由を語る。


「マシラに見せる戦闘データの需要が大きくなって、監獄闘技場の勝ち抜き報酬が増えてるらしいんですよ」

「なるほど、そういうことでしたか」


 マシラの出現によって他の場所にも影響が波及している。“上覧試合”の内容によってはミートのように観戦を娯楽として求める個体も出現するため、それを抑える必要があった。


「トーカはあんまり作業が得意じゃないですしね。いいんじゃないですか?」


 意外なように思えるが、トーカは黙々と同じ任務を回したり、同じ原生生物を狩り続けたりすることを好まない。鍛錬バカの彼女は反復作業など慣れているだろうに、とレティは思うのだが、本人曰くそうではないらしい。

 彼女はあくまで戦いが好きなのであって、鍛錬はそれに繋がるため行うことなのだ。

 連戦形式でいくらでもボスクラスのエネミーと戦える監獄闘技場は、そんなトーカのお気に召しているようで、イベント中でなくとも足繁く通っていた。


「レティさんも監獄闘技場に行きますか? お供しますよ?」

「うーん。レッジさんに合流しようかと思って思ってましたが、ボス連戦もちょっと気になりますね……」


 〈白鹿庵〉はかなり拘束の緩い方針のバンドだ。騎士団はある程度行動が制限され、所属する部隊ごとに動くことも多いのだが、〈白鹿庵〉でそのようなことはそうそうない。今もレッジが一人で出掛けている間に、他のメンバーが好きに集まって遊んでいるのが良い例だ。

 そして、〈コノハナサクヤ監獄闘技場〉にも最近アップデートが来ていたことをレティは知っていた。戦闘形式が見直され、一対多の戦闘なども行えるようになったのだ。その上、現在も各地で捕獲された黒神獣が次々と移送されており、レティの知らない個体も増えているはずであった。

 彼女の脳内で行動予定が監獄闘技場へと傾きかけたその時、キッチンの方からカミルが現れた。


『あら、起きたのね』


 プレイヤーがログアウトしていることを、NPCは情報整理のためのスリープ状態であると捉えている。カミルはレティの姿を認めると、何か飲むかと提案した。


「それじゃあ、紅茶貰えますか? レモンティーがいいです」

「分かったわ。Lettyは?」

「レティさんと同じものを!」


 二人の要望を聞いて、カミルは早速飲み物を用意し始める。

 レティたちも急いでいるわけではないため、一服してから出かけようと椅子に腰掛けた。


『そういえば、レッジはいつ頃帰ってくるか分かる?』

「はい?」


 お湯を沸かしながら何気なく口を開いたカミルに、レティが首を傾げる。


『もう何日も帰って来てないじゃない。別に寂しいとかじゃなくて、単純に施設管理のことでアイツから色々聞かなきゃいけないことがあるから』


 釘を刺すように付け加えるカミル。レティはそれを聞いて、そう言えばと直近のレッジの行動を思い返す。〈万夜の宴〉が始まってから、レッジもなんだかんだといって多忙の日々を送っている。更にマシラ関連も抱え込むようになって、確かに別荘に帰る暇もないはずだ。


「レッジさん、連絡とかしてないんですか?」

『全然よ』


 頬を膨らせてカミルが言う。

 メイドロイドとして主従契約を結んでいるカミルは、レッジと通話ができるはずである。しかし、カミルは自分からレッジに連絡はしていないという。


『だって、こっちが連絡した時に戦ってたりしたら迷惑かかるでしょ』

「カミルは優しいですねぇ」

『そういうんじゃないから!』


 気遣いもできる優秀なメイドロイドにレティはついほんわかとしてしまう。同時に、そんな彼女を別荘に待たせたままのレッジに一言物申したくなった。


「やっぱり、レッジさんの所に行ってみましょうか」

『それならコレもついでに届けてちょうだい』


 予定を決めたレティに、カミルはキッチンの奥から何かを抱えてやってくる。彼女が差し出したのは、布に包まれた弁当箱だった。


「お弁当ですか?」

『か、勘違いしないで! 仕方なくあまり物で作っただけだから。アイツは忙しいと全然食べないから、丁度良かっただけよ』

「ふふふ。そうですね。分かりました、こちらは責任を持ってレティが届けますよ」

『よろしく頼んだわ。別にアンタが食べてもいいけど』


 素直ではないカミルに、レティもつい口元が緩んでしまう。

 日頃から厳格に食材も管理しているカミルがあまり物を出すことなどまずないし、取り出してくるのも早かった。きっとレッジの身を案じて作っていたものなのだろう。それをレティが食べるわけにはいかない。


『それと、昨日ウェイドから農園の立ち入り捜索があったのも伝えといて。一応、見られちゃまずいものは見られてないと思うけど』

「そっちはあんまり手伝わなくてもいいんですよ?」


 いつかカミルまで共犯でしょっ引かれてしまわないかと不安を抱きつつ、レティは淹れたてのレモンティーを飲む。カミルが丁寧に抽出した紅茶は、そんじょそこらのカフェでは敵わないほどの美味しさだ。

 現実から引き連れていた疲労もさっぱりと吹き飛んだ。


「それじゃあ行きましょうか」

「はいっ!」


 レティは勢いよく立ち上がると、Lettyと共に別荘を飛び出した。


━━━━━

Tips

◇あまり物弁当

 たまたまキッチンに残っていた食材で作られた弁当。という建前の下、丹精込めて作られた手作り弁当。栄養バランスを考え、疲労回復に良いとされる食材を多めに詰め込んでいる。製作者の愛が伝わる一箱。

 “なんなのよこの説明! ただの弁当だから!!”――カミル


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